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風の歌声  作者: 沢凪イッキ
本編
8/23

第八話  ”襲撃”の行方


また別の日。


レイリアはリュミエルの調教を教わっていた。講師はもちろんガイアスだ。

「シレイは気位が高い。だから信頼関係が弱ければ言う事は聞かない。」

「はい。」

最近のレイリアは、動き易いように髪をひとつに纏めている事が多い。そして、顔や手足などに傷があるのもしょっちゅうだ。イルアはそれを悲しんでいるが、レイリアはこれでいいと思っている。無力な自分への励ましだ。

「慣れないを好まないから、必然的に甘えは信頼関係を希薄にすると思え。」

「はい。」

ガイアスと目を合わせているのは正直怖いが、リュミエルと自分の為だ。必死に見返す。

「そして、争いを嫌う。・・・だが主の為となればそれが覆される。その分、精神的に不安定になりやすい。覚えておけ。」

「・・・はい!」

目を逸らさないようにしていたせいか、ほんのり涙目になっている気がする。しかしガイアスになんの反応も見られないから、自分で思っているより、目に変化はないのかも知れない。

「イルアの命だ。今日から日中はリュミエルの鎖を外す事を許す。」

「はい!」

途端に頬が緩む。するとガイアスは、やっぱり不機嫌そうに目を細めた。

「う・・・すみません・・・」

「・・・・・・」

しばらく縮こまるレイリアを見ていたガイアスだが、やがてゆっくりと口を開いた。

「・・・まずはリュミエルの感情の起伏を読み取れるようになれ。」

「えっ・・・あ、はい!」

てっきり怒られるかと思ったのだが、思いがけずアドバイスが貰えて、慌てて頷いた。

「それで危険を回避出来る可能性が高くなる。」

「わ、分かりました!」

「それと」

「はい・・・?」

すっと眼光が鋭くなる。レイリアはごくりと息を呑んだ。

「リュミエルの暴走はお前の責任になる。覚悟しておけ。」

言われた言葉に背筋が一気に冷えた。声が震えないように、気をつける。

「・・・分かりました。覚悟、します。」


そう答えた時、気のせいかと思う程僅かに、ガイアスの表情が柔らかくなったような気がした。




「リュミー、今日から日の出ている間は一緒に過ごしていいって!」

言いながら繋がれた鎖に手を伸ばす。リュミエルはそんなレイリアの身体へその額を擦り付けた。

「リュミーも嬉しい?」

預けられた鍵で鎖を外し、リュミエルを解き放つ。擦り寄る身体を抱きとめると、ふわふわの毛並みをよく撫でてやった。

「ねえ、リュミーが私を選んでくれたって聞いたんだけど・・・」

そろりとその瞳と目を合わせる。リュミエルはゆっくりと瞬いた。

「そうなら・・・私、良い主になれるように頑張るね。」

そっとリュミエルの首を抱く。応えるように喉を鳴らすリュミエルは、レイリアの肩にそっと顎を預けた。







そのまた別の日。


相変わらず体力作りとリュミエルの調教を義務づけられていたレイリア。しかしそれと同時にこなさなくてはならないのが、使用人、そして騎獣番の仕事だ。


「レリィ、それが終わったら居間の掃除を頼むよ。」

「はい!」



「終わりました!」

「じゃあ各部屋の掃除を。」

「はい!」



「終わりました!」

「さっさと走りに行け。」

「は、はいっ!」



「・・・・・・っ」

「お疲れ様。少し休んでいいよ。」

「は・・ぃ・・・・っ」



「レリィ、大丈夫?」

「あっ、大丈夫です、イルア様。少し休ませて頂いたので・・・」

「そう?無茶言われたら私に言ってね。」

「はい、ありがとうございます!」



「リュミー、今日はそろそろ戻ろうか。」

