第五話 静寂
朝食を食べ終わってすぐに、レイリアはガイアスに連れられて騎獣舎へ来ていた。今日は、イルアとセティエスは王城へ出かけ、ヴィトは何やら用事を申し渡されたようで出かけてしまった。昼には戻ってくるという事なので、それまでは騎獣番の仕事をしっかり教えて貰う事になる。
「騎獣番の仕事は本来、飼料の管理、騎獣の世話、調教だ。」
騎獣舎へ入るなり、ガイアスは出入り口付近に雑に置かれていた道具を拾って言う。
「だがお前に世話と調教は無理だ。」
「うっ・・・」
分かってはいたもののあまりにストレートに言われ、思わず呻く。
「それで、イルアも言ってたが・・・お前は飼料の管理をやれ。」
「あ、はい。」
その言葉は抵抗なく受け止められ、素直にこくりと頷いた。それを何故かじっと見られる。
「・・・・・・」
「?」
訳が分からず瞬いていると、何事も無かったかのように話しを進められた。
「それと例外的にあのシレイ、リュミエルの世話は許す。」
「はい!ありがとうございます!」
リュミエルの世話が許されると聞いて、レイリアは満面の笑みで頷いた。周りに花でも飛んでいるんじゃないかというくらいだ。
「・・・・・・」
それを見てガイアスは不安そうに溜息を零すが、レイリアにその意味は分からなかった。
騎獣の飼料というのは様々だ。シレイや、初日に拒否された黒い獣ーシューグなどは肉食なので肉を用意せねばならない。だがレイリアに任されたのは作物の世話だった。騎獣のなかには草食のものもいる為、作物だけでなく果実や花も育てなければならない。実際に畑へ行ってみると、半分程が枯れてしまっていた。
「・・・えっと、これだと皆の分には足りませんよね?」
意を決して聞いてみると、ガイアスは少し遠くを見ながら答えた。
「少し前までイルアが世話をしていたがな・・・あいつは全て枯らすから、俺が代わった。」
「・・・・・・」
(えっと・・・代わってこれまで?いや、代わったからここまでになったのかな・・・)
思ったものの口には出さず、つとめて明るく宣言した。
「そうなんですね!じゃあ私、頑張ります!」
それからの毎日は、朝は全員で朝食を食べ、イルアとセティエスは仕事へ出かけ、ガイアスは騎獣番と警護を、レイリアは騎獣番と侍女の仕事を、ヴィトは侍従と・・・何やら仕事をしながら過ごすのが当たり前になっていた。イルアとセティエスは夜遅くなる時もあり、そんな時は三人(主に二人になる事が多かったが)で談笑してから眠りにつく、という流れになっていた。
ーすごく贅沢よね。
レイリアは眠りにつこうとする中、この幸せに微笑んだ。
ーなんて幸せな時間なんだろう・・・。
うっとりとした気分に包まれ、レイリアは心地よい眠りに身を委ねた。
それから数日後ー。
「今日は遅くなるかも知れないわ。」
朝から疲れた様子でイルアがそう言い出した。そうですか、とヴィトが答えたが、レイリアはその様子に首を傾げ、問いかけた。
「どうかされたんですか?」
するとセティエスが苦笑した。
「ええ、ちょっと面倒な事になりそうなのです。」
「面倒・・・ですか?」
今度は反対側へ首を傾げた。隣に座っていたヴィトが小さく笑うも、レイリアは気付かなかった。
「そうですね・・・。それを今日、じっくり確かめるのですよ。」
「・・・そうなんですか・・・」
ちょっと気になるものの、あまり聞かない方がいいのだろうと察して疑問を引っ込めた。ちらりとガイアスとヴィトを伺い見るも、二人ともいつものように食事を続けていた。
「レリィ」
セティエスに名前を呼ばれ、慌てて返事を返した。
「は、はい!」
くすりと笑われてしまう。
「実はガイアスとヴィトも連れて行きたいので、今日は一人で留守を頼めますか?」
「えっ・・・二人もですか?」
ちょっと驚いてしまった。ガイアスとヴィトは僅かに目配せをして、意図を確かめる。
「ごめんなさいね、レリィ。本当は一人にしたくはないのだけれど・・・」
