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夢の続き  作者: 中島 遼
22/55

前川2

「っ!」

 喉から空気が漏れるような音がしたので、高津は口を押さえた。

(だけど)

 あのときは声を上げることすら適わずに化け物に取り込まれた。

 ただあるだけの存在……動くこともできず、同じような亡者たちの間で化け物がすることをただ見ているだけの……

 悲鳴がもれそうになり、慌てて固く目を閉じる。

(怖くったっていい)

 怖いのは仕方ないのだ。我慢したってしょうがないから……

「すまん」

 前川ががたがたと震えていた彼の肩をつかんだ。

「言わなくていい、ごめん」

 そうして申し訳なさそうに高津を見つめる。

「……どうして人はかさぶたをはがしたがるんだろうな」

 高津は大きく深呼吸し、そしてしばらく桃の花を眺めて落ち着きを取り戻した。

「剥がさないと駄目な時もあるんだって」

「え?」

「村山さんが言ってた。かさぶただけなら放っておくのもいいけど、中に膿が溜まってる場合は一度開いて出した方がいいんだって」

 夢の後、村山は滑稽なくらい高津を心配した。

「俺より、暁たちの面倒見てよ、小さい子供の方がダメージ大きいって言うよ」

 そう言った高津に、村山は首を横に振って応えた。

「暁たちは別に考えるから心配するな。まずはお前だ。感受性が強いから今でも相当辛いと思う」

 彼は高津が不安やフラッシュバックに悩まされ始めた頃には対処法をかなり調べてくれていて、軽減させるための方法を順番に教えてくれた。

(本当だったらここまで回復するのに何年もかかるところだったんだろうけど)

 高津の状態を主観的にも客観的にも理解した村山がさしのべた手にすがった月日は意外に短い。

 圧巻だったのは秋。

 心の傷を治すためにはいつかどこかで追体験をしなければならないことを認識として高津に持たせ、そして本物の緑のお化けを倒すことによって成功体験にメタモルフォーゼさせるようなプログラムを彼は組んだに違いない。

「……俺は運が良かった」

 高津は前川を見る。

「膿を出すために傷を綺麗に切開していくれる人がいて、膿を出しきる排出口として追体験の場があった。だから多分、この程度で済んでる」

 さらに高津には萌や夕貴や暁がいた。

 ゲームの中を彷徨った日々。彼らはその存在だけで高津の傷を塞ぎ、そして痛みすら和らげた。

「あのときのことを俺は今でも苦痛としか思えないんだけど、とても前向きにとらえてるメンバーがいて、それを聞くと何だかいつも救われるんだ」

 前川は不思議そうに彼を見つめる。

「前向き?」

「夢がなかったらみんなに会えなかった、だから夢は必要だったなんて言うんだよ、肝っ玉太いにもほどがあるだろ?」

 高津は微かに笑った。

「だから、前川さんの気持、俺には少しわかるよ。だって、もし他のメンバーが俺みたいなタイプばかりだったら、きっと俺も……」

「そうか……」

 彼は今度は遠く、談笑する自分の妻と女達の方を見やった。

「……それって、あの子だよな」

「それと赤尾が探してる暁と夕貴もだよ。あいつら子供のくせに、俺よりしっかりしてるんだ」

 前川は小さく息をついた。

「自分が間違ったことをやっているという自覚はあった。だけど……」

 しばらく彼は黙り込み、そしてうつむいた。

 その沈黙が数分を過ぎようとした時、頃合いを見て高津は言葉を発する。

「……祥世さんと一弥君に免じて、俺は警察には言わないことにする。だけど、その代わり一つ約束して欲しい」

「え?」

「他の仲間を助けてあげてよ。多分、前川さんと同じできっと苦しんでる。膿んでる傷が痛いからって、他の部分を傷つけて痛みを紛らわせても治らないって伝えてあげてよ」

 前川はうつむいた。

「済まない……」

 そうして鼻をすする。

「お前達を医者に奪回されてから、俺はずっと怖かった。寝られなくて。いつ警察が来るんだろうって。赤尾は医者もすねに傷持つ身だから言わないって言ったけど、俺たちと違って夢のことなんて引きずりながら今を生きていなかったら、きっと普通に警察に言うだろうって思ったら、本当に怖くて……」

 なんだか達成感が一杯で、高津まで涙がこぼれそうになった。

(……村山さん、フローチャートは一番左端のパターンで成功したよ)

 思わず彼も鼻をすする。

「ほんとうに申し訳なかった」

 前川はまた頭を下げた。

「いいよ、もう」

「……あの子、頭いいよな」

「え?」

「神尾さんだよ。あの医者が迷わずお前を奪回しにきたけど、あれって彼女が発信型テレパスだったってことだろ? 井上はそれに気づかなかった」

 高津は少し躊躇したが黙っていた。

 村山がどうやって彼らの位置を掴んだかについて、前川に話してやる義理はない。

「それに、車の座席の下に転がされて、よくあの一戸建てがどこにあるかを医者に伝えられたな」

 高津は心の内に首をかしげる。

 村山は暁が発信したら、暁の居場所を概ね知ることができたが、彼らにはそんな力はないのか?

 高津はこれを機会に探りを入れることにした。

「あんたたち五人の能力は、一人が選別型であとはテレパシーだっけ?」

「よくわかったな。木村が選別能力者だ。赤尾と深崎が送信型テレパス、後藤が受信型テレパスだ。細川は軽い物なら手を使わずに動かせるって聞いた」

「……そうなんだ」

 こちらに戻ってくる萌たちを見ながら、高津は予定を繰り上げて最後の台詞を告げる。

「じゃあ、本当に頼んだよ。俺、祥世さんや一弥君に恨まれるのは嫌だからね」

 前川が頷いたとき、ようやく女性陣が話をやめてこちらを注視した。

「どうしたの、二人とも!」

 祥世が異様な感じの二人を見て声を上げる。

 高津は誤魔化しがてらに小さく笑う。

「ご主人、泣き上戸みたいですね。奥さんののろけを聞かされちゃいました」

「やだ、何を言ったの?」

「それは男同士の秘密です」

 萌が呆れたような顔で高津を見る。

「まさか、ひょっとしてケンケンも飲んじゃったの?」

「俺はスポーツドリンク」

「……それなのに涙目?」

「俺は花粉症なんだ」

 女達は顔を見合わせて笑った。

「あのね、あそこの人たち、意外にご近所の方もいたの」

 祥世が嬉しそうに前川に報告する。

「やっぱりあの公園のあのメンバーが嫌で、こっちに来てたんですって」

 そこまでは知らなかったが、ここに出没する主婦のツィッターを村山がチェックした限りではそこそこ人の良さそうな集団だということだったので、読みは当たったと言うべきか。

「良かったら、これから車でこっちに来るときに乗せてあげましょうかって言われちゃった」

「一弥にも友達ができそうか?」

「その人のお子さん、今八ヶ月ですって。だから同い年よ」

 運が良い方向に向かうときに側にいた人間に対し、悪いようにはなかなかできないだろうと村山は言った。

「お腹空いたね。お弁当にしようか」

 萌がかばんから弁当を出す。

「あ、私も一杯作ってきたから、みんな食べてね」

 祥世も重箱をシートの上に並べる。

「すごく美味しそうっ! ……っていうか、あたしのお弁当がみじめな感じ!」

「そんなことないって。すごく可愛いじゃない」

 何だか幸せな雰囲気に、村山の性善説も馬鹿にできないと彼を少し見直した。

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