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夢の続き  作者: 中島 遼
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24/55

写真2

 だが、

(……あの様子では、姉さんも少しは知ってるな)

 村山は深い溜息をついた。

 先日、彼はまた病院でしくじったのだ。

 いや、厳密に言えば決して間違ったことをしたわけではない。

 夜中に病院から呼び出されて駆けつけたら、患者は腹部大動脈瘤が破裂しショック状態だった。

 輸液でショックは何とか改善したが、危険な状態に変わりはない。

 胸近くならややこしさに躊躇したろうが、破れたのは彼のテリトリーの腹である。

 過去、救急で何度も大動脈瘤破裂に遭遇した経験もあり、血の海が怖くてかなり勉強した症例だ。

(それに、あのときは自分で判断するしかなかった)

 彼に電話が来たのが、専門の上級医師が捉まらないためだと知っていたので、とにかく出血を止めるために腹腔動脈上で大動脈を遮断した。

 そしていつ頃からだったろうか、彼にまた「あの状態」が訪れた。

 過去に見た優れた手術がいくつも現れ、その中で最も適していると思われることを気づけば既にやっている。

 何も考えていない訳ではない。考えつくした最善が行われていると自分でわかっているので、過信でない自信が溢れた。

 そして、あとは閉腹のみと言うとき、ようやく我に返った彼が人の気配に後ろを見ると、そこに明石が立っていたのだ。

「……あ」

 彼はその日、村山が呼ばれる少し前から汎発性腹膜炎で運ばれてきた別の患者の手術をしていると聞いていた。

 その処置が終わったら、すぐにこちらに入って欲しいという伝言をしていたので来てくれたのだろう。

「勝手にして済みませんでした。EVAR不適応、かつ緊急でしたので……」

 相手の目は怖い。村山は言い訳をしながら慌てて頭を下げる。

「そんなことはいい」

 声も怖い。

「……い、今、輸血量は」

 さっきまでの自信はどこかに消え失せ、またいつもの彼が姿を現す。

 とりあえず、今伝えた方がいいと思う患者の状態、処置内容を彼は説明する。

 だが手術を手伝っていた他科の若い医師まで何だかびびった風に見えるので余計に村山は不安になった。

 診断や治療の流れはガイドライン通りであり、特に問題はないはずだと必死で自分に言い聞かせる。

「今までに破裂性AAA(トリプルA)の経験は?」

 AAAというのは腹大動脈瘤のことである。

「第一助手は何度か」

 と、

「お前、最低だな」

「え?」

 さすがにそんなことを言われるとは思っていなかったのでびっくりして相手を見たが、明石は何も言わずに黙って部屋を出て行く。

 呼び止めるのも変で、彼はそのまま立ちつくした。

(……一体、俺が何をした?)

 半人前の医師が血管手術をしたことが問題なのか?

(……それともドレーンを取っ払ったことが気に障ったとか)

 そう言うことは大学や病院、あるいは医師ごとに微妙に考え方が違うので、風習を理解しないとたまに叱られたりすることがある。

「……あの、村山先生」

「は、はい」

 呼びかけられて我に返った彼は、慌てて処置を開始する。

(……そんなことは後で考えよう)

 それでも出るのはやはり溜息だ。

「……明石先生、いつからいたんだろ?」

 呟くと、前に立っていた医師は申し訳なさそうに村山を見る。

「結構、前からいらっしゃいましたよ、確か、腎動脈下の腹部大動脈に取りかかったぐらいから……」

「ええっ?」

 思わず汗が出る。

「何で誰も言ってくれなかったんだ?」

「だって、先生、喋りかけても答えないぐらい集中してたし、明石先生も黙って見てるし、一外ってそんなものなのかなって思って」

 看護師も頷く。

「……なんか張りつめた雰囲気で、声なんか怖くてかけられなかったですよ」

 助手の若い医師は少し声をひそめた。

「……ところで、最低ってどういうことですか?」

「……俺が知りたい」

 村山は情けない気分になって、つい口を滑らせた。

「何だろう……やっぱり手術が雑ってことかな。俺、よく言われるから」

 あの状態を見られたなら、そういう感想を抱かれてもおかしくはない。

「確かに最初覚悟していたより、すごく早く終わったような気はしますけど」

 助手の医師は上目遣いに彼を見た。

「それにしても先生、よくこんな手術をしようって思いきりましたね」

(あ!)

 そこで初めて彼は失言に気づいた。

 第一助手しかしたことのない彼が、いきなりこんな手術を一人でやったら流石にまずかろう。

(嘘でもいいから、執刀したことがあると言えば良かった……)

 後悔したが既に遅い。

 彼はため息をついた。

「……あ、それは俺がやるよ。せめて縫合は綺麗にしておこう」

 そう、それがその日の全てだ。

 だが、気づけばそれが歪曲して世間に伝わっていた。

 明石が村山の手術を雑だと叱りとばしたとか、最低な手術だとののしったとか。

 そのくせ自分は見ているだけで手を出さなかったとか、いや血管の辻褄は明石が合わせたとか。

 あるいは村山がちゃんとできたのは最後の縫合だけだったとか。

 聞いただけでも複数のバリエーションがある。

(……今のところ合併症も出てないんだから、いいじゃないか)

 破裂箇所も幸いして出血は少なかった。懸念された腎不全などもなく患者は昨日ICUを出ている。

 助かる方が稀な疾患で、しかも未熟な男がほとんど一人で手術したのに生きてICUを出られた幸運な患者として彼もまた病院では隠れた有名人だ。

(……まあ、出血も少なかったし、確かに凄くラッキーな状態ではあったのは間違いではないけど)

 しかし回り回って聞いた話では、救命率が少ないから村山も安心して執刀したなどという無責任な噂まであった。

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