「・・・感情は読めたか?」

「あっ、あの、なんとなく・・・」

「・・・・・・」

「頑張ります!」



「レリィ、お風呂沸いたよ。」

「ありがとうヴィト・・・」



「ただいま、レリィ!」

「お帰りなさいませ、イルア様!」

「ただいま、レリィ。」

「お、お帰りなさいませ、セティエス様!」

「お腹空いたわー・・・」

「先にお召し上がりになりますか?」

「うん!」

「お嬢様、お食事よりもお湯を。」

「えー・・・」

「お嬢様。」

「はーい・・・分かったわ。レリィ、用意してくれる?」

「はい!ただ今!」



「今日も美味しかったわー」

「お口に合ったようで良かったです。」

「ヴィトは料理上手いわよねぇ。」

「ほんとに、うらやましいです。」

「そんな事ないですよ。」

「セティは料理しないの?」

「お嬢様・・・私も使用人のいる家庭で育ちましたから、料理などはした事がありませんよ?」

「あ、そうだっけ。」



「・・・・・・」

「・・・レリィ、ちゃんと休まないと身体を壊すよ。」

「あ・・・はい、セティエス様・・・」

「・・・ヴィト、連れて行ってあげなさい。」

「はい。・・・レリィ、立てる?」

「はい、大丈夫です・・・」

「よろけてるよ。ほら。」

「・・・・・・すみません・・・」

(役得かなぁ。)

「おやすみ、レリィ。」

「はい・・・おやすみなさいませ・・・セティエス様」

「ヴィトももう休むといい。」

「はい。失礼致します。」







 日が昇り、また忙しい一日が始まり、レイリアがぱたぱたと頑張っている頃—。


 イルアは王城へ向かっていた。二週間に一度の登城では、必ず城から迎えの馬車が出ていた。それ以外で登城する場合はヴィトが御者を努め、所有している馬車を使う。今回は通例の登城なのでお迎えだ。その馬車に揺られ、イルアは外の景色を睨んでいた。

「・・・お嬢様、何かお気に召さない事が?」

正確には景色など見ておらず、考えがぐるぐる頭を渦巻いている。

「ええ。うちを嗅ぎ付けた奴らの事よ。」

その表情は、温和なお嬢様ではなかった。対するセティエスの表情も鋭く変わる。

「今までこんな失態はありませんでしたね・・・。」

「そうなのよ。“私”が“レーヴェ”だって事は陛下と殿下しか知らない筈だもの。それに、レーヴェとして顔を晒した敵は排除している筈よ?」

「確かにそうですね・・・。我々も確認していますから、他へ漏れる可能性はないに等しいですね。」

イルアはちらりと御者席へ視線を向けた。

「・・・こうして話しているのを聞き取る事だって、ヴィトみたいな人じゃなきゃ出来ないものね・・・。」

その台詞にセティエスが興味深そうに微笑んだ。

「ヴィトの他にもああいったものがいると、そうお考えですか?」

その問いに、意地悪に微笑み返す。

「どうかしら?生き残りがヴィトだけとは限らないんじゃない?それこそ、可能性は無いに等しいけれど・・・ね。」

微笑みは愛らしく、それでいて妖艶で、僅かに残酷な気配を纏う。

「取りあえずは尾を潰しましたし、すぐには動けないでしょう。」

「そうね。あの襲撃も苦肉の策って感じだったものね。」

くすくすと笑う様はいつもの“お嬢様”に戻っていた。・・・台詞はともかく。

「さて、お嬢様。王城へ着きましたよ。」

「ああ、行かなくてはね。」

さっと温和な笑顔をたたえ、イルアはセティエスに先導され、優雅に馬車から降り立った。




 王城はまさしく王が住まう城で、それとは別に唯一無二の王位継承者(一子しか生まれなかった為)である王子に与えられた子城がある。他にも王の子の為に建てられた城はあるが、一子しかいない今は、王族の療養所や砦となっていた。

