第九話 微睡み
「・・・・・・・・・」
ガイアスは思わずじっと見てしまった。
(なんだこれは?)
そう思いながらなおも見つめる。その視線の先には、夕日に照らされるリュミエルと・・・レイリアがいた。
「ヴィトが言っていたのはこれか・・・」
小さく息を吐く。
うずくまるリュミエルはレイリアを囲うようにして丸くなって眠っていた。とはいっても耳はしっかりガイアスへ向いているから、レイリアを起こさないように寝た振りをしているのだろう。主人であるレイリアはすやすやと眠ってしまっている。リュミエルの首には鎖がついているから、繋ぎにきたところで眠ったのだと思われた。
(まあ・・・嫌だ無理だと言わずに耐えているからな・・・)
そっとしゃがみ込むと、リュミエルが目を開けた。長く優美な尾がぱたりと振られる。
「こいつを連れてくぞ。このままだと風邪でも引きそうだからな。」
そう言うと、リュミエルは囲っていた尾をふわりとどけた。どうやら譲ってくれるようだ。
以前なら誰か近づくと逃げていたリュミエルだが、レイリアが来てからそういった事はなくなった。レイリアが逃げないのを見て、仕方なくそれに習っているようだ。
(なんでこんなのが主人なんだか・・・)
苦笑しつつも、レイリアを起こさないようにそっと抱き込む。起きないのを確認すると、そっと立ち上がった。なるべくレイリアの姿勢を変えないように抱えたので、レイリアの顔が首もとにあって少しくすぐったい。リュミエルが少し心配そうにレイリアを見ていたので、ガイアスは思わず笑ってしまった。
(リュミエルに好かれているのは確かだな・・・)
ゆっくりと屋敷へ歩を進める。あまり足音を立てないよう、揺らさぬよう、そっと。屋敷ではヴィトが夕食の仕度をしていて、入ってきたガイアスを見て、その腕を見て、思い切り驚いていた。
「・・・これは?」
先日のように傷はないようだ、とヴィトの視線が彷徨うのを見て、ガイアスは苦笑した。
「リュミエルを戻しにいったところで、寝ていたらしい。」
それを聞いたヴィトが、大きな溜息を吐いた。
「・・・以前も言ったんだけどなぁ・・・。」
「以前?」
眉を顰めたガイアスに、ヴィトは小声で話す。
「そう。レリィを町へ迎えにいった時にね。・・・木の下で眠ってたんだ。一人でね。だからその時に、いくら心地良いからって無防備に寝ちゃ駄目だって、言ったんだけどな・・・。」
ああ、とガイアスは頷いた。
「そういや、言ってたな。」
「うん。けどレリィの頭には入ってないみたいだね。」
くくっ、とガイアスが笑った。抑えているは、やはりレイリアを起こさない為だ。
「こいつにそういう警戒心を植え付けるのは無理じゃないか?」
「そうか?」
「・・・今する話じゃないな。こいつを置いてくる。」
「ああ・・・」
不思議そうに首を捻るヴィトも、異性や恋愛に対する感情は、“鈍い”というよりも“乏しい”のだった。
レイリアの部屋を開け、扉は閉じずにそのまま部屋へ入り、ベッドに寝かせる。
(これだけ運ばれて側で話もしてるのに起きないとは・・・)
あの状況で熟睡するのはさすがにマズいんじゃないかと思い、ちょっと揺すってみた。
「おい」
軽く肩を揺する。
「・・・・・・うー・・・」
嫌そうに顔をしかめられた。
(まあ、生きてるならいいか。)
それ以上は揺すらず、ガイアスは上掛けをかけてから部屋を後にした。
ヴィトの夕食の仕度を手伝っていると、表に馬車が止まった。ヴィトと顔を見合わせ扉へ近づくと、何故か主人の明るい声が聞こえた。
「ただいまーっ!」
「「?」」
ガチャリとヴィトが扉を開けると、イルアが当然のように帰ってきていた。
「ただいま!」
「お帰りなさいませ。・・・お早いお帰りですね・・・。申し訳ありませんが、夕食はまだ後になります。」
「いいのよ。今日はもういいって言われたから帰れただけだもの。」
イルアはにっこり笑ってそう言った。
「セティエス様は?」
「いるよ。ただいま、ヴィト。」
セティエスも馬車を降りたのを確認すると、すぐにガイアスが馬車を見送りに出た。
「お帰りなさいませ。お二人共、湯の準備は出来ておりますから、お先に湯浴みなさって下さい。」
