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十二話:潜入裏カジノ

 下水道から扉を一つ跨ぐと、そこは石造りの綺麗な部屋だった。

 天井には光を放つ魔石があり、空のハンガーが掛かった衣装かけが数個と壁掛けの机、それと全身を写せる大きな姿見が一つあった。雰囲気的には楽屋とかそんな感じである。


 人はおらず、部屋にはもう一つ扉があった。部屋はそれほど大きくない。下水道に隣接しており、地下にはそれほどスペースが無いためか、形も歪で落ち着かない。


 猫耳を立てながら歩く。物音は無い、静かだ。


 部屋に置いてある姿見の前に立ち、俺は着ていたローブを脱ぎ去った。


 あらわになったのは本物と遜色の無い贋作……俺が自作したバニー衣装である。ローブのポケットに入れていたウサ耳カチューシャを取り出し、猫耳を閉じて上から被せる。

 背中を向け振り向けば、姿見には背中丸出しの俺が見える。

 尻尾は衣服の下に隠しており、上から白いぽんぽん……うさぎの尻尾を模した物がついているため、少なくとも外見から俺が獣人であることは分からないだろう。


 最後に小さな黒い花飾りを頭に付ければ衣装は完璧である。

 まじまじと姿見を見つめ完成度を確かめる。

 問題は無さそうである。夜なべして作った甲斐があるというものだ。


 というか、この衣装を作るために大変な苦労があったのだ、問題があっては困る。お手本を求めて毎日倉庫に行って確認したし、材料を買い揃えるのにも結構な金額が掛かった。

 それもこれも全て邪悪な裏カジノを成敗してやるためだ。この違法賭博をさせる犯罪店舗に大きなダメージを与え、正義の鉄槌を下すのだ。


 ついでに、懲らしめる過程で不可抗力的に俺が金銭を得て、失った金貨200枚を取り戻す。

 既に潜入は成功した。計画の成功まで……あと一歩だ。




***




 そんなわけで俺は部屋から出てすぐの通路に顔を出し、様子を伺った。

 開場まであと五分、さっきまでいた部屋、更衣室か控え室かは知らないが、そこで五分ほど物置に隠れ待機していたが、幸いにも部屋に入ってくるものはいなかった。

 部屋の前を何人かの人が通る気配がしたが、一度慌ただしく走る足音が聞こえてからは誰も通っていない。


 そろそろ、行動を開始することにする。


 通路は薄暗く細長い、明かりは最低限しかないが、夜目が効く俺でなくとも困りはしないだろうことが分かる。右はすぐに行き止まりになっていて、左は突き当たりを右に曲がれる。全体的に見ればL字型の通路は、脳内で今までの道のりと地図を重ね合わせたところ、ちょうど通路の内角部分が裏カジノの入り口だと推測できた。


 絨毯の敷かれた通路を歩く。まずは右だ。行き止まりになっているが、扉が一つあった。

 なんの躊躇いもなくドアを押し開く。中は倉庫になっていた。それほど大きくはない。人はおらず、明かりも無い。


 めぼしいものが無いことを確認した俺はさっさと踵を返し再び通路を歩いた。

 突き当たりまでの間に、扉が三つある。一つずつ中を確認する。


 一つ目は応接室だ。洒落た家具や椅子があり、中々上等な部屋である。


 二つ目は鍵が掛かっていたためピッキングして開く。施設内の明かりや設備を制御する魔力盤がいくつかと、燃料として魔石があった。音は静かだ。


 三つ目の部屋には人の気配があった。俺は静かに息を殺し、数秒ほど扉から音を聴こうとしたが出来なかった。俺の猫耳は今ウサ耳カチューシャで畳まれていたからである。

 だが、気配だけで分かる。俺では絶対に勝てない。


 突き当たりに到達した。L字通路の内角に当たる部分には扉がある。扉の寸法などが俺が裏カジノで見た扉と一致するため、恐らくここがメインの出入り口である。

 そこから反対側にはキッチンがあった。料理を提供するための配膳棚と、隣には扉が一つ。

 配膳棚越しにキッチンの中を見るが、人はいないように見えた。


 扉を開きキッチンの中へ入った。

 妙に現代的なキッチンは清潔で、微かに酒の匂いがした。綺麗なシンクに、まな板と包丁がいくつか並んでいる。

 いくつかの棚を開くと、中には洗剤や食器が入っていた。

 隅にある大きな箱を開くと、冷たい空気と共に柑橘系の果実の匂いが広がる。氷の魔石を用いた冷蔵庫もどきである。


 俺は冷蔵庫を閉じ匂いをたどり、適当な棚から酒瓶を取り出した。ついでにトレイと、食器棚からグラスを四つほど拝借し、それらを持ったままキッチンを出た。


 まだ人の気配はしない。正面には裏カジノへの入り口があり、右に進めば元いた場所に戻れるだろう。だがまだ金庫の位置も、支配人の部屋も把握していない。まだ調査を続ける必要がある。