 王城はそう言った城とは違い、奥へ進む程に住み易さを重視されて作られていた。そのおかげで中心部の回廊はとても心地が良かった。

「日当りが良くって気持ち良いわよねぇ。」

そう言いながら目を閉じていると、セティエスが笑う気配がした。

「なあに?」

「いえ・・・」

その微笑が柔らかくて、イルアはなんだかくすぐったい気持ちになる。

「ヴィトが・・・レリィを迎えに行った時に、日溜まりですやすや眠っていたのだと、困っていたのを思い出しまして。」

「あら、レリィが?・・・らしいわねぇ。」

「らしいですね。」

二人してくすくす笑っていると、元気良くこちらへ近づいてくる気配がして振り向いた。

「あら・・・」

目線の先には、艶やかなまでのしっとりとした美しさを纏う、美貌の麗人がいた。淡い茶色の長い髪がするりと肩を滑る。

「これはエルフィア様。お久しぶりにございます。」

イルアがそう声をかけて一礼すると、麗人—エルフィアはにこりと笑いかけた。

「本当に久しぶりだな、イルア。セティエスも元気そうだな。」

声をかけられ、セティエスは深く叩頭した。

「気にかけて頂けて光栄です。」

「相変わらず真面目な奴だなぁ。」

くすくすと笑う様はイルアとそう変わらない。その微笑みに惹かれる男がいくらいるだろうか・・・。

「イルア、以前贈ったシレイはどうだ?乗れるようになったか?」

「あ、ええ。・・・相性の良い娘に世話を任せておりますわ。」

一瞬ぎくりと固まったイルアを面白そうに眺め、エルフィアはにやりと笑った。

「へえ、シレイと相性の良い娘?それじゃあイルアは主になれなかったわけだ!」

「・・・エルフィア様。あまり苛めないで下さいませ。」

ちょっとだけ悲しくなったイルアは困り顔でそう訴えた。しかしエルフィアはにやりと笑んだまま言う。

「シレイは野性味ある美しさがあるだろう?だから、愛らしく野性的なイルアに似合うと思って贈ったんだがな?」

くっくっく、と楽しそうに声を抑えて笑うエルフィアに、イルアは心の中でやっぱりか。と呟いた。

「エルフィア様・・・わたくし、野性的でしょうか?」

「ああ、そうだ。愛らしい容姿と言動に惑わなければ、その身の内に鋭さと強かさが見えるぞ。」

「まあ・・・」

相変わらずこの人は鋭い。イルアはにっこりと微笑んだ。

「惑わすだなんて、悪女みたいですわね、わたくし。」

そう切り返すと、エルフィアは緩く頭を振った。

「いや、イルアは悪女にはなるまいよ。」

そうして真っ直ぐに見つめてくる。

「イルアの芯は純粋だ。濁る事はあるまい。」

この言葉には、思わず胸が暖かくなった。自然と頬が緩む。

「・・・エルフィア様が男性でしたら、妻に迎えて欲しいところでしたわ。」

すると応えて笑う。

「私こそ、自分が男ならばイルアを口説いていたと思うぞ。」

くすり、と笑い合う。

「残念ですわね。」

「残念だな。」

ひとしきり笑い合うと、エルフィアはさらりと身を翻した。

「ではな、イルア。今度は遠乗りでも誘おう。」

「ええ、是非。」

わずかに振り返り、エルフィアは颯爽とその場を去って行った。


「あの方も相変わらずですね。」

「ほんとねぇ。強く美しいっていうのは彼女の為にあるのね、きっと。」

「あの方が一軍の副将でいらっしゃるうちは心強いですね。」

「そうね。将でも問題はないわね。」

「それでは今の将が可哀想ですよ?」

くすくす笑いながらイルアは言う。

「あの方はお強いから、エルフィア様でもそうそう地位は動かせないわよ。」

「・・・それもそうですね。」


 エルフィアが所属する一軍は、有事の際は一番に敵へ斬り込む、特攻隊とも言える部隊だ。程度の知れない相手へ飛び込んでいくのだから、その腕はかなり良く、ついでにとっさの判断力に優れた者達が集めれる。その中で、女であるエルフィアが副将である事は、かなり驚くべく事なのだった。あまつさえ、容姿の美しい女だ。当初は下世話な噂が飛び交ったり、さんざん非難されたという。

 それが今では、誰も彼女の地位に異を唱えない。むしろふさわしい地位なのだ。相変わらず美貌をからかわれる事はあるものの、実力は申し分ない。ともすれば男女共に憧れの対象となっていた。


「あ、今度はキーセル様だわ。」

「ああ、本当ですね。・・・先日の件でお話があるのでしょう。」

「ああ、あの偽物ね。」

早足にやってくる三軍の将に、イルアはにこりと笑いかけた。キーセルはイルアに微笑まれてもあまり表情を変えず、小さく頷いた。

「イルア嬢・・・」

「こんにちは、キーセル様。」

キーセルは歳若い将軍だった。エルフィアも若いが、こちらはつい三年前に軍へ入ってから、異例の大出世というやつだ。あっという間に実力が買われ、当時の将であった今の副将に押し切られる形で将軍となった。本人は謙虚なものだが、有事の際はその謙虚さが嘘のように敵へ襲いかかる。それが印象的な為に“二重人格疑惑”がかかっていた。

 