しょんぼりとイルアが言うので、疑問や驚きなどあっという間に頭から吹き飛んでしまった。
「いいえ!気になさらないで下さいイルア様。私、一人でも大丈夫ですよ。ヴィトやガイアスに色々教えて貰ってますから。」
にっこりとそう言い返すと、イルアはほっとしたような、まだ不安が拭えないような、少し頼りない様子で頷いた。
不安そうに振り返るイルアを含め、王城へ出かける四人を笑顔で送って、レイリアは少し寂しくなった屋敷へ戻った。
「・・・・・・一人っていうのは、初めてだな・・・」
ぽつりと呟いた言葉がすぐに消えていってしまう。いつも静かな屋敷なのだが、今日はいつもに増して静かで、神経が鋭くなってしまうような気がした。
「・・・こんなの平気。ちゃんと仕事しなくっちゃね。」
自分を励ます為にゆるく笑って、レイリアはよしっ、と気合いを入れて仕事に取りかかった。
あれこれと掃除をしたり、片付けをしたり、飼料の世話をしたり、リュミエルの世話をしていたら寂しいと思う暇もあまりなく、夕方を迎えた。
「ふう・・・皆夕食も頂いてくるよね・・・」
言ってしまうと少し寂しさが沸き上がってくるが、ちゃんと食べて元気にお迎えしないと!と考えて、一人分の夕食の準備に取りかかる。
——その時だった。
コンコン、と屋敷の来客を告げるノックが鳴った。
「?」
慌てて食事部屋から居間へ走り出て、ふと足を止めた。
(そう言えば・・・来客の時ってどうしたらいいのかな・・・。)
コンコン、と再びノックが聞こえて、お客を待たせてはいけないと考えて扉へ近づいた。
「はい、どちら様でしょうか?」
取りあえず警戒して、扉は開けずにそう訊ねた。
「私は王城より参りました、第三軍の将、キーセルと申します。こちらの主人であるイルア様に所用があって参りました。ご解錠願います。」
(お、王城から!?でも・・・イルア様は今、王城にいらっしゃる筈だけど・・・)
「あ、あの・・・主人はただ今、王城へ出向いている筈ですが、お会いになりませんでしたでしょうか?」
困惑しつつもそう訊ねると、キーセルと名乗った将軍は淡々と答える。
「お会い致しました。ですが王城を去られた後に陛下より言伝を賜りましたので、それをお伝えに。・・・イルア様はまだお帰りではないようですね。」
そう言われてレイリアは一瞬息が止まった。
(イルア様がいらっしゃらないって・・・分かってしまっても大丈夫なのかな。)
どくり、と心臓が脈打つ。無理矢理に押し入ったりせず、丁寧な物言いをしているところから確かに身分ある人だというのは確かだろう。けれど、何故か嫌な感じがしていた。
「ご言伝でしたら、私からお伝え致します。」
あえてイルアの不在には触れず、レイリアはそれだけを返した。言ってしまってから失礼だっただろうかと不安になったが、口から出た言葉は回収不可能だ。
「・・・ご本人に直接お伝え出来ないのですか・・・。仕方ありませんね。」
「・・・・・・」
緊張が高鳴る。鼓動がうるさい。
パキンッ。
「えっ・・・」
レイリアが見つめる中、扉が勝手に開かれた。
(なんで・・・鍵が、かかってた筈なのに・・・?)
本当は筈、ではない。鍵は確かにかかっていた。だがそれが嘘だったのではないかと思う程術らかに、扉は開いた。
「・・・・・・?」
開いた先には一人の男が佇んでいた。強い夕日が彼の容貌を暗く彩る。驚いて言葉も出ないレイリアへ向けて、男は一歩踏み出した。その後ろにまだ人がいるのが分かった。
「・・・!」
じり、と後ずさる。男は躊躇わず歩を進める。
(鍵、壊されたんだ・・・!)
今頃になってそう気付き、同時に純粋な警戒心と恐怖がレイリアを包む。そう感じたら勝手に足が動いた。身を翻して屋敷の奥へ逃げようと走る。だが。
「っ・・・!」
ガイアスの時とは比較にならない程乱暴に腕と、髪を掴まれた。
「いっ・・・!」
痛い、という前にかなり強い痛みがお腹に走って、レイリアの意識は途切れた。