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夢の続き  作者: 中島 遼
21/55

前川1

 ベンチに座っていた前川を見たとき、高津と萌は大袈裟に驚いた振りをした。

 もちろん、これが偶然であることを装うためだ。

 そして当然のことながら、前川の驚きはそんなものではなかったろう。

 恐らく妻から毎日聞かされていた一弥をあやす高校生が、まさか萌たちであるとは思いも寄らなかったはずだから。

 彼は祥世から二人を紹介される間、恐怖に目を見開いて声も出せずにこちらを見ていた。

「……どうしたの?」

 三人の様子を不審に思ったらしい祥世に、最初に我に返った振りをした高津が硬い笑みを浮かべて首を振る。

「いえ、前川さんと俺、どこかで会ったような気がしたので……」

「この人みたいな顔って、どこにでもあるものね」

 祥世はさすがに加害者と被害者がばったり出くわしたとは思いも寄らず、車の方に彼らを案内した。

 と、

「あいつが毎日俺に話していた、最近よく会う高校生の名は萌でも圭介でもなかった」

 前川が呟く。

「何のつもりで祥世に近づいたんだ?」

「俺たちだって祥世さんとあんたの関係なんて知らなかったさ」

 高津は肩をすくめる。

「名前には深い意味はないよ。俺たち時々ハンドルネームで呼び合うから、それを祥世さんが本名だと勘違いしただけじゃないの?」

 もちろん嘘だが前川にはわかるまい。

「おい」

 前川は怖い顔で高津の腕をひいた。

「絶対に言うなよ、言ったらただじゃおかない」

「……あのね。ここで俺を脅すのは逆効果だよ。今、俺と萌が何で何も言わないかわかる?」

 少しむっとして高津は隣の男を睨む。

「祥世さんがいい人で、悲しませたくないからだよ。そんな俺たちの気持を踏みにじるようなこと言うんなら、こっちだって……」

「す、済まん」

 自分の立場をまず、がつんと思い知らせてから高津はさらに声をひそめた。

「とてもいいご主人だって聞いてたのに、まさか……」

「事情があるんだ、許してくれ」

 少し前を歩いていた祥世が不思議そうに振り向いたので、高津はわざと明るく笑った。

「一弥くんと俺って足し算してもちょっと寂しい感じだったけど、男が今回有利になったなって」

「いつ男女で対立したのよ」

 強ばった顔のままではあったが萌がさりげなくフォローし、彼らは車に乗り込んだ。

(……萌、緊張してる)

 もちろん、彼女はフローチャートの通りにできるかどうかを危ぶんでいるだけだ。

 しかしそれは、前川には萌が怯えているように映るだろうから、いい牽制になった。

 そうして彼らは予定通りの時間に公園についた。

「まあ、本当に綺麗!」

 様々な色の梅が咲く公園で、祥世は嬉しそうに一弥にもその景色を見せた。

「ね、祥世さん、あそこを見て!」

 萌が指さした先には、生後四ヶ月から一歳ぐらいまでの子供をあやす集団がいる。

「一弥くんを連れて、行ってみない?」

 前川が目を見開いた。多分、萌が二手に分かれてから祥世に告白すると思ったのだろう。

 それを見て、高津は萌を手招きしこっそりと耳打ちした。

「……今は言っちゃ駄目だよ」

 口の開き方から、前川にも言葉の内容は伝わったろう。

 萌が小さく頷いてから、不思議そうな顔の祥世を連れて集団の方に向かった。

(……頑張れ!)