「はぁい。」
「分かった。」
廊下に進みかけたイルアが、くるりと振り向いた。腰まである髪と、スカートの裾がふわりと舞って愛らしい。
「レリィはどうしたの?」
その問いに思わず苦笑する。
「それが・・・」
言いかけたヴィトにガイアスが続ける。
「騎獣舎で熟睡していたから、部屋で寝かせてる。」
「え?」
「騎獣舎で?」
驚くイルアの横でセティエスが首を傾げた。
「リュミエルを戻しにいって、その場で眠ったようだった。」
「・・・レリィは子供みたいだな。」
「というか無防備過ぎよね?」
「イルア様はレリィの事は言えないと思いますが・・・」
ヴィトの突っ込みはいつも通り無かった事にされた。が、釘を刺せとばかりにセティエスがにこりと笑いかける。
「お嬢様は周りの目を気にしなさ過ぎですからね。」
「うっ」
くすくすと三人に笑われて、イルアはあっさり降参した。
「はいはい。“お嬢様”らしさに気を配るように致します。」
それで、とイルアは廊下を見やった。
「ちょっと話があったのだけど・・・」
「レリィにですか?」
「うーん・・・レリィもそうなんだけど・・・」
ガタッ、と廊下の奥で音がした。
「「「「?」」」」
一様に首を傾げた後、セティエスが様子を見に行った。多分、レイリアが起きたのだ。外が暗くなっているのに気がついて慌てた・・・そんな所だろう。そう思いながら扉の前まで来ると—。
「大変!」
案の定、すごい勢いでレイリアが飛び出してきた。しかし開けたすぐそこにセティエスがいたので、セティエスに突っ込んだ。悲鳴をあげる間もなく突っ込み、抱きとめられる形なって、レイリアは余計慌てた。
「すっ、すみませんあの!突っ込む気はなくて!外が暗くて、寝てしまって・・・仕度が・・・」
勢い込んで離れようとしたレイリアを、逆に壁にぶつからないように抑えつつ、セティエスは可笑しくて笑いながら言った。
「レリィ、そんなに慌てたら余計に危ないだろう。」
レイリアはもう真っ赤で、慌てるあまり涙目だ。
「は、はいっ、すみません・・・!」
「落ち着いて。仕度はヴィトがやっているよ。」
「あっ、はい・・・ヴィトが・・・」
ようやく視線が居間へ向いて、イルアを見つけて目が丸くなった。
「・・・・・・・・・あれ?」
その台詞に、堪えられずに四人とも吹き出した。そんな四人におろおろしつつも、レイリアは慌ててイルアへ駆け寄った。
「どうされたんですか?」
駆け寄ってきたレイリアをいつもの通りにぎゅっと抱きしめ、イルアはふわりと微笑んだ。
「今日はもう帰っていいって言われたのよ。だから喜んで帰ってきちゃった。」
「は、はぁ・・・」
はてなマークが飛び交っているのが目に見えるようだ。そんなレイリアを椅子へ促して、イルアは堂々と言い放った。
「さあ、皆座ってちょうだい。話があるの。」
ヴィトの計らいによって、居間のテーブルには香り良いお茶が用意された。それを口に含みつつ、イルアが口を開いた。
「今日、殿下にこの間の襲撃についてご報告に上がったのだけれど、その時にね、レリィの事もお伝えしたの。」
言われてレイリアは瞬いた。
「私の事、ですか?」
ええ、とイルアは頷く。その表情が僅かに鋭くなり、不安とともにどきりとした。
「レリィにバルクス家の秘密を教えた事と、それを承諾してもらっている事。そして、リュミエルの主だっていう事もね。」
最後にはにっこり笑ってそう言われ、なんとなく居心地が悪くなる。
「その・・・飼い主はイルア様なのに・・・」
あら、とイルアが小首を傾げた。ひどく愛らしいその仕草に、思わずレイリアの頬が赤くなる。
「リュミーが選んだのはレリィじゃない?それなら、リュミーが選んだ貴女が、間違いなくリュミーの主人なのよ、レリィ。」
「・・・・・・イルア様・・・」
その言葉にじぃんとしていると、にっこり笑ってとんでもない事を言った。
「それでね、そのリュミーをくれた人が様子を見たいのですって。だから、明日はリュミーと一緒にレリィも登城してね!」
「はむっ・・・」
はい、と勢いで返事をしようとしたレリィの口をヴィトが塞いだ。
