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十三話:強者の論理

 俺が開いた扉の先は左右に分かれる通路だった。事前に聞いた通りに右へ曲がる。突き当たりにはこれまた事前に聞いた通りに扉があり、おそらくその先にこの裏カジノの支配人……確か、ヴエロと呼ばれる男がいるはずだ。

 反対側にもいくつか扉がある。金庫があるのか、あるいは上等な応接室だろうか? どちらにせよ今は後回しだ。支配人室の方が、金がありそうである。


 足早に歩を進めた。リビは俺を怪しんでいる様子は無かったが、しかし何かきっかけがあり俺が侵入者であると勘づくかもしれん。


 数秒、それだけで俺は扉の前にたどり着いた。あっさりと、なんの障害も無く。


 僅かにそこで止まり、そして腕を上げ扉を二度、叩いた。

 中から声が返ってくるのに、それほど時間はかからなかった。


 「……誰だ?」

 「ヴエロ様、報紙発行局の方から緊急の連絡です、今日、発行局のスパイがこちらに侵入する、と」

 「何……? 入れ、鍵は空いている」


 俺はヴエロの返事を受けすぐに扉を開き、焦ったような表情を見せながら部屋に滑り込んだ。

 室内は高級感の漂う木張りの床と壁、奥にはヴエロが一目で高級と分かる重厚な机に向かい座り、こちらを見据えている。


 部屋にはヴエロ以外に誰もいない。俺は大股に歩き、応対用に部屋の中央に置かれている机と椅子を通り過ぎた。


 「……? 待て、お前――」


 ヴエロが俺の顔を見て何かに気づく前に、俺はヴエロの机に一足で飛び乗りそのまま足を振り抜きヴエロの顎を蹴り上げた。


 「ギェ……あ、ッェ……!?」


 座っていた椅子ごとバランスを崩し床に倒れるヴエロに、俺は机から飛び降り、未だ気絶のしていない様子のヴエロの頭のそばに着地、そのまま姿勢を低くしてヴエロの首に手を強く絞めた。

 ヴエロはその状態でもなお暴れ、俺の腕に爪を立て抵抗したが、それほど長くは続かなかった。


 時間にして十数秒。俺が部屋に入ってから三十秒と経たず、ヴエロは泡を吹いて意識を落とした。




 立ち上がり、ヴエロが爪を立て引っ掻いた腕を抑える。肌は赤くなり、ヒリヒリと痛い。どうやらヴエロのレベルは俺が想定していたものより高かったらしい。事前の調べが間違っていたのだろう。


 俺はもう一度ヴエロが気絶していることを確認してから、部屋の中を見渡した。

 まず目に入るのは目の前の机だ。俺がさっき乗ったせいで一部の書類が散乱しているが、それほど被害は大きくない。

 引き出しを引けば同じように書類が束になって入っていた。大半はどうでも良い売上の報告や収支のデータだ。適当に目を通して終わり、別の引き出しを引く。そこも、どうでも良い発注書や要望リストだった。