 人見知りの激しい萌にはつらい役目だったが、彼女なら何とかこなすだろう。

(いや、それより俺だよ)

 高津のミッションはさらに厳しい。

 元々は今、萌が向かったお母さんたちの集団に祥世をなじませて友達を増やし、何となく感謝されたぐらいに前川と対面する予定だったのに、それを今日分担して同時に行うことになったのだから。

(とりあえず、最初はつかず離れず……だったよな)

 所在なげな前川を高津は眺め、そして黙って荷物からナイロンシートを取りだして地面に敷く。

 そして、黙ったままそこに座った。

 沈黙が双方を押し潰すかのように流れたその臨界点。

「……なんか怪しまれるから座ったら?」

 相手は慌てたように自分もシートを取りだしてそこに座った。

 まずはジョブが効いた感じだ。

(相手が理性を取り戻す前に、片を付けないと)

 焦る心を抑え、高津は前川を見ずに萌たちを眺める。

「……あんな可愛い奥さんと子供がいてさ、どうして高校生を略取して、それこそいたいけな子供二人を誘拐しようなんてしたのさ?」

 何も言わない相手にもう一発。

「知ってる? 俺、調べたんだけど、未成年者の略取、誘拐って最高懲役七年なんだよ」

 相手がぎくりと震える。

「俺と萌が訴えたら、一弥くん達、どうなると思ってるの?」

「……なぜ、警察に言わなかった? あの医者が止めたのか?」

「逆。村山さんはすぐにでも警察に言おうとした。だけど、俺が止めた」

 フロー図にはそう書いてあった。

「何故?」

「萌に変な噂が立ったら可哀想だもの。あんただって自分の奥さんが同じ目にあったらどう思う?」

「俺たちが略取した証拠なんてあるのか?」

 声の震えが気の毒なほどだ。

「あの新築一戸建てについた指紋とか、近所の公衆電話についた指紋とか、村山さんの携帯の録音とかを徹底的に調べたらいいんじゃない? それに、アカオとハルオって名前を俺たち記憶してた。ハルオはあんただよね」

 ちらりと見ると、前川の顔色は真っ青だった。

「そっか、前川ハルオ。これで間違いなく……」

「た、頼む」

 相手は土下座せんばかりに頭を下げる。

「許してくれ。本当に悪かったと思ってる。俺も本当はあんなことしたくなかったんだ」

「ちょっと、駄目だって。奥さんに怪しまれるから頭を上げてよ」

 少しタイミング的には早かったが、仕方なしに高津はかばんからビールを取りだした。

「ちょっと寒いけど」

 前川は震える手でプルタブを開ける。

 白昼の公園であることを考慮し、高津はスポーツドリンクを開ける。そして前川が自分から話し始めるのを辛抱強く待った。

「……お前も見たんだろ、あの夢」

「思い出したくもないけどね」

 高津は頷き、目を細めて前川を見る。

「で、あんたも……俺と同じぐらい怖かったのかい?」

 前川は不意にがたがたと震えた。

「奴らに、奴らに生きたままはらわたを引き裂かれたときの恐怖ったらなかったさ。あまりにリアルだったので目覚めてから調べたら、笑って人を殺してた男が本当に役場に勤めてることがわかった。……だからひょっとしたらって思って、あのとき一緒にいたリソカリトを俺は探したんだ」

 恐怖が乗り移ったので高津も同じように身震いした。

「そしたら、後藤……同じリソカリトで奴らに使役されてた男と邂逅できた。そして彼が赤尾を知ってて、その繋がりで俺たちはみんなと出会ったんだ」

 高津はペットボトルに口を付けた。

「自分がどれだけ卑怯な人間かを見せつけられて、苦しくて本当に毎晩うなされた。そして、俺たちは俺たちをそんな風にした、そう、踏みつけにした奴らを憎んだ」

 高津は顔をしかめる。

 村山を殺してしまったと思ったときのあの気持。井上を憎んだあの気持。

(それでも俺は、それが自分以外の人間のためだと信じて行動することができる環境にいた)