 ちなみに三軍は後方支援が主であり、情報収集にも長けている。ついでにいうと二軍は有事にあって“実行部隊”といえる。一軍が突っ込み、二軍が斬り伏せ、三軍が仕留める。というのが一連の流れになっていた。


「最近は変わった事はないか?」

キーセルはけっこう無表情だ。あまり表情が動かない。が、声音は実に有弁で、今も顔には出ないものの、心配してくれているのがありありと伝わってきた。

「ええ、おかげさまで・・・。何事もなく過ごしております。」

小さく腰を落として礼をすると、キーセルは頭を振った。

「質の悪い強盗だな。・・・襲われた使用人というのは、大事ないか?」


 あの襲撃がレーヴェに関わっているとは言えない為、王族の計らいで“質の悪い強盗”という事になったのだ。曰く、自国を荒らす行為をする強盗だと。


「ええ、あの子もすっかり元気になって、少しでも役に立てるように鍛えておりますわ。」

「まあ男ならば鍛えねばな。ヴィトというのはよく出来ているが。」

「・・・キーセル様、襲われた子は娘ですわよ。」

「・・・・・・・・・そ、そうか・・・すまない。」

ちょっとだけ目を見開いて、キーセルは僅かに目線を落とした。

「レイリアといって、日溜まりで動物と微睡むのが似合う様な子ですわ。」

「・・・・・・?・・・そうか。それならば無理はさせない方が良いだろう。エルフィア殿とは違って、体術には不向きそうだからな。」

首を傾げてそう言うキーセルは、“可愛い”という感覚がよく分からないのかも知れない。その様子に思わず笑みが零れた。

「ええ、そうですわね。けれど・・・なかなか決意が固くて、張り切っているのですよ。」

その様子を思い浮かべて頬が緩む。苦手だというのに懸命に取り組んでいる姿を見ていると微笑ましいのだが、だんだん心配になってはくる。

「・・・イルア嬢はその娘が気に入っているのだな。」

キーセルの口元が僅かに笑みの形をとっていた。それに驚きながらも、イルアは大きく頷いた。

「ええ。とても気に入っておりますわ!可愛いんですもの。」

言いながらくすくす笑ってしまう。それを眺め、キーセルはその場を離れた。

「ではな、イルア嬢。また何かあれば力になろう。」

「はい、ありがとうございます。お努めご苦労様です。」

礼をして見送って、イルアはセティエスに向き直った。


「可愛いって公言するくらいなら、“変態”みたいではないでしょう?」

「はい。大丈夫です。」

くすりと笑って頷く。以前、レイリアに騎獣番の服を着せた時、イルアがしようとしていた発言を止めた時—。


『この服だとまた違った魅力があっていいわ!余計に保護欲がそそられるというか、むしろ隙が出来るというか!』


と叫ぼうとしていたイルアの口をとっさに塞いだ。あの場であの発言をしていたら、レイリアは引いていただろう。イルアを若干警戒していたかも知れない。そんなイルアに、

『あまりそう言った発言をされますと、“変態”みたいですよ、お嬢様。レリィに嫌われますよ?』

そう脅しておいて良かったと思う。まあ、“お嬢様”の立場からしても控えた方が良い発言だ。


「でもレリィは可愛いわよね?そうは思わない?」

小首を傾げるイルアに、セティエスはにこりと微笑んだ。

「ええ、思います。」

「ふふっ、そうよねぇ。」

にこにこしながら歩く主人に従いながら、セティエスは思った。

(お嬢様がこれほどに心奪われる存在は、おそらくレリィが最初で最後だろうな。)

前を行く小さな背に、思わず首を傾げた。

(・・・しかしレーヴェを後世に残す為には、お嬢様もいずれは誰かを迎え入れなければならない。はたしてお嬢様が惹かれる男など現れるだろうか?)

思った側から頭を振る。

(可能性は無いに等しい、か・・・)

「どうしたの?セティ。」

主人に声をかけられて、セティエスはにこりと微笑み返した。

「いえ、何もございませんよ。」

「そう・・・?なら良いのだけれど。」

不思議そうにする主人に笑ってごまかし、セティエスはわざと先を促し、追い立てた。

「さあ、早く殿下にご報告に伺いませんと。」

「ちょっと、分かってるわ!まったく・・・」

せっつかれて文句を言うイルアを見て、セティエスは小さく笑った。


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