 次に目を引くのは机の上に乗っている手紙の類だ。適当にいくつか回収しながら部屋を歩く。

 手紙の内容はこれまたどうでも良い内容ばかりだ。歩きながら読み終わった手紙を捨てていく。


 部屋の隅にあった金庫を見る。ダイヤルロック式の複雑な鍵が付いており、真四角で一辺が俺の身長と同じくらいにある大きな金庫が二つ、積み重なっていた。


 持っていた手紙の束を床に置き、ウサ耳カチューシャを外して猫耳を広げ金庫にピッタリと貼り付け、ダイヤルを回す。

 このタイプの金庫を開いたのはかなり昔……前世の頃に趣味で開けたのが最後だし、それも数回成功させただけで満足してしまった。

 もうほとんど忘れてしまったが、この世界の原始的な仕組みのダイヤルロックならばおそらく開くことができる。


 微細な音の違い、感触の違いを慎重に確かめながら空いた片手で床の手紙を開く。

 クルーズ船への招待状。裏カジノへの入場嘆願書。近況報告。どれも大したことのないものばかりだ。


 全部で七通の手紙の内六枚を読み終えた俺は、最後に残った封蝋のされたままの便箋を地面に置き、慎重にダイヤルを回した。


 カチリと小さな音が鳴り、金庫が開く。取っ手を引けば金庫はあっさりと開いた。

 ついでにさっき置いた便箋を拾い直し、爪で封蝋を切る。


 開いた金庫の中には金貨が大量に収まっており……そしてその中には俺が先日取られた金貨袋があった。


 「……?」


 慎重に観察するが、やはりその袋は俺のものだった。口のあたりに赤い刺繍がされている。途中で描く紋様まで完全に一致していた。

 なんの気なしに取り出した手紙を読む。そこには魔王軍からのメッセージが書かれていた。計画は近いらしい。


 「……!? はっ? はぁあ?」


 思わず思考が真っ白になる。動揺は深く、無意味に立ち上がり、しかしやっぱりしゃがんで金庫の中から袋を取り出した。


 順番、順番だ、まずは金貨袋、これは先日俺が取られたものであり、中には金貨が百枚入っている。

 それが何故かここにある。俺は賭けに負けたのだ、普通の、一般のプレイヤーに。なら俺の負け分はそいつが持っていっているはずで、ここにあるのはおかしい。


 次、手紙だ。手紙には堂々と魔王軍四天王の名が書かれていて、内容はヴエロへの指令だ、つまり……つまり、なんだ? だから……。


 …………まさか俺が負けたのは魔王軍の陰謀だったのか!?




 いや違う。落ち着け俺。それは別件だ。多分この裏カジノの刺客が俺をイカサマで負かして、それとは別に裏カジノ……というよりヴエロだ、ヴエロが魔王軍と内通して街への侵略の手伝いを――


 ドンドンと、ノックというには荒々しく、扉が叩かれた。


 「ヴエロ? いるか?」

 「……」


 誰かが……この裏カジノの支配人を呼び捨てで呼べる人物が、ここに訪れた。


 金貨、魔王軍、来訪者。頭の中で三つの問題が一気に溢れる。

 だがしかし、高速で思考する頭とは裏腹に冷静に、辺りをゆっくりと見渡した。


 倒れているヴエロ、書類の束、光の魔石が部屋を照らし、壁にはいくつかの剣と、この世界ではあまり使われない銃が掛かっている。

 背後の金庫には金貨がたっぷり、権利書の類は見当たらない。壁に沿うように配置された棚の上には壺と、儀礼用のナイフが優美に飾られている。


 ヴエロが使っていた机に走り、引き出しを引く。武器になりそうなものは無く、ただ机の裏にナイフが二振り貼り付いていた。


 再び、ノックが二度響く。


 「……ヴエロ?」


 部屋を見渡す。何か、利用できないか。隅に観葉植物が置かれている。確か弱毒性だった。応対用の机の上には何もない。天井は木張り、だが少し剥がせば石が簡単に見えるだろう。ここは地下だ。