 通路を左に進む。通路の両隣にはいくつか扉があった。今俺がいるL字通路は四角い裏カジノに沿うように存在するため、通路の右側の扉を開けば裏カジノへ入ってしまうだろう。調査すべきは左側である。

 扉は全部で六つ、部屋のドアノブの上には青い印が付いていて、ドアには鍵穴があるが、鍵は掛かっていない。どうやら外から鍵が掛かっているか確認できるようになっているらしい。


 部屋を覗けば、そこそこに大きな薄暗い部屋の中には、大きなキングサイズのベッドが一つ置いてあり、妖しげな薄紫色のライトが部屋を照らしていた。


 ……裏カジノの東に位置するこの部屋の用途に、俺は察しが付いている。


 時折、裏カジノ内で客がキャストのバニーガールと共に消えることがあった。方角は東、決まって男女二人で部屋に入っていく。

 この部屋は顧客がキャストを購入し楽しむ用の部屋だ。六つ並んでいる部屋は全て同じ規格で、おそらくここを調べても意味は無い。


 「はぁ……」


 思わずため息が出る。このL字通路には金庫の類は見当たらなかった。

 ここは従業員用の通路であり仕事場で、金庫はカジノを隔てて反対側、裏カジノから西側の扉の先にあるのだろう。


 すぐそばの扉からにわかに騒がしくなってきた。人々のざわめきと、大きく張り上げられた男の声、大量の足音。

 裏カジノは開かれた。時間はあまり無い。


 金庫の位置は分からない。裏カジノの西側だと俺は考えているが、唯一人の気配があったために飛ばした部屋がある。あそこかもしれない、もしくはもっと巧妙に隠されているかもしれない。

 俺は一応変装してはいるが、不審な動きをすればバレるだろう。撤退、するべきだろうか?




 ほんの一秒か二秒ほど瞑っていた目を開き、俺はキッチンから持ち出したトレイにグラスを置き酒を注いだ。

 酒瓶をすぐそばの休憩室の中に隠し、トレイを持ち深呼吸する。


 撤退はしない。目標は金庫か、支配人室。

 さっき見つけた人の気配のする部屋はリスクが高いから無視。あれは相当な高レベルな奴の気配だ。

 まずは、裏カジノ西側の扉を調査する。


 数日前の事を思い出しながら適当な扉を開き裏カジノへと足を踏み入れる。事前の記憶通りに目の前にスロットマシンが並んでいた。少なくとも俺が視認できる範囲にキャストの目はない。

