歴史の授業
今日は『聖王国史』の授業だった。
こういった座学の授業は勇者科との合同であることが多い。
合同と言うと聞こえはいいが、どちらかと言えば教室の隅っこに私たち魔法科がこそっと居させてもらっているようなものだ。
勇者科の生徒を邪魔してはいけないので、当然のことながら私語は厳禁。
先生に質問することすら許されない空気がある。
目立たず騒がず、息をひそめて……それこそ空気のごとく存在感を消すのが暗黙のルールだった。
「かくして十六人の勇者たちは邪なる神を討ち果たしました。しかし、壮絶なる戦いゆえに四人の勇者が命を落としたのです」
初老の先生が語る歴史は、私たち魔族の間で語られているものとよく似ていた。
まあ、“十六人の勇者”がすべて人間族だけで構成されていたり、ところどころ違うんだけど。
「多大なる犠牲を払い勝利したものの、大地は甚大なる被害を被っており多くの国が疲弊していました。また、邪神はいなくなったとはいえ、魔王とその一族は健在でありました。そこで十二人勇者たちは各国へと散らばり聖王の名の下に各地を平定していったのです。ゆえに我が国は『エオスティア聖十二剣王国』というのが正式な名称であり──」
へーなるほどねー。
「要するに、戦後のドサクサに他国を侵略しまくったんだよ。この国は」
授業の後、スキルニールさんところにやってきた私はさっそく聖王国史について聞いてみた。
そしたらこれだ。
「いちおー、平和のためだって言ってたわよ」
「侵略した側はそう言うさ。反論するであろう者たちを始末した後でね」
「うわー……」
言われてみれば、元の世界でも似たような事例はいっぱいあったわけで。
こんなファンタジーな世界でも結局は同じってことかー。
いや、ファンタジーな世界だからこそか?
「でもさ、私たちが知ってる歴史とだいぶちがくない?」
私たちの歴史では邪神を倒したのは、魔界の十六氏族のご先祖様だったはず。
「本当はね、魔族と人間は協力して邪神を倒したんだよ」
「ええ!? そうなの!?」
なんてことだ。魔族側の歴史もびみょーに歪められたものだったとは。
「正しくは勇者が様々な種族で構成されていたっていうことなんだけど」
女神によってこの地に召喚された存在──勇者。
私たち魔族の祖先というのは知っていたけど、人間たちの中にもその末裔がいるらしい。
そりゃそうか。だからこの聖王国には“勇者”が山ほどいるんだから。
「あれ? じゃあ、私たち魔族にも“聖遺物”が扱えるってこと?」
そういえば、あまり考えたことがなかった。
だって私たちには魔法っていうずっと便利で扱い易い技術があるんだから。
「できるかできないかで言えば、もちろん“できる”。だが、肝心の“聖遺物”が魔界にはほとんど残っていないからね」
「なんで?」
「主を失った聖遺物はやがて元あった場所に還るからだよ」
「あー、そう言えばそんな話どっかで聞いたわね。でも、前の持ち主の子供や孫なら聖遺物を引き継げるんじゃないの?」
「彼女……大昔の魔王がね、聖遺物と決別すると決めたんだよ」
「なるほど……なんとなくわかるわ。その気持ち」
聖遺物はすごい力を持った武器だ。
でも、武器は武器でしかない。
そんなものばかり後生大事にしていたら、魔法という技術はこんなにも発展しなかっただろう。
実際、人間の国と魔族の国の大きな違いはそこだと言える。
「君なら……そう言うと思ったよ」
「へ? なにが?」
「さすがは未来の魔王様ってことさ」
「私、べつに魔王になりたいってわけじゃないんだけど」
勇者たちが魔界に攻め込んでくるのを止めたい。ただそれだけなのだ。
「にしても、スキルニールさんってほんとなんでも知ってるわよね。ていうか、実はすっごい秘密を隠してたりしない?」
「うん。隠しているよ」
「うえあ!?」
いや、そんな堂々と言われましても。
「教えて……って言ってもダメなのよね」
「そうしたら秘密が秘密じゃなくなってしまうからね」
そう言うスキルニールさんは微塵も悪びれた様子がなかった。
「隠し事は多い方だと自負しているけど、少なくともこれまでもこれからも君にウソはつかないと約束するよ」
「それをどうやって証明するわけ?」
「できないね。だから信じてもらうしかない」
なにからなにまでスキルニールさんのペースに巻き込まれているような気がしないでもないけど、今は追求しても仕方なさそうだ。
「隠し事のおわびに、いくつか“裏技”を教えてあげるよ」
「あ、それそれ! 前にやってた“あなたの心に直接語りかけています”ってやつ教えてよ」
「そっちは少しコツと練習がいるからね。それより先に知っておいた方がいいことがある。たとえば聖遺物の“弱点”とかね」
「弱点!? そんなのあるの?」
女神の力を顕現させ、壊すことはおろか傷つけることすらできない遺物。
そんな代物に弱点なんかあるのだろうか。
「弱点というより“特性”といった方がいいだろう。だけど、君ならその特性を利用して有利に事を運べるはずだ。知っておいて損はない」
「ちょっと待って。その言い方だと、私がすぐにでも聖遺物相手に戦うことになるみたいな感じなんですけど」
「実際、すでに何度か戦っているだろう?」
「だから私はこの学園で騒ぎを起こすつもりなんてないの」
あくまで目的は借金返済だ。
まあ、いちおー聞いておくけど。
「まず最初に覚えておくべきは、聖遺物の効果は所有者の認識できる範囲内にしか及ばないということだ。ごく一部、例外はあるけどね。たとえば聖遺物が生み出した炎はどれほど燃え広がろうと主が意識を失ったりすれば即座に消えてしまう。これを知っているだけでも対抗策はいくつも見えてくるはずだ」
「ふんふんなるほど……」
そうしてスキルニールさんの講義はしばらく続いたのだった。




