査問会4
「……村山先生は天才です」
目を見開いた村山の前で、明石は肩をすくめる。
「手術が早い理由はそれで全部説明がつきますよ」
驚愕のあまり硬直した村山を他所に、彼は普段通りの表情で院長に向かう。
「目的のパーツを見つけるのがもの凄く早い。目もいいんでしょうが、解剖がしっかり頭に入ってるんだと思います。時々、内臓透かして裏側まで見てるんじゃないかって思うときすらある」
彼はちらりとホワイトボードに目をやった。
「また彼は手術をする前から既にああいう連関図を頭の中に持っている。そして成功に向かって切っていくだけなんでしょう。途中で何かあったとしても、全てのケースが考え尽くされているので悩まない。だから早い。それだけの知識と経験をこの若さでどうやって得たのかという疑問は残りますが」
「……こいつをつけあがらせないで頂きたいのだが」
「あと、びっくりするほど器用なのも手術が早い理由です」
脅すような低い声を、明石はあっさりスルーした。
「腹腔鏡下胆嚢摘出術で見せるあの奇術みたいなフックアンドロールは一見の価値ありですよ」
院長は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「……医師より手品師に向いているってことかね?」
何の想像をしたのか、明石は破顔した。
「器用なだけでは外科医はつとまりません。ですが、くどくなるので一つだけ実例を挙げます。見てもいない手術で人をあげつらう方々が、ずっと見てきた手術のことを問題にしないのが不思議で仕方ないのですが、彼のラパコレの平均時間はほとんどばらつきなく五十分前後」
「……それが?」
「開腹はこの半年間で一度もありません。それがどれほど異常なことか、院長先生はお解りになられますか?」
この男は誰に対してもどこか上から目線だ。
「腹腔鏡で高度な炎症を見たら、私ならまず開腹に移行します。しかし彼は違う。手術既往があろうが胆嚢が腫れてようがほとんど出血させず、仮にオージングがあっても見事に止血して普通に一時間で終わらせる」
オージングとはじわじわしみ出す出血を指す。
「あの、それは違います」
慌てて村山は割って入った。
「私が担当したものにはそこまで凄いのはあんまりないので……」
しかし院長も明石も彼には一瞥もくれなかった。
「器用だからと言って、吻合や結紮を適当にしてもいいということにはならんだろう?」
「本当に雑だとすれば縫い目が汚かったり、あるいは縫合不全率が上がるはずですから、きっちりとお調べになっては如何でしょう。彼が術中偶発症の常連だというならともかく、何で委員会に文句を言われるのか私には理解できません」
「い、いえ、縫合不全は患者さんの状態に左右されるので一概に発生率で比較しても……」
狼狽している村山を尻目に、明石は更に言葉を継いだ。
「そうそう、術中偶発症と言えば、不用意に門脈を傷つけた先生がいますが、それが大事に至らなかったのは素早く見つけて処置した村山先生のお陰と聞いています。恐ろしいことに、ばっつりと総胆管を切りかけた事例では、彼が突然鉤を揺らして事なきを得ました。もちろん怒鳴られてましたがね」
思いも寄らないリークに、喜びよりもむしろ村山は真っ青になる。
「……ち、違いますっ、本当にそれは」
「謙遜の必要などないっ。お前がそんなだから、いつも誰にも正しく情報が伝わらないんだ」
びしっと怒鳴られて、村山はそのまま直立した。
「癌性癒着を無理して破いた血管を助手が素早く結紮するのを、当の術者に雑だなんて言われたら馬鹿馬鹿しくて外科医やめたくなります」
(……うわあ)
思わず顔を引きつらせた村山の目の前で、突然、森田部長が立ち上がった。
「院長先生、明石先生は事実よりも遥かに厳しい言い方をしていますが、ここは一つ、若い彼らの仲間意識や連帯感、そして向上心に敬意を表していただくことはできませんか?」
院長は座っている医師たちを見つめ、そして深々と頭を下げた。
「このような不肖の者を庇っていただいたことに、お詫びとお礼を申し上げます」
そうして次に村山を睨む。
「お前も、この方たちへの感謝を忘れぬように」
言いたいことは色々あったが、それ以上に彼はこの状況に動顛していた。
「……はい」
それを機に院長は部屋を出て行く。
頭の中が真っ白になった村山は、立ったまま机に手をついた。
「……あ」
不意に足の力が抜けて、そのまま手だけで体重を支える。
(……ど、どうしよう)
表層が融けて普段の彼を取り戻すと、ありとあらゆる恐怖が頭の上にのしかかってきた。
「大丈夫か? 顔色が真っ青だ」
三宅医長が側に来て、彼の肩の上に手を乗せる。
「大分、頑張ったものな、お前」
「……い、いえ」
ようやくにして顔を上げると、彼が今すぐでもフォローしなければならない今泉は憤怒のあまり真っ赤になっている。
佐々木はその側に近寄らないように、さりとて村山の側に寄って今泉の怒りを買わないようにと部長の側で部屋を出るタイミングを計っていた。
(……まずい)
村山は机に手をかけたまま、頭を深く下げた。
「……本当に申し訳ありませんでした」
言うと、ますます足が震えた。
「皆さんに庇っていただいて……その、ここに居場所を作ってくださったというか」
誰も何も言わないので、更に怖くなる。
元凶の明石は気づけば既に部屋にいない。
(……あんの野郎)
思いながらも、彼を理由に逃げの一手を打つ。
「あ、あの、とりあえずでたらめ言ってた明石先生に文句を言ってきます」
三宅が笑った。
そして小声で呟く。
「文句じゃなくて、感謝だろ?」
彼は村山の背を叩いた。
「早く行ってこい」
助け船に、村山は部屋を飛び出す。
エレベーターを待っていては追いつけないと思い、階段を二段飛びに降りて、一路一階へと向かう。