 ちょうどスロットマシンに座った客に酒を勧めながら会釈をする。断られたため長居はせず、さっさと歩く。


 堂々としすぎても不審である。不安げに僅かに目線を下げ、表情を固くし、ハイヒールにも慣れていない風に歩く。

 今の俺は客にとっては一従業員のようにしか見えない。だが同じキャストから見たら見覚えのない不審人物である。


 場慣れして堂々とした様子であれば疑いは深まるだろう。入ったばかりの新人として、見覚えが無くとも不審でない人間としての振る舞いをすべきである。


 裏カジノは前に来た時と変わらず、地下とは思えないほど豪奢で煌びやかだった。天井は光を放つ魔石と金色の輝きで眩しく、床に敷かれた真っ赤な絨毯は高級感が漂う。

 訪れる客もそれ相応の身分の者ばかり。


 通りがかった恰幅の良い男に酒を渡す。見覚えのある男だ、記憶を探れば、すぐにその男が有名な商会の商会長であることを思い出せる。


 「君、少し待ちたまえ」


 男がグラスを燻らせながら俺を呼び止めた。俺は僅かに緊張を露わにしながらにっこりと笑みを浮かべ振り返った。


 「どうかされましたか? お客様」

 「うむ……兎を買いたくてね、いくらかな?」


 男は俺の胸に下卑た視線を向けながら笑みを漏らしながら言った。兎を買う、というのは……キャストの購入の暗喩であろう。


 「……ここのルールはご存知でしょう? 決して安くはございません」

 「ああ、知っているとも、その上で、だ……」


 俺の耳につけた花飾りの色は黒。

 このカジノのバニーガールは皆頭に花飾りを付けていて、それにより値段が判別できるようになっている。のだと思われる。


 『黒』は最も購入の頻度が低い……というより、俺が見たかぎりでは購入された様子のない色だった。

 販売のされていない……購入禁止の色であることを期待したが、この様子では違ったらしい。


 「……申し訳ございません、お客様、本日は体調がすぐれず……」

 「なに……?」


 男の声に怒気が混じる、所詮はキャストと見下していたのか、まさか断られるとは思っていなかったのだろう。その瞳が冷たく細められる前に、俺は口を開いた。


 「お客様、どうか明日、またここに来てください、その時は私、赤色の花飾りをして精一杯ご奉仕させていただきます」

 「……ほう?」

 「もちろん、これは私のわがまま、もしも明日ご用があるのならば、今日にでも……」

 「いいや、明日にまた来よう。それまでせいぜい身を清めておいてくれ、兎は、私だけのものであって欲しいからな」

 「お心遣い感謝します」


 恰幅の良い男は満足したように、笑みを深め優越感を滲ませながら去っていった。馬鹿が。

 赤色の花飾りはおそらく上から二番目、黒の次に値段の高い色である。微妙にケチだったのが運の尽き、明日には俺は消え去っているだろう。まあ今日買うとしても気絶させて放置するからどっちみちという話ではあるが。




 少し寂しくなったトレイの上の酒を並べ直し、再び歩く。

 俺はそれほど苦労する事なく、裏カジノの西側へたどり着いた。


 反対側にはスロットマシンがあったが、こちらにはルーレットとポーカーテーブルが並んでいた。

 扉は一つだけ、見張りは見えない。周辺のテーブルの客は開場直後だというのにそれなりにおり、なかなか人気がありそうだが混雑というほどでもない。俺があの扉を開けばすぐに分かるだろう。

 キャストがあの扉を開くことは不自然か? そもそもあの扉は開くのか? 鍵穴は見えないが……。


 俺がそう考えていると、とうとう配っていた酒が尽きた。すっかり寂しくなったトレイは軽く、どうしたものかと手持ち無沙汰に空いたトレイを両手で抱え、おどおどとした姿勢を崩さずキッチンへと足を向け……。


 「ねえ、君」

 「ひゃっ……!?」


 突如、背後から声がした。

 振り返れば、俺と同じようにバニー服を着た女がいた。青い髪で、頭の花飾りは黒色だ。

 確か名前は……リビ、と呼ばれていたのを見たことがある。本名か、愛称かまでは分からないが……。


 「あ……あの、な、何か用、ご用……ですか?」

 「あー、そんな緊張しないで大丈夫だよ、ちょっとここだとアレだからどこっか」


 リビはこちらを安心させるように笑いかけながら俺を壁の方へと促した。奇しくもその位置は俺の目的地……裏カジノ西側に唯一位置する扉に近かった。


 「ここならいいかな……君、新人?」


 リビの声色は決してこちらを疑っているようには聞こえなかった。むしろこちらを慮り、優しげだ。

 だが表面上の言葉などいくらでも偽れる。本当は俺を疑っているんじゃないか……?


 「は、はい、最近この仕事を始めたばかりです」

 「もう慣れた?……って、慣れてないよね、緊張してるのが見え見えだ」

 「ぇ……!? そ、それは、その……恥ずかしい、です……」

 「あっ、いや、責めたわけじゃないんだ、ただ、そう見えたってだけで」


 勤務の具体的な日にち、時間について聞かないならば、本当に俺を気遣っているだけなのか……?

 俺を疑っているのなら、俺の素性を、そしてどう偽ろうとしているのかを探るはずだ。違うのか?