 辺りを更に見渡す。既に、対処は考えついた。

 俺は手始めに机の上の書類を払いのけながら、準備を開始した……魔王軍に与するクズに、鉄槌を下すために。




***




 ノックした扉の先にはヴエロという男がいるはずだった。

 平時ならばノックの直後に返事が返ってくる。ヴエロは慎重だが、同時に神経質で几帳面。上下関係を絶対視していた。


 それがいつまで経っても返事が来ない。これは明らかな異常事態だった。


 「クク……おいリビ、どうやらお前の言う通りらしいぜ」

 「……」


 そう言って男……『暴君』クェロプールはニヤリと笑った。

 部屋の中では何かが動く気配と、時折物音がしている。だが支配人室は行き止まり、内と外を繋ぐ扉は一つだけ。


 クェロプールはニヤニヤとしながらその時を待った。

 中に誰がいるかは知らない。蜜柑色の髪をした女らしいが、レベルも体格も分からない。だが、自信があった。


 クェロプールのレベルは302、世界全体を見渡してもトップクラスのレベルを持つ。

 むしろクェロプールは相手の努力を、工夫を、楽しみにさえしていた。


 なにしろクェロプールは最強だ。敵はおらず、どれだけ遊ぼうが大抵の場合問題にならない。


 「……入ってください」

 「ヒヒッ……」


 扉を開く、中は薄暗く、天井の光魔石が破損しているのか、中央の机に乗せられた蝋燭だけが唯一の明かりだった。

 そして、女はそこにいた。ヴエロの机に座った蜜柑色の髪をした女が。

 衣装は裏カジノのバニーガールのそれと見分けが付かない。

 そばにショートソードを置いている。部屋に飾られていた剣だ、ヴエロはよく自身のコレクションを自慢していた。


 クェロプールが目を向ければ、女の背後にあるヴエロは容易に見つかった。

 ナイフが首元に深く突き刺さり、絶命している。


 「……あなたの名前と、それから魔王軍との関係を――」

 「カァーッ! 負けたぜリビ! まさか死んでるとはなぁ……! 約束通り、お前は自由だ」


 クェロプールはただそう言って一歩下がった。リビが息を切らせながらよたよたとあゆみ出る。


 「何を……」

 「た……たす、けて……!」


 リビは腹部を抑えつけていた。脇腹のあたりには刃が貫通した傷跡があり、血は止まっている……あるいは、もうすでに流し尽くしたか。


 「……!? な、なぜ……!」

 「俺の名前はクェロプール、そう言や分かるだろ。魔王軍との関係、だったか? 俺は別に魔王とやらはどうでも良いな、そこの馬鹿がやったこったろーよ」


 リビが顔から床に倒れる。その血に染まった手は女に伸びていて、青ざめ血の気の無い顔は苦痛に歪んでいた。


 「そもそも魔王なんざ俺でも勝てねぇ、わざわざ勝てねぇ奴に関わらねえよ」

 「ちが……あなたは、なぜ! リビさんを……!」

 「臭え芝居はやめろよ」


 クェロプールは顔を顰め、女を睨んだ。


 「俺がこいつを刺した理由は特にねえ。なんとなく気に入らないから刺した」

 「……」

 「気分だよ、気分、むしゃくしゃしたからとか虫の居所が悪かったとかでも良い」

 「そんな事、許されません……」

 「許されない? 誰にだよ」


 クェロプールは一転して、ニヤリと笑い言った。


 「許す、許さねえじゃねぇ、俺は、何をしたって罰されねえ、誰も俺を罰せねえからだ。むかついた奴をぶっ殺す。俺に文句をつけた奴もぶっ殺す。俺の行動を否定する奴もぶっ殺す」


 クェロプールは倒れているリビを踏み付け、僅かに力を込めた、それだけで骨が砕ける。


 「雑魚、ゴミ、芥、虫が何を言おうが俺には関係無い。俺には、すべきもせざるも無い。マジに自由な人間だ、誰も……俺より弱え奴は誰も、何も言えねえ……ク、ハハ……それを実感すると、気分が良い」


 足元のリビが苦悶の声を上げる、必死に抵抗をするが、弱々しい。


 「特にこういう時、俺に文句があるってのに、何にもできねえ無力な奴を見ると……ハぁ……ぁああ……イッチまいそうなくらい、きもちーんだよ」


 クェロプールは恍惚とした顔を隠さず、爛々と輝く瞳を女に向けた。

 女の目は静かで、動揺は無い。その目は、クェロプールと同類の目だ。


 「……なあ、お前もそうだろ?」

 「……ちが」

 「違わねえ、お前もそうだ、お前、最初にこのゴミを見た時、何を考えた?」

 「……助けないとなぁと」

 「違え、まず、自分の顔を見られてんだから、助けるか、後で殺すか、見捨てるか……迷ったろ?」


 ヘラりと笑いながらクェロプールは確信を持って問う。その言葉には確かな自信があった。


 「分かるぜ? お前は、俺と同じだ、同類だから分かるんだよ。お前はルールや倫理を重視しているように見えて、それはただお前が嫌だってだけだ。お前の中のルールが、たまたま社会のルールと合ってたってだけだ」

