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夢の続き  作者: 中島 遼
20/55

公園デビュー

 前川の妻は祥世、子供は一弥と言った。

 まだ寒いので天気の良い日だけではあるが、朝の十時に彼女はベビーカーに子供を乗せて公園に来る。

 そしてベンチに座って子供をあやしたり、ふくらみ始めた桜の莟を見たりしている。

 同じ年頃の子供の母親とはつるまず、どちらかと言えば一人でひっそりひなたぼっこをしている感じだ。

 萌達の最初のミッションは、その祥世と仲良くなることだった。

 例年に比べて今年は雪も少なく、週間予報では良い日和が続くとのことだったため迷いなく始める。

 初日は、可愛いっ! などと言って子供を抱かせてもらったりするに留めた。

 二日目は子供のためにキャラクターものの小さいぬいぐるみを持っていき、それであやした。

 三日目は終業式があったので休んだが、四日目に行ったらとても嬉しそうな顔で迎えられた。

「……あの人たちより、貴方たちの方が気安いわ」

 あの人たちというのは、他の子供の母親たちのことだろう。

「そうなんですか?」

「ちょっと喋ったけど、子供も大分大きいから話も合わないし、考え方も生活基盤も少し違うから」

 聞くと、彼女は子供ができたので仕事先を首になり、現在失業中だった。

 しかも何故か自己都合退職となり、雇用保険未加入のために失業保険も出ない。

「保育所は?」

「仕事を持っていない人は認可保育所に子供を預けられないような仕組みになっているから、とりあえずは無認可保育所に預けられるぐらいの貯金を作ってからでないと就職活動もできなくて」

 聞けば聞くほど大変な話である。

 ただ、祥世はそういう話を誰かに話したかったのだろう、彼ら二人が聞き役に徹すると、自分のことをたくさん語った。

「ところで、貴方達はどうして公園に?」

 高津が頷く。

「春休みで、部活が午後からの時は午前中暇だから散歩がてらに」

「この近くに住んでるの?」

「いえ。あまり近いところをうろうろすると友達に何言われるかわかんないから、少し遠出はしてます」

 彼女は少し寂しそうな顔をした。

「ということは、春休みの間だけよね、ここに来るのは」

「まあ、そうです……」

 期間限定ということは、なるべく最初に彼女に伝えること、という指示が出ている。

 確かにそれは大事なことだと萌にもわかった。

「あと、ケンケンに彼女ができたら、絶対に一緒に来れなくなるよね」

 名前についてはハンドルネーム的な偽名を使うということになっていたので、照れくさいが仕方ない。

 同じ様に感じたためか、高津は怒ったような顔で首を振る。

「今のところ、そういう予定はないから」

 祥世は笑った。

「ほんと可愛いカップルね。私にもそんな時代があったんだろうけど」

「いやいやいや」

 二人は同時に手を振った。

「そ、そんなことより」

 慌てて萌は言い添える。

「明日も晴れるんなら、あたし、お弁当作ってこようかな」

「寒くないか?」

「今日みたいな天気だったら大丈夫よ」

 萌は頭上の桜を見る。

「ただ、これが咲いてたら寒くても来る価値はあるんだろうけど、これじゃあね」

「桜が咲く頃には学校始まっちゃうって」

 祥世は再び寂しそうな顔をした。

「いいな、お花見」

 彼女はぼそりと呟いた。

「ちょっとしたかったな」

 萌と高津は顔を見合わせる。

「……せっかくだから一度やります? お別れで、って言うのも寂しいけど、俺たちも三年になったら受験で忙しくてこんな時間も取れなくなるだろうし……」

「ほんと?」

「実はここからちょっと遠いけど、梅の花が咲いてる公園があるから」

 萌がそう言うと、祥世はとても嬉しそうな顔をした。

「じゃあ、主人に車をだしてもらおうかな」

「え!」

 予定より早い邂逅に少し萌は動揺する。

「でも、ご主人はお仕事じゃ……」

「あしたはお休みだから」

 人によっては土日以外が休みなこともあるというのを失念していた。

「なら、俺たちも部活、休もうか」

「あたしはいいけど、そっちは無理じゃない?」

 端っこで竹刀を振っているだけの萌はともかく、高津のような団体スポーツのレギュラーが春休みに部活を休むというのは尋常なことではできない。

「大丈夫だよ」

 自信たっぷりに言うので、そんなものかと萌は頷く。

「それはそうと、ご主人のお話って全然聞いてなかったですね」

 高津が言うと、彼女は少し嬉しそうな顔をした。

「そういえばそうね」

「格好いい?」

「顔はそこまでだけど、優しい人なの」

「祥世さん見てたら優しいご主人なんだろうなってわかります」

 高津は口がうまい。

「でもね運の悪い人なの。大学を出てちゃんと就職したのに、その五月には会社がリストラで入社した新入社員を全員解雇したときに職を失って。それからずっと苦労のしっぱなし」

 それは切ない。

「でも、健康で頑張ってるならきっとうまく行きますよ」

 すると彼女は暗い顔をした。

「この頃ね、ちょっと心配なの。何だか悩んでいる風で」

「え?」

「私には言ってくれないけど、少しお酒の量も増えたし、夜中にうなされることも多いし」

 彼女は桜の木を見上げた。

「だから、ちょっと気持を和ませてあげられるようなことしてあげたいなって。あの人、実家が昔、植木屋さんだったから、桃とか桜を見るのが好きなの」

 好きな木に梅が入っていないが、細かいことはいいだろう。それよりも、

(……なんか想像外)

 前川が萌たちを誘拐するようなタイプの人間でないことは、彼女の話からは充分伝わった。

 それは高津の勘が当たったというべきなのだろうが、萌にはまだ実感はない。

(……いや、本当のところなんてわからないし、まだ気を抜いちゃいけない)

 萌だって、家族の前、友人の前、知らない男子生徒の前と、色んな顔を持つ。

 女房と子供には優しいが、それ以外には極悪非道というやくざを描いたドラマを昔見たことがある。

(……何にせよ、明日だ)

 できれば平和裏にという村山の気持ち通りに行けばいいが、そうでなければ萌が前川を殴るだけのことだ。

 一弥を持ち上げて高い高いをしている高津を見つめながら、萌は拳を強く握った。

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