第11話 兄の許しと散歩
午後、指定された時間に中庭へと向かうと、そこにはセイラン王子と――そして、見慣れた顔があった。
「ジーク兄様……?」
「よぉ、アメリア。待ってたぞ」
にやりと笑う兄の隣で、セイラン王子が柔らかく微笑む。
「君に話しておきたいことがあったんだ」
「……何かしら?」
「実は、君を口説いてもいいかどうか、ジークに許可をもらったんだ」
「――っ!?」
思わず息を呑んだ私を横目に、兄は誇らしげに腕を組んだ。
「俺の妹を軽い気持ちでたぶらかす奴なら、容赦はしないからな」
「……それで、騎士訓練場で一時間ほど殴り合った。結果は僕の勝ち。だから今こうして、君の隣に立ててる」
「嘘でしょう……?」
唖然とする私に、二人は全く悪びれた様子もなくうなずいた。
「当然だ。妹を守るのが兄の務めだからな」
「でも、僕も本気だったから。誠意は、拳で示した」
「男同士の“話し合い”ってやつだな」
「話し合いの範疇、超えてない……?」
私はこめかみに手を当てながらも、どこか笑えてしまう自分がいた。
ふと、兄が腕を組んだまま私に視線を向ける。
「……アメリア、セイランは信用していい。だが、まだ正式に許したわけじゃないからな。変なことはするなよ、王子」
「心得てます、ジーク兄」
「兄って呼ぶな、気持ち悪い」
セイランはくすくすと笑い、私に手を差し出す。
「じゃあ、行こうか。少しだけ、静かな庭を歩こう」
「……ええ」
* * *
遊歩道を並んで歩きながら、セイランがぽつりとつぶやく。
「そういえば、ジークにも婚約者候補がいるんだよ」
「……え!? 兄様に!?」
「うん。近衛騎士団の女性士官。芯が強くて、気難しいけど、ジークとはいいコンビらしい」
「そんな話、一度も聞いたことない……」
「君に知られたら、妙に恥ずかしがるんだろうね。妹離れできてない証拠だ」
私は思わず吹き出した。
「それで“妹離れしろ”って、兄様に言ったの?」
「もちろん。“僕じゃなくても、いつかアメリアは結婚する“って言ったら、壁を殴ってた」
「……兄様らしい」
空は高く、ラベンダーの香りが風に溶ける。
胸の奥のざわつきが、少しずつ静かになっていくのを感じていた。
(私は――)
(少しずつだけど、前に進んでる)