「勢いで返事をするのはそろそろ止めようね、レリィ。」
「イルアに乗せられるな。」
ヴィトに加えてガイアスにまで釘を刺されて、レイリアは殊勝に頷いた。それにイルアがむくれる。
「何よそれ。私がレリィを騙そうとしてるみたいじゃない?」
「ごまかそうとされる事はありますよね?」
抗議をあっという間に一蹴されて詰まる。こほん、と咳払いをしてごまかす。
「ま、まあともかく。明日はリュミーとレリィも一緒に登城するわよ!」
決定か、と男三人がひそかに突っ込んでいる中、レイリアは驚きすぎて反応出来ていなかった。
「レリィ?」
四人に顔を覗き込まれてやっと我に返った。
「あっ、あのっ・・・わ、私も、ですか・・・?」
「そうよ。」
しっかり大きく頷かれ、行くしかない事を悟る。がっくりと項垂れ、レイリアは小さく返事をした。
「・・・・・・はい・・・行きます。」
えらいえらい、とイルアに頭を撫でられ、レイリアはされるがままになっていた。
翌日、ガイアスは屋敷に残る事になった。レーヴェとしての用で登城する場合は全員で行くのだが、今回は、単にイルアの登城にレイリアとリュミエルがついていく、という形なので、ヴィトかガイアスが残る事になったのだ。
ここで問題になったのが、リュミエルが万一、脱走したり暴走した場合に、誰が抑えられるかという事だった。そこで選ばれたのがヴィトだった。
理由は、レイリアには分からないが。
「それじゃあね、レリィ。ここでリュミーとのんびりしていれば良いわよ。エルフィア様も時間が空いたら会いにくるだろうし、他の方がみえても特に畏まらなくてもいいから、ね。」
「はっ、はい!」
緊張のあまりリュミエルの鎖を握りしめるレイリアに、セティエスがそっとその指を解いた。
「そんなに握りしめたらリュミーが辛いよ。」
「あっ、はいっ!」
あわあわと指を離すと、今度は鎖を取り落としそうになる。
「落ち着いて、レリィ。鎖を繋いでおけばいいわよ。そうすればのんびり出来るわ。」
「は、はい・・・」
戸惑うレイリアに、セティエスが笑いかけた。
「レリィが落ち着くようにしたらいい。」
微笑まれて余計に緊張した。
「セティ・・・それくらいにしてあげて。」
「はい?」
不思議そうにするセティエスの腕を引っ張り、イルアはにっこり笑ってその場から歩いて行く。
「セティは天然なのよね〜。レリィ、のんびりしててね!」
「イルア様、お仕事頑張って下さい!」
何やら囁き合いながら去って行く二人を見送って、レイリアはリュミエルを振り返った。そして、険しい表情でその瞳を覗き込む。
「今日は一日頑張ろうね、リュミー!」
そんなレイリアの頬を、リュミエルは優しく舐めてあげた。
「わっ・・・リュミー・・・」
そうされているうちに、みるみる緊張が解けていく。
「・・・ありがと、リュミー。」
リュミエルのおかげで緊張が緩んだレイリアは、いつも屋敷でしていたようにリュミエルの世話をした。食事を出し、体中の手入れをして、ようやく一息吐いた。
「ふー・・・」
リュミエルを鎖で繋いで、そっと額を撫でた。目を細めて和む姿にレイリアも心が和む。
「そういえば来ないね、イルア様が仰っていた方・・・」
きょろきょろと辺りを見回す。王城の裏庭であるここは、広過ぎず狭過ぎず、小綺麗に整えられていた。
「ちょっと休もうかな。」
呟きにリュミエルが応えて、レイリアはリュミエルの隣に腰を降ろした。
と、その時。
「あれ?」
ふわり、と空に白い布が舞ったように見えた。振り仰いだ空に漂っていたのは・・・——。
「——ドゥールだ!」
思わず立ち上がると、足下でリュミエルがちょっと驚いたように耳を振った。
「ドゥールだよね?ほら、あの翼だとか、肌も鱗みたいだし!尻尾が長いし!」
ドゥールはシレイよりも希少価値のある獣だ。騎獣として手元置く事は難しく、野生で見かけるというのが一般的だ。
嬉しさでぴょんぴょん跳ね始めたレイリアを見つめ、リュミエルは目を細めた。まるで自分の子供に対するような温かな目だ。
「あっ・・・」
興奮するレイリアに興味が湧いたのか、ドゥールがひらりと舞い降りてきた。
(わあ・・・まだ子供?)