 「……ねえ、その花飾り、誰に言われて着けたの?」


 リビはその言葉に微かに怒りを滲ませながら言った。

 なぜ怒っているのか。それについては容易に想像がつく。


 俺は最初黒の花飾りは『非売品』であることを意味するものだと思っていた。キャストが常に、全員売りに出されているとは考えづらい、何か購入不可を表す印があるはずで、そして俺が知る限りそれに該当するのは黒の花飾りのみだった。


 だがおそらくは……花飾りをしない、というのがそれだったのだ。新人や、体調に問題のあるものは花飾りを外して働くはずなのだろう。

 そう推測すればリビの怒りにも理解が及ぶ。彼女は俺が本来着けるべきではない花飾りを……それも黒の、最高級を表す色を着けているのを見て、俺が誰かに騙されたのではないかと思っているのではないだろうか。


 「えっと……これは、ラヴァ? さんが着けろって……」

 「はあ? ラヴァが……!?」


 俺はこのカジノフロア内に見当たらない女の名前を挙げた。俺が先日名前を聞いた者の一人で、ぱっと見性格が悪そうに見える少女である。

 多分堂々と新人いびりとかしているタイプ。


 「……それは私が預かっておくね、それなら声も掛からないはずだから」

 「えっ……? あ、ありがとう、ございます?」

 「うん、どういたしまして」


 リビが俺の頭から花飾りを取る。俺の自作の花飾りを。

 思わず頭の中で悪態が飛び出る。あれは証拠品だ、俺という侵入者の痕跡、俺という個人とこの裏カジノの侵入者を紐付ける証拠品。


 この女……ッ! やはり俺を怪しんでいたんじゃないか? 殺……いや、だがそれ以外に怪しい点は無かった。単なる気遣いか? 善意の一般人なのか?

 だめだ、考えても答えは出ない。それよりも目的を先に考えろ。


 「そ、そういえば……今日、ジェロメ様という方から支配人に伝言があると言われて、まして……支配人様は、その……どちらにいらっしゃいますか?」

 「え? 支配人?」


 リビが不審そうに眉を顰める。直球すぎたか……?


 「そこの扉の先、右の突き当たりの部屋にいるよ」


 あっさりと、なんでもないことのようにリビは言った。この女……ッ! 無警戒すぎるッ! 俺を怪しんでいるとは到底思えない……!


 「……伝言……ジェロメ様がなんて言ってたの?」

 「え? あ、えーと……これ、言ってもいいんでしょうか?秘密にしておいた方が……」

 「んー、大丈夫じゃない? 君に言ったってことはそんなに重要な話じゃないと思うよ」

 「それなら……えと、来週の、その……劇場? の話です。ジェロメ様は行けなくなった、と……」


 来週にはこの街の劇場でオペラ座の怪人……異世界人が広めた演目である一つが披露される。ジェロメというのはこの街に住む著名な芸術家であり、素行の悪さも同じくらい有名な問題児だ。

 ここにいてもおかしくはない。はずだ。

 この裏カジノの支配人と交流があるかなんて知らないが、そんなもんどうせリビも知らん。知っていたとしたら、残念ながらここで気絶してもらう。


 運良く、リビは俺の発言をそこまで不審に思わなかったようだ。何やら小さく頷き納得した様子を見せている。


 「……それなら、私が伝えてこようか? 緊張するでしょ」

 「い、いえ……! これも仕事ですから、私が自分でやります」

 「そう? じゃあ、そろそろ私も仕事に戻ろうかな……鍵は掛かってないから、さっさと行って来なよ」

 「はい! い、色々、ありがとうございました!」


 俺は去っていくリビに深々と頭を下げた。

 数秒そうした後、俺は頭を上げ、手を少し握りながら、緊張を僅かに現し扉……支配人室へと続く扉を開いた。




***




 少女……名前を聞いていなかったが、蜜柑色の髪をした少女が扉へと入っていく。

 リビはその様子を見ながら、僅かに目を細めた。


 会話中、彼女に怪しい点は無かった。強いて言うのであれば、リビが今日ジェロメを見ていないことだが。ただたまたま見つかっていないだけかもしれない。

 ただ一点、あの少女に誤算があったとすれば、リビの立場だ。




 統括キャスト長、リビレド・ハーレ。彼女はこの裏カジノの全てのキャストを管理し、記憶している


 リビの記憶の中に、蜜柑色の髪をした少女は存在しない。


 (あの子は何が目的で……もし、私があの子を怪しんでいると知ったら、どうしていたのか)


 リビのレベルは30、はっきり言って戦闘に関する才能は無い。もしレベル50以上の人間がその気になればあっさりと、誰にも気づかれないままに無力化される。その程度の存在だ。

 だが、リビは気づかれなかった。そして気づかれぬままに彼女を袋小路へ追い詰めた。


 リビは静かに、手のひらの中の黒い花飾りを緩やかに握った。

 袋の鼠を追い詰める死神がいる部屋へ、足早に歩を進めながら。

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