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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
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山賊退治 4

 フレッサ達はここに至って、やる気に満ちていた。


 泳がせて拠点を調べようと、静かについてきた。山賊達は慣れているようで、散開して巧みに山を逃げ回っていた。これは領兵が見失うのも無理はない。山賊達は山間部でサバイバル訓練を受けていたのかもしれない。

だが、こちらにはフレッサがいた。園生や鉄舟が見失ってしまっても、魔力感知や匂いを使って、見失うことなく追いかけることができた。


拠点らしき場所を見つけた。小高い丘のようになった場所が開けていて、そこにテントがたくさん並んでいた。

 逃げた山賊を含めて、まだ手勢は居るようだった。およそ五十人といったところだ。


 その真ん中に、いかにも偉そうにした男が座っている。着ているものは新品さながらの豪華な衣装で、盗品を着ているのだというのは見てわかったが、その男からは庶民にない気品が見受けられる。

 恐らく国から逃亡した、クリンダ王国の貴族階級の人間だ。この男が兵を統率している。


 よく見ると男の背後には女性が佇んでいた。その顔は感情が抜け落ちたようにしていて、その瞳はなにも写していないかのように昏い。殴られて腫れ上がった頰が痛々しく、彼女もまた着飾られている。


 少し考えればわかったはずだった。男だらけの山賊の集団が、戦利品として女性を攫っていることくらい。きっと彼女以外にも被害にあっている女性がいるはずだ。これだけの人数の男達を慰めなければならないのだから。


 それに気づいた時、園生は怒りに燃えた。先程まで嫌だなんて思っていたのが嘘のように吹き飛んだ。


「あの人たち全員倒して、女の子を助けよう」


 声の大きさこそ静かだったが、怒りのほとばしった園生の言葉に、同様に不快感を覚えていた鉄舟も頷いた。



 今回は、たまたま用事があっておつるをこちらに同行させていたのでよかった。

 おつるは情報収集ミッションをやり遂げて戻ってきた。



 おつるがいうには、他の女性は奥まったところにあるテントにひと塊りになっていたそうだ。その人数は十三人。情報提供者の情報をもとに、おつるがちゃんと確認してきたので間違いない。

 仕事のできる優秀なおつるを褒めておく。


 普段昼間はそのテントに監禁されて、必要時連れ出されるのだろう。今日は馬車襲撃の日だから今頃働かされている女性はいないはずだ。全員あのテントにいると考えていい。



 理一や安吾が魔力感知を使えば、フレッサから漂うクロの魔力を見つけるのは容易いはずだ。

 理一達が合流してから、状況を話してみんなで攻めようと話し合う。


 だが、状況が一変した。激昂したボスっぽい男が、女性を殴り倒したのだ。

 女性に死ぬよりも辛い目に遭わせた上に、更に八つ当たり攻撃目標にしていることに、園生は怒り心頭になった。


 園生の中で、何かがプチっと切れる音がした。


 それは理性なのか、怒りの限界だったのか。

 ともかく何かが振り切れた。


「もぉ我慢できない」


 そう呟いて地面に手をついた園生の元から、黄色い燐光を帯びた魔力が、一気呵成に森へと広がっていく。


 園生は普段からクロと森でよく狩りをするし、木属性魔法を使えるので、園生がいると森歩きが非常に楽に済む。

 園生にとって森は自分の庭だった。

 だから鉄舟達も園生が魔法を使っているのはよく目にしていた。


 だが、今園生が発動している魔法は、その速度も威力も、これまでに見たことのない規模だった。


 周囲一帯の森を黄色い魔力が包み込んで、森がざわめきと共に蠢く。

 男の振りかぶった剣を、木の枝が弾いた。触手のように木の枝が伸びてきて、女性を絡め取って木の太い枝の上に乗せた。


 ボコボコと音を立てて、拠点の周囲にある木々が根を土から持ち上げる。まるで動物のように木の根を動かして、森の木々が迫ってくるのに、山賊達は悲鳴をあげながらも剣を構えた。


