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夢の続き  作者: 中島 遼
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奪還2

 彼は腕時計をちらりと見た。

 時刻は二時十八分だ。

 動顛しながらも、村山の頭は少しずつ回転し始めた。

 とりあえずピッチをプッシュする。

「一外の村山です」

 彼は先ほどの受付の女性を呼び出した。

「済みません、さっきの電話、繋がらないで切れてしまったんですが」

「え! 申し訳ありません」

「いや、それはいいんだけど、どんな人から掛かってきたのかを聞こうと思って」

「どんな、とおっしゃっても」

「大学の先輩だったら後で大変だから、雰囲気だけでも教えてもらえないかな。口調が不愉快だったとか、バックに看護師さんの声が聞こえていたとか……」

「その、正直に申し上げると、確かに少し横柄な方でいらっしゃったようです。それと公衆電話からお掛けになっていました」

「公衆電話?」

「はい。ディスプレイにそう表示されていました」

「そうか、ありがとう。じゃあ、また掛かってきて、ややこしかったら遠慮せずに繋いで下さい」

 電話を切って、廊下を歩く。

(……何から手をつけよう)

 混乱する頭を正常に戻すため、彼は深呼吸をした。

 こういうときは色々なことを考えすぎて時間を失うことがないように優先順位を決め、下位に位置したものを頭から追い出した方が能率がよい。

(まず、これが悪戯かどうかを確認する。事実であれば、萌たちを誘拐した犯人の居場所をつきとめ、二人を救出する手だてを考える)

 彼は病棟にある公衆電話から、萌と高津宛の携帯に掛けてみた。

 しかし、どちらも繋がらない。

(……圭介のところは共働きだったな)

 萌の自宅に彼は電話をしてみた。

「はい、神尾です」

 萌の母が出たので彼は名前を名乗り、そして萌が何時頃に学校から帰るかを尋ねてみる。

「……テスト週間だから、もう帰ってきてもおかしくはないんですけど」

「学校で友達と勉強したら遅くなりますよね?」

「それはないと思いますよ。今日はお弁当、持っていってないから」

 萌は母親思いであり、食い意地も張っているので、帰って食べると言ったなら必ずそうするだろう。

「ありがとうございます。じゃあ、またお電話させていただきます」

「帰ってきたら折り返しお電話させましょうか?」

「いえ、私の携帯は院内では繋がらないので、またこちらからいたします」

 彼は電話を切り、少し考え込む。

(……試験週間、か)

 高校生がこんな時間に誘拐されるはずがないと思っていたが、早く下校しているなら別だ。

(本当に捕まっていると考えて行動したほうがいいな)

「村山先生?」

「え?」

 声のした方に視線を移すと、向かい側から歩いてきた病棟勤務の看護師が心配そうに彼を見つめていた。

 細身でまつげが不自然に長い女性だ。

「お顔の色が悪いですよ」

 余程怖い顔をしていたのか。

「……ちょっと胃が痛くて」

 言ってからここが一般病棟であることを思い出す。

 患者に聞かれたらあらぬ誤解を招く台詞だ。

「あら、いけませんわ。少しベッドでお休みになったら?」

「冗談だよ。来週、抄読会の順番が当たってるのに何もやってないから焦ってるだけ」

「大変ですね」

「普段何もしてないからツケが回ってきただけさ」

 村山は疼痛緩和の指示を出していた患者をついでに見回った後、再び部屋に向かう。

(……四時間後と言っていたな)

 とすると次の電話は六時過ぎ。

 今のところ、彼の受け持ち患者に問題はない。

 明日の手術は二つとも助手の予定だ。

 昨日の晩が当直だったので、今日ぐらい定時に帰っても文句は言われない……と思うことにする。

 ただ明日の午前の手術は外科部長が術者だったので、下準備は済ませておく必要があった。

(……公衆電話、か)

 トラック、そして音響装置付信号……

 彼の病院の前の前にある音響装置付信号機は、住宅地が側にあるために健常者用と視覚障害者用の二種類が併設された押しボタン式だ。

 通常、視覚障害者用ボタンが押されることは少ない。

 差し当たり、電話のそれが常時鳴るタイプであったと仮定すると、

(……駅前と県道沿いに限られる。)

 この町以外であるという検討を彼は外した。

 萌がそろそろ帰ってくるはずの時間、ということから、そう遠くに行っていないと類推できるからだ。

(それにあのトラックの加速音)

 信号を気にしてアクセルを踏んだっぽい感じの音だった。

(ここでも県道に一票)

 村山は記憶から電話での会話をもう一度呼び覚ます。

(そしてあの音……)

 ぴよと鳴く一般的な信号機だった。だが、

(……ぴよとぴよの間が普通より長かった)

 その間にぴよぴよという音を入れるとぴったりな感じだ。

 (つまりは、ぴよとぴよぴよが交互に鳴っているタイプか)

 彼は目を閉じた。

 県道にある信号機を北から順番に思い出す。

(……あそこか)

 村山の知る限りでは、県道沿いにある音響付き信号機はほとんど全てが左右同時にぴよと鳴る。

 だが、二カ所だけぴよとぴよぴよを片方ずつ鳴き交わすものがあった。

 見える景色。

 一カ所は片側が小学校、もう片側がレンタルビデオやとドラッグストアだ。

 もう一カ所は片側が老人ホームと小さな洋品屋、もう片側が昔ながらの煙草屋兼駄菓子屋と米屋。

(駄菓子屋の前に、緑の電話が一台あった)

 駄菓子屋の雨よけ屋根があるので、ボックスではなく電話台の上に電話は置かれている。

(確率は高そうだが、人に聞かれるリスクを考えると、電話ボックスに入るのが普通だし……)

 彼は一旦その場所のことは白紙にして、他に該当しそうな場所を他の観点からも考察した。

 だが、何度考えても可能性はここが一番である。

 所要時間はここから車で十五分程度。、

(時間が来たら着替えて家まで走り、そのまま車で行けば余裕で間に合うか……)

 しかし、病院の入り口は見張られているかもしれないと思い直す。

 村山は窓から駐車場、そして正面玄関付近を見渡した。

 しばらくそれを眺め、全ての配置を記憶に留める。

(どっちにしたって、正面から出るのは避けた方が無難だな)

 裏口から出て、裏の山沿いに彼の家の庭に入れば多分誰にも見つからない。

 回り道なので五分ほど余分にかかるが、それでもぎりぎり時間内に着けるだろう。

 村山はそこが該当場所でなかった場合のプランもいくつか考えた後、とりあえずそこで思考を打ち切って業務に戻った。

 予約していた検査を行い、入院患者の食事などについての指示を出す。

 溜まっていた仕事や病棟ナースからの呼び出しなどをこなし、彼はいらぬ不安を心から追い出した。

 時折、医局の窓の外を見ながら車の出入りをチェックする。

 不審な車は一台。

 正面玄関が見える位置に陣取り、ずっと動かないダークグレーのワゴン車。

 見舞いにしては長いし、駐車場代わりにしているにしては停めている場所も角度も不自然だ。


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