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幻騒のカルネヴァーレ  作者: 武石まいたけ
chapter.7 Kindness is never wasted
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2

「ん、ん~?」


警部に積荷を見せてくれと言われ、運転手は目を泳がせながら珍妙な声を出した。


「見せてもらってもいいかな?」

「いやぁ、何にも怪しいもの乗っけてないよ? ボクはただのしがないトラック運転手だーよ」

「そうかー、頑張れよー。とりあえず見せてもらうから、大人しくしてなさい」

「いやー、だから何も怪しいもの……って何で手錠かけんの!? やめて、拘束しないで!! こんな人目のつくところで何をする気なの!!? 警察が人前で堂々とアブナイ性癖をさらけ出していいの!?!」

「お前、運び屋向いてないよ。コメディアン目指すべきだよ」


警部はさり気なく運転手に手錠をかけ、トラックのサイドバンパーに繋げて動きを封じる。そして荷台コンテナに近づくが……


「アーッ! アーッ!! アアーッ!!! だめえええーっ、開けちゃだめえええええーっ!!!! 殺されちゃうから、俺殺されちゃうからあああーっ!!!!! 」

「安心しろ、お前の身柄は俺たちが確保するから。物によっちゃブタ箱行きだがな」

「おねがーい! 何でもするからあああーっ!! 運んだ後なら捕まえてくれてもいいから!!! だから開けないでぇええええええーっ!!!!」


涙目で取り乱す運転手の姿を刑事は何とも言えない顔で見守る。彼なりにこの街で生きていく為に苦労しているんだろうなと考えてしまった刑事は、運転手の肩を優しく叩く。


「君も、苦労しているんだな……」

「お前……わかってくれるのか」

「わかるさ、同じ人間だもの」

「警察さん……ッ!!」

「ところで依頼主は人間? それとも異人?? それとも人の言葉を覚えたブタ野郎???」

「人間……かな。うん、俺が話を聞いたのは……待って。待って、待って今の無し。今の無し!!!」

「警部、依頼主は人間だそうです。多分、外の人でしょうね」

「だろうな。この街に住んでる奴は、わざわざ偽装したトラックで物を運ばせようとしないからな。だがレクシー運送サービスに扮したのは馬鹿だったなぁ」


刑事は運転手からさり気なく情報を聞き出す。かつてはこの街と外の世界とのギャップに戦慄して縮み上がるだけのルーキーだった男が、いつの間にか涼しい顔で誘導尋問を引っ掛けられる程に成長した。本人に自覚はないが、かなりこの街に毒されてきたようである。


「違うから! 違うから、今のはね!!」

「大丈夫、大丈夫だって。誰も君を責めたりしない、生きるためだったんだから」

「いや、その……」

「だからこう考えてみよう。中身を見たのがバレても、同じ人間に殺されるくらいならまだマシだって」

「何言ってくれてんの、お前ぇぇえええええー!?」


デューク刑事は穏やかな笑顔で言った。およそ警官らしからぬ発言に運転手は思わず声を荒げる。


「お前ふざけてんのか!? 人の命を何だと思ってんだコラ!!」

「頭が猫になってる彼女に延々と首を切り飛ばされるよりはマシじゃないか。どんな形でも……同じ人間に最期を看取って貰えるのは、人間としてとっても幸せなことなんだよ」

「助けてーッ! 誰か助けてぇーっ!! このポリスメン、どこか変だよぉおおーっ!!!」


運転手の悲痛な叫びは駆けつけた救急車のサイレンによって掻き消される。事件の原因となった血塗れの男二人は救急隊員によって運ばれ、騒ぎを聞きつけた住民達が続々と集まってくる。


「おいおい、何だよ? この騒ぎは」

「事故ですって……ほら、あのトラックに車が追突したみたい」

「運転手さんも気の毒だなー、でも何で手錠かけられてんだろ」

「ヤバイもんでも運んでたんじゃね?」


何も知らない観衆達は和やかに談笑しているが、渋滞に巻き込まれた方々はとてもとても不機嫌そうにトラックの運転手を睨みつけていた。徐々に周囲が賑やかになっていくのを警部は溜息混じりに見つめながら、()()()()が観衆に混じらないようにと静かに祈った。