 ボスっぽい男の前に立っている、女性を枝に乗せた一際大きな木が、枝を鞭のようにしならせて、男を強かに打ち付けた。

 巨木による一撃は凄まじく、周りの人間を巻き込んで、骨の砕ける音をさせながら男は吹き飛ばされた。


「当初の予定がパーだな」

「私を怒らせたあの男が悪いんだよ」


 最早隠れている必要もないと判断して、フレッサが立ち上がった。

 逃げる者もいるだろうと考えて、鉄舟が自分を起点にして、二メートルほどの高さの土壁で一帯を囲んだ。

 森の操作と土壁の維持のために、園生と鉄舟は隠れたまま、フレッサが茂みから抜けた。


 既に枝の触手に結構な数の男が捕まっている。園生は捕まえるのが得意なのだ。

 それでも逃げおおせている者はいる。残りは三十人弱といったところだ。



 フレッサはその指に嵌っている指輪を確かめるように、指を握って開く。手や腕を器用に使えるという点で、人の体も優れているとフレッサは思った。


 森の暴走とも呼べるこの事態を引き起こしたのが、フレッサだと思われたのだろう。数名がフレッサに向かってきた。

 フレッサは両手を交差させるように振り抜いた。すると、向かってきていた男達が、走った勢いに乗って、バラバラと体を分散させて地面にまき散らした。


 フレッサの手の動きに合わせて、ふわりと空中に浮かぶそれは、フレッサの魔力に感応して動くおつるの糸。それは緑と赤の燐光で明滅しており、糸は血で赤く染まっていた。


 おつるが「クロノイウコトキクンダヨ」と念じながら出してくれた鋼糸と、フレッサに合うように鉄舟が作ってくれた指輪。まだ十全に獣人の体に慣れていないフレッサの為に、手だけでも戦えるように鉄舟が考案したものだ。


 それにフレッサが魔力を流すことで、意のままに操ることができ、長さや太さも自由自在。魔法の効果を乗せることもできる。色々試してみたが、風刃や風爪の魔法と非常に相性がいい。


 フレッサの操る糸が、男達をバラバラに切り刻んでいく。その様を見て、「ジョウデキ!」とおつるは満足そうだ。

 おつるは糸の性能を確認するために、こちらについてきていたのだった。



 少しすると菊と安吾も合流して、男を一人気絶させて引きずってきていた。他は全滅させたそうだ。

 菊と安吾も参加して、フレッサと共に山賊を葬っていき、幹部クラスと思しき男達は、園生が順調に捕縛していった。


 安吾の魔力感知により、ほかに生き残りが居ないと確認されて、鉄舟は土壁を解除した。

 そのタイミングで理一も合流できた。


「あれ、もう終わってしまったかな」

「終わったわよ」

「おせーぞ」

「ごめん、ちょっと手間取ってしまって」


 理一ほどの力量を持って、何を手間取るのか。当然の疑問に理一はバツが悪そうにして答えた。


「ちょっと爆発の規模が思ったより大きくて、山林火災を起こしてしまって」

「え」

「あ、いや、山火事は消火したんだけどね。その、道とかも、ちょっと、溶岩化してしまって」


 これはマズイと焦って消火活動をしていたら、領兵に合流した両国の正規兵と魔法使いが、消火を手伝ってくれたらしい。


「人って意外と脆いんだね? なんか、死体とかも残ってなかったよ。僕本当に人を殺したのかなって思うくらい、何も残らなかった」

「 何? 蒸発したってことぉ?」

「多分」


 理一がそういうのを聞いて、全員に呆れられた。鉄舟が半目になって詰め寄る。


「理一お前、火葬場って行ったことあるか? あるよな、俺らの年代ならあるよな?」

「あるけど……」

「火葬場の温度は千五百度。原爆の爆心地は四千度。それでも骨は残るんだぞ。お前どんな高温で焼いてんだよ」

「温度なんてわからないよ。魔術研究所の所長は、太陽のフレアを模した魔法って言っていたけれど」

「200万度!」

「それはすごいね」

「すごいね、じゃねぇよ」


 というわけで、理一は幹部クラスの捕獲に失敗した。




 園生が巨木のもとに行って、アリッサを木から下ろした。アリッサは戦いの様子を最初から最後までずっと見ていて、女性の監禁されているテントの周りも、園生の操る木が守ってくれていたのを見ていた。