大きな翼のせいで、間近で見るよりも身体が大きく見えていた。舞い降りたドゥールは白い鱗の持ち主だったが、光を弾くと青みがかって見えた。そして、鱗は柔らかく、とても滑らかだ。
このドゥールは小型種らしく、レイリアの肩の上に収まる程だった。鬣は空の様な青色で、瞳は濃い琥珀色だった。ふわりと肩に舞い降りたドゥールは、一度レイリアと目を合わせると、誘導するように肩から滑って宙を進み出した。
「あ、待って!」
リュミエルを振り返ると、穏やかな目がレイリアを捉える。
「・・・少しだけ、待っててくれる?」
問いかけると優美な尾を振って、その場に伏せた。
「ありがとう!すぐ戻るからね!」
言いおいてレイリアはドゥールを追いかけた。リュミエルが見えなくなる程行ってしまうのであれば、引き返すつもりだ。
「どこの子?というか、誰の子?まさか、野生じゃないでしょう?」
歩いてついていける程の速度でドゥールは進む。ふらり、ふわりと漂う様子が可愛くて、レイリアの頬は緩みっぱなしだ。ドゥールはふわふわと彷徨っていたが、ふと耳をそばだてた。
「?」
同じようにレイリアもそちらへ首を向けた。
「——」
誰かが誰かを呼んでいる声が聞こえる。聞き慣れない、穏やかな声音だった。その方向に飛び始めたドゥールを追いかけてレイリアも進む。ちらりと振り返って確認すると、直線上にリュミエルが見えた。
ふわふわ飛んで行くドゥールの先に、いつの間にか逆光に包まれて人影が現れた。ふわり、と雲のような柔らかさを纏った人は、もう一度誰かを呼んだ。
「ララ」
穏やかな声音は少し低めで、影の位置から光の位置へ足を踏み入れたその人の容貌が分かった。緑がかった白い髪に、深い青の瞳。その目がちょっと見開いて、レイリアを捉えた。
「・・・・・・」
思わず足を止めたレイリアの前を、ドゥールは迷わずその人の元へ飛び、その肩にとまって小さく鳴いた。するとその人は、ドゥールへ向けて柔らかく微笑んだ。
「ララ。探したよ。飛べるようになったからって、あちこち行って迷子になったら困るだろう?」
言われたドゥールことララは、くりっと首を傾げた。
「ところで・・・」
再びレイリアに視線を戻し、その人は笑った。
「君は?見ない顔だね。」
その一言で王城の関係者だと理解したレイリアは、慌てて深く叩頭した。
「あ、あの!レイリアといいます!バルクス家にお世話になっております!」
「バルクス・・・イルアのところに?」
その人はすたすたとレイリアの前までくると、じっとレイリアを見つめた。その間にララがレイリアの頭へ飛び乗って、そこで落ち着く。
「あ、あの・・・」
困って目線だけを上へ向けるレイリア。その様子をじっくり眺め、その人は微笑みながら頷いた。
「イルアが言ってた新しい使用人って、君の事だね。確か・・・レリィって呼ばれてる?」
「あ、はい。そう呼んで頂いています。」
「そうなんだ・・・なるほどね。」
くすくすと楽しそうに笑われて、レイリアは首を傾げた。
「イルアがね、君のお気に入り具合をああだこうだと話して行くものだから・・・」
「えっ!?」
イルアがよそで自分の事をどう言っているのか、かなり気になるところだ。
「うん、なんか・・・イルアが言ってた通りだね。」
「イ、イルア様、なんておっしゃってるんですか・・・?」
恐る恐るそう聞くと、その人は少しだけ意地悪に微笑んだ。
「秘密。後でイルアがうるさいからね。」
「えっ・・・」
「一つだけ教えてあげるよ。イルアが言うにはね、君は争いを好まない動物に好かれるんじゃないかって。」
言われてレイリアは目を丸くした。
「争いを好まない動物・・・ですか?」
「そう。例えば・・・」
すっとレイリアの髪に触れた。
「セレイン・ドゥールとかね。」
(び、びっくりした・・・この子の尾に触ったのね・・・)
するりとララの尾を指が滑り、その人はにこりと微笑んだ。
「セレイン・ドゥールは争いも退屈も嫌いだからね。」
「そ・・・そうなんですか・・・」
戸惑っているレイリアをあまり気に留めず、その人は続ける。
「君がいるって事は・・・噂のシレイも来てるの?」
(噂の・・・?)