「さて……中身は……っと!!」


気を取り直した警部はひしゃげたコンテナの隙間に警棒をねじ込み、力ずくで開けようとする。軋むような音を立てながらコンテナは少しずつ開き、警部は中を覗き込む。


「なんだ、この匂いは……動物でも運んでたのか?」

「新動物ですかね、まーたモノ好きが変な生き物を持ってきてくれとか頼んだんでしょうね」

「終わった、俺の人生おーわったー。恨んでやるー、お前ら恨んでやるー」

「さっきのは冗談だよ、ちゃんと君は保護してあげるって」


コンテナの中を目を凝らして覗く警部……すると真っ暗な内部で電球のような二つの光がぼんやりと浮かび上がる。


「何だ? 何かが……」

《めぺぇ》


珍妙な鳴き声が聞こえたと思った瞬間、隙間から中を覗く警部に向かって何かが突進する。驚いた警部は思わず後退り、ホルスターから拳銃を引き抜いた。


「うおおおっ!? 何だ!!?」

「大丈夫ですか、警部!!?」

「気をつけろ、コンテナの中に何か……!!」

《めぺぇめぺぇ》


コンテナの隙間から顔を覗かせるのは、顔以外の全身を毛に覆われた動物。電球のように光るつぶらな瞳と、もこもこした肌触りの良さそうな毛皮を身に纏う愛らしい姿に警部は銃をしまい……。


「可愛い」

「警部?」

「はっ、すまん。可愛いかったからつい……」

「まぁ……そうですね」

《めぺぇ~》


警部をして可愛いと唸らせるその動物は隙間から短い前足を出し、必死に外へ出ようとしている。しかしコンテナの外に出るには少し隙間が狭すぎるようだった。


「仕方ないな、出してやるか。逃さないように捕まえて貰えるか? 何ならお前が開けてくれてもいいんだが」

「わかりました、捕まえます」

《めぺえ~、ぺえええ~》

「はいはい、今出してやるから……なっと!!」


警部は力を込めて隙間を広げ、中の動物は勢いよく外に飛び出す。刑事は飛び出した動物を優しくキャッチし、逃さないようにしっかりと捕まえる。


「よしよーし、いい子だねー」

《めぺえええー》

「しかし、何だろうな……この匂い。コンテナにはこいつ一匹しか居ないみたいだが……」

「よーしよーし……って臭ッッ!!!」


100cm程のふわふわな生き物の体から発せられる スパイシー なニオイに顔をしかめ、刑事は思わず手を離してしまう。


「あーッ!」

「おい、逃がすなって……全く」

「す、すみません! 臭かったからつい!!」

「なるほど、このニオイはあいつのか……」


動物は短い四肢で軽やかに大地を蹴り、パタパタと走り出す。その愛くるしい姿を前に、騒ぎを聞いて集まってきた観衆や、渋滞に巻き込まれて立ち往生している車の運転手も思わず頬を染めてしまう。刑事は顔を真っ赤にして逃げた動物を追いかけるが、その滑稽な姿を見て観衆達は堪らず笑いだした。


「ははははははは! ほら、刑事さん頑張れーっ!!」

「笑うなあーッ! 逮捕するぞーっ!!」

《めぺーっ》

「あははは、可愛いー! 動画撮っちゃお!!」

「あ、良いねー! あたしも撮るー!」

「やめろぉーっ!」


刑事に追いかけられるふわふわな動物は、観衆の一人に向かって行く。自分の方に駆け寄ってくるファンシーな生き物を前に両手を広げ、若い異人の男は笑顔でキャッチしてあげようとしていた。


「はっはっは、おいでおいでー。あの刑事さんの顔は怖いもんなー」

《めぺぇええ~》

「よしよーし! 捕まえ──」

《めぷぁ》


突然その生き物の下顎が大きく開き、異人の男性に飛びかかる。


生き物が彼を押し倒した次の瞬間、鮮血が吹き出した。突然の事態に刑事は思わず立ち止まり、一部始終を遠くから黙って見ていた警部は襲われる男性に向かって駆け出した。


「あばあああああああああーっ!!!」

「えっ、ちょっ!! 何!!?」

「やだ、やだ、やだ!! あの人……食べられてる!!」

「ぎゃわわわわわわわわーっ!! あびゃあああああああああああああああ!!!」

「おい、ボーッとするな! 彼を助けるぞ!!」

「あっ、はっ! すみません!!」


警部は再びホルスターから銃を抜き、動物に向かって発砲する。


《めぴゃっ!!》


弾丸が背中に命中し、甲高い悲鳴を上げて毛むくじゃらのケダモノは血塗れの男から離れる。そして警部に顔を向けた瞬間に眉間を撃ち抜かれ、そのまま地面に倒れ伏した。


「おい、大丈夫……くそっ!」


刑事が駆け寄った頃には男性は既に死亡しており、首筋から肩にかけて無残に食い千切られていた。自分のくだらないミスで男性を死なせてしまった刑事は胸を刺すような自責の念に駆られ、頭を抱えながらしゃがみ込んだ。