「ありがとう。助けてくれて、本当にありがとう」


 号泣しながら縋り付いてきたアリッサを、園生は優しく抱きしめ返した。


「助けに来るのが遅くなってごめんねぇ。今日までよく頑張ったねぇ、よく耐えたねぇ。もう大丈夫だよ」

「うっく、うわぁぁん」


 助けてくれた、大丈夫だとわかった。恐怖から解放されて、安堵からアリッサは子どものように泣きじゃくった。


 その間に菊がテントに行って、他の十三名の女性達も連れてきた。木で縛っていた男の中から、幹部クラスだけを下ろして、代わりにおつるの糸で縛り上げた。


 国王の命令は幹部以外皆殺しなので、残りの男達も処理した方がいいだろう。

 だがそれを女性達に見せていいものかと考えて、園生と菊が先に女性達だけ山から下ろそうとした時だった。



 ガサリと何かが茂みを割って出てきた。出てきたのはゾンビだった。

 なぜこんなところにゾンビがいるのかと思ったが、放っておいても仕方がないので、退治しようと理一が手を上げた時、「待って!」とアリッサがその手を止めた。


「どうしたの?」

「あの人、私と一緒に攫われた人だわ」


 そのゾンビは確かに女性だった。生きていた頃の面影も残っている。アリッサにはわかる。


「同じ馬車に乗っていたの。彼女、ピオグリタに行って歌手になるんだって言ってたの。あなたは美人だし、綺麗な声をしているから、きっと歌手になれるわって私が言ったら、彼女すごく素敵な顔で笑ったわ」


 その彼女も連れ去られ、凌辱され、殺されたのか自殺かはわからないが、夢を果たせないまま、その短い生涯を閉じてしまった。


「お願い、彼女に無念を晴らさせてあげて」

「わかった」


 死んで捨てられた場所が、たまたま瘴気だまりだったのかもしれない。ゾンビと化した彼女の前に、木々が供え物のように捕まえた男達を差し出す。

 ゾンビが近づいてきて、逃げることもままならない男は悲鳴をあげて暴れる。その首筋に彼女が噛み付き、ブチブチと神経や筋肉を引きちぎりながら食い破った。


 森の中にこだまする男の絶叫。それを物ともせず食らいつく彼女。


「いい気味」


 アリッサを含めた女性達は、その様子をしっかりと見つめていた。その仄暗い瞳に浮かぶ復讐の色に、理一は背筋が寒くなったが、これほどまでに彼女達に憎しみを植え付けるほど、山賊達の行いは酷いものだったのだろう。


「さぁ、そろそろ夕方だ。暗くなる前に山を下りよう」

「彼女は?」

「彼女のやるべきことが終わったら、僕らで彼女をきちんと弔うよ。彼女の魂が、今度こそ天に導かれるように」

「そう……」


 理一が促して、菊と園生に連れられて、アリッサ達はようやく山を降りた。




 結局彼女の捕食は朝方まで続いた。木に捕まっていた男達は散々に食い荒らされていた。それを見せつけられていた、頭領らしい男と幹部クラスの男達は、嘔吐したり恐怖に蹲ったりして、随分と大人しかった。


 安吾が彼女の心臓を刺して、ようやく彼女は死者になった。遺品に首にかかっていたペンダントと身分証を取って、一応周囲を見て回って、他に四人の女性の遺体を見つけたので、それぞれ遺品を取ってから埋葬した。



 翌朝になって理一達が山賊を連れて山を降りる。もちろんフレッサはとっくにクロに戻っている。


 ガチガチに糸で縛られ、クロの背中にくくりつけた山賊を下ろして、領兵達に預けた。黒犬旅団はミレニウ・レガテュールの依頼で来たわけで、イボニス公国側はあまり手出しできていなかったわけだが、この辺りは面子などもあるので、捕まえた山賊は両国で折半?する事で話がついていたようだ。



 両国の指揮官からお礼の言葉を頂けたが、山火事を起こしたことと、土の道が溶岩化してほとんどアスファルトのようになっている点については、冗談交じりに茶化されて参った。


「死体も残さないとは。リヒト殿は余程この事件に胸を痛めていたと見える」

「ここまでしたとなれば、国民も溜飲が下がるというものだ。ご苦労であった」


 やりすぎたと思ったが、予想外に良い方向に転びそうだ。

 仲間達はやはり呆れたような視線を投げかけてくるが、結果オーライである。


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