 それすら持つことができなかったなら、きっとその傷は激しく深いものになったことだろう。

「だから、自分を正当化するために……いや、自分の傷を癒すために、俺たちは俺たちを使役した奴らに復讐することにしたんだ」

「え!」

 さすがにそれは思いつかなかった。

「もちろん、復讐と言ってもせいぜいが嫌がらせだ。俺たちみたいな小物にできることなんてその程度だからさ」

「嫌がらせって、どんな?」

 一応聞いてみる。

「毎日夜中に電話したり、家の前に犬の糞を撒いたり、盆栽を切ったり……」

「……大人のすることに思えないね」

「俺もそう思う。特に一弥が生まれてからは彼らと一緒にいてはいけないという気がどんどん大きくなった。だが、それでも一人になるのが怖かった。同じ恐怖を味わった者と一緒にいないと、自分がとてつもなく駄目な人間に思えて、それで先に進めなくなりそうだったんだ」

 高津は彼にもう一本ビールを渡した。

「だけどさ、それだったら俺たちに干渉する必要全然ないよね。第一暁たちなんて全く関係ないじゃん」

 前川は震える手で再びビールの缶を開けた。

「奴が、細川が加わってから、おかしくなったんだ」

「細川?」

 知らない名前だ。

「俺も数回しか会ったことがない。相当どっかが切れた奴らしくて、赤尾が奴を追い出したから」

 高津は村山の千里眼に感服した。

「俺たちには詳しいことは知らされていないんだが、聞いた話だとその子供を捕まえると、金が儲かるって細川が言ったらしい」

「はあ?」

「それで赤尾が細川と張り合って子供の行方を追った。井上の電話報告では子供は名前しかわからなかったので、とりあえずは高校生のお前達と医者を見つけてそこから探そうってことになり、気が付けばあんなことまでさせられて……」

 フローでは確かここは同情をする場面だった。

「本当はやりたくなかったのに、やらされたの?」

「ああ。子供をさらうなんてとんでもない話さ」

「……あのマッチョな男は萌にひどいことしようとしてたみたいだけど」

「口だけだ。脅せば女は泣いて何でもべらべら喋るって思ったんだよ。実際には逆に凄い眼で睨まれてびびってたぐらいさ」

「……そうなんだ」

 善良さを垣間見て、少しだけほっとする。

「……井上は俺たちの能力についても報告してたみたいだけど」

「井上の報告を聞く立場にあったのは赤尾さんで、俺たちは彼から概要を聞いただけなんだ。あの女の子が普通のカスで、お前が選択能力保持者で、医者がレベル三のテレパス。子供がレベル七のテレパス」

「レベルって何?」

「一がテストして初めて持ってるってわかる程度、二が何か聞こえる程度のテレパシー、三がちゃんと聞こえるけど特定の人間と送信か受信のどちらかしかできないレベル、四が特定の人間ならどっちもできるレベル。五が複数の人間と会話ができるレベル」

 ということは萌が一、高津が二ぐらいということか。

「六と七は?」

「教えてもらっていない。それ以上としか」

「……ふうん」

 高津は前川を見る。

「前川さんは?」

「……俺はレベル二だよ」

「何だ、俺と一緒ぐらいか」

「だからあそこでもあっさり殺されたのさ。役に立たないってね」

 彼の顔が少し引きつった。

「役に立たないなら、他の奴らに恐怖を味わせるために使おうってことで、生きたまま、俺は皆の前で、腹を……」

 高津は彼の腕を掴む。

「言わないでよ。俺もあの時のことを思い出してしまうから」

 彼は顔を上げて高津を見る。

「お前も奴らに捕まったのか?」

「捕まりはしなかったけど……」

 高津は顔をしかめた。

「ひどく嫌な体験をしたんだ。言葉にできないぐらい、嫌な……」

 迫り来る触手。イボだらけのそれが彼の足にからまり、そして骨まで溶かしていく。

 思い出さぬよう防御する心を叱咤し、高津はそれを見つめた。

(……大丈夫、俺は落ち着いている)

 現実では……今年の秋には、化け物は高津に触れる前に萌が焼きつくした。

(そっちが事実だから)

 あれは夢。あくまで……

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