「あの、リュミエルなら来ています。イルア様にリュミエルを下さった方が、リュミエルの様子を見たいとおっしゃったとかで・・・」
するとその人は、リュミエルを渡した人物に心当たりがあるようだ。
「ああ、エルフィアか。」
そして今度は、レイリアが歩いてきた方へ足を進め出した。
「じゃあそのシレイ—リュミエルだっけ?紹介してくれるかな。」
「え?あ、はい・・・」
そこまで答えて、レイリアはようやく警戒した。そう言えば名乗りもないし、そもそもイルアと仲が良いという確証はないのだ。
「あの、失礼ですが・・・貴方様は・・・?」
そう問われて、ああ、と今更気付いた様子でその人は名乗った。
「ごめん、まだ言ってなかったっけ。僕はユーセウス。・・・言いにくいからルセって呼ばれてるよ。君もそう呼んだらいい。」
「えっ、あ、はい。ルセ様。」
反射的にそう頷いて、慌てて次の質問をぶつけた。
「あ、あの!イルア様とはどういうご関係ですか?」
その様子をくすくす笑いながらユーセウスは答えた。
「なんていうか、友人であり悪友であり信頼出来る人物・・・かな。」
その言葉を頭の中で反芻しながら、レイリアは必死に推し量る。
(悪友っていうのが気になるけど・・・)
イルアとは、悪い仲ではなさそうだと感じた。
「イルアはどう?良い主人?」
その質問に、ぱっと頭の中の疑いが薄れた。
「はい!とても良い方です、イルア様は・・・。お屋敷の方々も!」
レイリアはにっこりと笑いかけた。それにユーセウスは楽しそうに笑い返して、進む先を見やった。
「あ、あれがリュミエル?」
「はい、そうです!リュミー!」
レイリアと目が合った途端に身体を起こして尾を振ったリュミエルに、たまらずレイリアは駆け寄って抱きしめた。
(ちゃんと待っててくれたんだ・・・!)
ぎゅっと抱きつくレイリアの首元に頬を擦り寄せ、リュミエルは嬉しそうに喉を鳴らした。
「なるほどね・・・」
後ろでユーセウスの声がして、一瞬忘れていたのを思い出した。
「あっ、す、すみません・・・!」
慌ててリュミエルを離して立ち上がると、ユーセウスはくすりと笑った。
「いいよ。ほら、嬉しそうにしてるしね。」
その言葉に視線を落とすと、リュミエルは真っ直ぐにレイリアを見上げていた。そんなリュミエルに笑いかけていると、ユーセウスが言った。
「良い天気だよね。ここは日も当たって気持ち良いし、昼寝していってもいい?」
「・・・・・・・・・え?」
あまりに驚いてそう聞き返してしまった。
「だから、昼寝。・・・ああ、シレイが怒る?」
「い、いえ!怒りませんよ、リュミーは・・・」
ぶんぶんと首を振ってそう答えると、ユーセウスはくすりと笑った。
「じゃあ君が困る?」
「あ、いえ・・・」
「良かった。じゃあちょっとここ、借りるね。」
言うが早いか、ユーセウスはリュミエルから少し離れたところにある樹の下へ寝転んだ。もちろん何も敷かず、そのままで。
「あ、あの、何か敷いた方が・・・」
「君はこういうところで寝る時、何か敷くの?」
寝転んだまま、不思議そうにそう訊ねられた。なんだか少年みたいな人だと思う。
「いえ・・・私もそのまま寝ます。」
なんだか可笑しくて、にっこり笑ってそう答えた。ユーセウスは満足そうに、だよね、と言うとすぐに目を閉じてしまった。
「・・・・・・・・・」
(変わった人・・・)
こうやって無造作な振る舞いをするのはレイリア達のように身分が低い者だけだと思っていた。しかし目の前の人物は、そんな事はおかまいなしのようだ。
(あ・・・そう言えばどういう方なのか聞いてない・・・)
イルアの事を名前だけで呼ぶという事は、イルアと同等かそれ以上の立場の人間なのだろう。
(私の態度、失礼だったかな・・・)
ユーセウスをしばし眺める。木漏れ日の中で気持ち良さそうに寝ている様は、やはりあどけなく見えて、少年っぽさを強く見せた。
(まあ、取りあえず今はいっか。また後で色々聞いてみよう。)
そう考えて、さてどうしようかと辺りを見回す。
(・・・・・・さしあたってする事もないな・・・)
ユーセウスを見て、木漏れ日につられて空を仰ぐ。
(・・・本当、良い天気・・・)
そう思ったら急に眠たくなってきた。
「私も・・・寝ちゃおうかな、ちょっとだけ。」
そう言ってリュミエルの側で眠ったレイリアが、“ちょっとだけ”で起きる事はもちろん、ないのだった。