「……くそっ、くそ!」

「……駄目か」

「すみません……俺は……」

「……反省は後で聞く。今は彼を

《めぺぇ》


銃で眉間を撃ち抜かれ、力なく倒れ伏した生き物が声を発した。


「え、まだ生きてるの? あれ……」

「おい! これは見世物じゃないぞ!! さっさとここから離れろ!!!」


嫌な予感が胸中を過った警部は銃を構え、周囲を取り囲む観衆達に離れるように言うが……


「おい、可哀想だろ! 早くあの動物を助けてやれよ!!」

「そうだよ! あんな可愛い生き物に銃ぶっ放すとかヒューマンのやることかよ!?」

「そうよ! きっとお腹が空いていたのよ!!」


目の前で人が食い殺されたというのに何故か彼等は動物を擁護した。確かに可愛らしい姿だが、相手は人食いの怪物だ。流石にフォローする相手を間違えていると言わざるを得ない。


そして人が食い殺されたのに、観衆はあんまり気にしていない。


先程救急車で運ばれた血塗れの男二人と手錠に繋がれている運転手の男に至っては、既に忘却の彼方に追いやられている。刑事は複雑すぎる心境を抱えながら、この街の異常性を改めて認識した。


「お前ら、見てなかったのか!? あのケダモノは

《めぺぇ、めぴゃっ》


生き物が妙に甲高い声を上げた、その時だった。ふわふわな毛皮に覆われた体が突然もこもこと膨らみだし、やがて綿飴が裂けるように大きな毛玉のような塊が生き物の体から分離する。


「……何だ?」

「え、何? 何??」

「何か、体から……」


先程まで騒然としていた周囲は一気に静まり返り、彼等の視線は生き物の体から分離した毛玉に集中した。その毛玉のようなふわふわ塊は、まるで意思を持っているかのように蠢く。やがて短い手足が生え、その毛玉は震えながら立ち上がり……


《めぺぇ》


羊のように愛らしい鳴き声を上げた。


《めぴゃっ》


そして再び聞こえた甲高い声……倒れ伏した一頭の体が再び膨らみ、新しい毛玉を生み出した。


「警部……」

「いいか、お前はパトカーに戻れ……俺はあの運転手を逃がす」

《めぴゃっ》


警部は銃を構えながら息を思いっきり吸い込み、観衆に向かって叫んだ。


「お前ら、今すぐここから逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


警部の声を聞いた観衆が逃げ出す前に、下顎を大きく裂かせた毛玉の怪物が猛然と近くに居た男性に食らいつく。男の悲鳴に気を取られている所を襲われ、また一人怪物の餌食となる。


《めぷぁ》

「ちょっ、ちょっと待って! 待っぎゃあああああああああああああああ!!!」

「うわあああああああああー!!!」

「何よ、この怪物……! ちょっ、来ないで! 来ないでええええええ!!」

《めぴゃあ》


警部は怪物に向けて発砲するが、倒した直後にその体から新しい怪物が産み出される。


「くそっ、何だこいつは!!?」

「警部……!!」

「バカ、早くパトカーに逃げ込め!!」


刑事も銃を手に毛玉の怪物と交戦する。しかし勢いづいた怪物の進行は止められず、次々と犠牲者が増えていく。あの怪物は餌を食べて腹が満たされた途端に繁殖する異常な能力を持ち、満腹になっていれば生命活動が停止しても子供を産み落とす事が判明した。


《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぴゃっ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぺぇ》《めぴゃっ》《めぺぇ》《めぺぇ》


一匹しか居なかったふわふわの可愛らしい生き物は『餌』を得た途端にその数を増やし、群れなす殺人毛玉と化して逃げ惑う住民達に襲いかかる。


「もしもしポリスメーン!? ちょっとお願い聞いてくれるー!?」

「ああ!?」

「助けて!!」

「言われなくても助けるよ!!!」


迫りくる毛玉に向けて銃を連射しながら警部は妻と子供の顔をふと思い出したが、すぐに思考を切り替えた。今はまだ死ぬ訳にはいかない……その決意を噛み締めて彼はひたすら引き金を引いた。






この話に出てくる生き物も、夢に出てきたクリーチャーが元になっています

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