 「……うるせえぞ」

 「優越感を感じるだろ? 馬鹿と阿呆を手のひらで転がしたり、口先で人を騙くらかす時。なあ、俺と同じように、人を見下すだろ? 必要だと思ったなら、殺す、見捨てる。そうでないにしろ、環境を作って自分の都合の良いように動かす。俺とそう変わらねえ」

 「黙れよクズ、ゴミと喋ってっと脳みそが腐る、質問は一つだけ、魔王軍の計画について答えろ」

 「キヒッ、ヒヒヒ……黙らねえよ傲慢女、結局お前、自分の思い通りにならない俺が気に食わねえんじゃねえか」


 女は黙った、今にも人を殺しそうな顔だ、今にも襲いかかりそうな獣のような目だ。


 「なあ、おい、そっちは窮屈だろ? お前、友達とか親友とか、あるいは恋人とか、そういうくだらねえもんに縛られてる感じがするぜ……なあ、俺の仲間にならないか?」

 「断る」

 「そう言うなよ、同類なんてなかなか会えるもんじゃない、俺としちゃ是非仲良くしていたいんだが……」

 「勝手に言ってろよ、それか、分かりやすく言うんなら……」


 女は座ったまま、そばに置いていた袋へ手を入れた。


 「力で屈服させてみろ、雑魚」


 その瞬間、瞳が焼け焦げるかと思えるほどの光がクェロプールの網膜をくらました。瞬きを一つ。それだけだった。目眩しなどクェロプールの視線をその瞬間だけ失わせるだけだ。光にはすぐ目が慣れた。




 クェロプールはクルクルと、宙を舞っていた。視界が回っていた。


 体は無かった。


 すぐに、クェロプールは机に倒れた。いや、机に落ちた。

 横倒しになったクェロプールは、自らの体が倒れるのを見た。


 ――その頭を無くして、どさりと力なく倒れる自分の体を。


 (何が……起きた)


 クェロプールはすぐさま起きあがろうとして、もうすでに体が無いことに再び気づいた。そこで初めて、自分が負けたのだということを理解した。


 (何故……レベル差は、絶対の……何を、した……!?)


 無理解と疑問が脳裏を埋める。だがいくらクェロプールといえど……レベル300越えの強者であろうと、首だけで生きていられるはずもない。

 死が、クェロプールを冷たく包み始めていた。


 (あ……あ……まて、待ってくれ)


 女はクェロプールの体の向こう側に立っていた。結果に興味は無いとでもいうのか、一瞥もせずに部屋を出ていく。去り際に、倒れるリビへポーションをかけた。


 「お……ぉお……」


 存在しない喉から、声らしきものを出し、必死に女を呼び止めようとする。だが女は振り返らない。

 血がとめどなく溢れ、机の上は真っ赤に染まった、それでもクェロプールは生きていた。


 (待ってくれ、もう少し、せめてこっちを見てくれ)


 女にクェロプールの心の絶叫は届かない。クェロプールは声を伝えることも、その手を引き止めることもできないと、ようやく悟った。クェロプールは自らが無力であると、全く何もできないと、悟ったのだ。


 「おっ……! ぉ……ッ♡」


 無力、無価値、無能。血を失っていき冷えていく頭と裏腹に、クェロプールはありもしない心臓が強く跳ねた気がした。

 思い通りに出来ない。どうしようもない。何もできない。

 そんな状況に置かれたクェロプールは、静かに熱く燃えたぎる、マグマのような恋をした。


 (ああ……イッちまいそうだ……)


 理想の体現をその瞳に焼き付けながら、クェロプールは絶命した。

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