第13章 社交界の視線
午後の舞踏会、陽の光が大理石の床を照らし、会場の空気はいつもよりざわついていた。
その理由は、私が扉をくぐったその瞬間、明らかになった。
「……えっ、あれ、アメリア様?」
「うそ……さらに美しくなったと噂で聞いていたけど……想像以上にお美しいわ……」
人々の視線が、一斉にこちらへ注がれる。
目立つ色のドレスを着ているわけではない。
髪型も、普段と大きくは違わない。けれど、私の姿に、空気が静かに波紋を広げていた。
私は、もともと“美人”と呼ばれる部類だった。
肌も髪も整い、顔立ちも人から褒められることが多かった。
でもそれは、まるで「綺麗な飾り皿」のような扱いだった。
高嶺の花と言われながらも、感情が乏しく、表情が硬くて話しかけにくいと噂されていたのを、私は知っている。
だけど――今、私は違う。
表情が柔らかくなったのは、きっと筋トレを始めてから。
体が変わって、自信がついたから。姿勢が良くなり、ドレスの着こなしも自然と堂々としたものになっていた。
(前と同じ顔のはずなのに……)
(でも、私は――自分自身でいることが、怖くなくなった)
そんな私に、視線を向けてきた令息たちが、ざわりと動く。
「アメリア様、もしご迷惑でなければ、あとで一曲……」
「いや、俺が先に誘っていたのだが……!」
次々と舞踏の申し込みが舞い込む。その様子を、壁際のサロン席から誰かが静かに見つめていた。
ユリウス様だ。
隣にはエリシア様がいたが、彼は微かに視線をこちらへと向けていた。
すぐに目を逸らしたけれど、その表情には、どこか……戸惑いにも似た、陰りが見えた気がした。
――あの人は、私を知っている。
でも、今の私は……“あの頃の私”とは違う。
「……アメリア様?」
「失礼しました。ぜひ、ご一緒に」
私は笑顔で舞踏の申し出に応じた。
頬を染めて礼をする相手を見ながら、心の奥でそっと決意する。
(私は、もう戻らない。誰かの影に怯えるだけの私には)
その時、背後から聞こえた小さな囁き――
「元々美人だったけど、今はそれ以上よね……品があって、堂々としてる」
「噂によると、王子様とも親しいって……本物の令嬢って、ああいう人のことかもね」
そうして、私は社交界の“視線の中心”へと、確かに立ち始めていた。




