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風の歌声  作者: 沢凪イッキ
番外編
20/23

主従の関係〜イルアとヴィト①



 それはイルアが、獣族殲滅せんめつに向かうユーセウスに同行し、ヴィトを屋敷へ連れ帰った後のお話——。






 清々しい朝の空気の中。朝食を終えてソファで寛いでいたイルアは、紅茶のカップを口元まで運んで、その中身を見つめ、そのまま溜息を吐いた。

「はあ・・・」

 そこへ、セティエスが苦笑しながらやってくる。

「お嬢様。溜息は淑女のする事ではないですよ。」

「・・・でちゃったものは仕方ないわ。」

「お嬢様。」

 眉根を寄せたまま言い返したイルアの隣へ腰掛け、セティエスは小さな子供を叱りつけるように少し語気を強めて、イルアの頬に手を当て、顔を上げさせた。

「だってどうしたらいいか分からないんだもの。調べようにも文献も少ないし・・・」

「皺になってしまいますよ。」

 親指でそっと眉間を撫でると、観念したように少しだけ表情が和らいだ。それを確認して、セティエスは頬に当てていた手でイルアの頭を一度だけ撫でる。

「引き取ると仰ったのはお嬢様ですよ?最近はガイアスに任せっぱなしではないですか。」

「だって・・・」

 ぐずるような姿勢に思わず笑みが漏れてしまう。セティエスはそんなイルアの目を覗き込んで笑った。

「たくさん接しなければ相手の事は理解出来ませんよ。お嬢様。お分かりでしょう?」

「う・・・」

 言われて、イルアは今度こそ観念した。

「分かったわ・・・やるしかないわね。」

 景気付けとばかりに紅茶を飲む。その表情が前向きなものに変わったのを見て、セティエスは微笑んだ。




「手で食うなって言ってるだろうが!」

 ガイアスは叫ぶと同時にヴィトの食器を取り上げた。ヴィトはそんなガイアスを迷惑そうに見ている。

「返せ。」

「その前に手を拭け!フォークを持て!」

 もう三ヶ月近くこんなやり取りをしている。さすがのガイアスも我慢出来なくなってきていた。もともと気は荒いと自覚しているが、今はヴィトを見るだけで苛々する。

「なんで。」

「てめぇの耳は腐ってんのか!ここで生きていくんだからマナーくらいは覚えろ!」

 この台詞も何度言っているだろうか。

「・・・生きるのに、そんなもの要らないだろ。」

「要るから言ってんだよ・・・」

 怒り疲れて勢いの弱まったガイアス。それを見計らってヴィトは食器を奪還した。

「っ・・・てめぇ・・・」

 怒気をみなぎらせて思わず腰にある剣の柄に手を当てた時。呆れた主人の声がした。

「あら・・・まだやってたのね。」

 押し付けた張本人を射殺さんばかりに睨み、ガイアスは唸った。

「誰のせいだ・・・」

「私?」

 にこりと笑ってわざとらしく小首を傾げる。

「・・・・・・」

 もう、怒る気力が失せた。大きな溜息を吐いて、ガイアスはイルアの横をすり抜ける。

「どこ行くのよ。」

「こいつのお守りは俺の仕事じゃない。」

 引き取った本人が面倒を見ればいいのだ。ガイアスは一度も振り返らず、早足にその場を去っていった。


 その背を見送り、イルアは苦笑する。

(・・・ちょっとやり過ぎたかしら。明日は一日お休みにしてあげましょう。)

 何かといえば面倒を押しつけてしまうのだが、ガイアスはなんだかんだできちんと仕事をこなしてくれている。もう少し思いやってやろうとイルアは決めた。

「さて。」


 くるりとヴィトを振り返ると、出された食事を全て手で、完食していた。ガラスのコップもそのまま手掴かみにしている。

「・・・ヴィト。」

 一向にマナーを覚えようとしないヴィトに近づき、その隣へ腰をおろす。

「俺はそんな名前じゃない。」

 その目は冷ややかで、人を拒絶しているのが明らかだ。

「ねえ、獣族と分かれば、また狩られるわよ?」

 その台詞に、ヴィトの目が殺気で染まる。全身が毛を逆立てているように思える程だ。

「・・・俺たちは何にも隷属しない。思い上がるな。」

 ヴィトの言う事は、もっともだった。彼らの驚異的な身体能力を欲するが故に、人は彼らを支配しようとした、その結果が獣族殲滅となったのだから。

「・・・あのね、ヴィト。」

「勝手な呼び方をするなと言ってる!」

 喉を食いちぎらんとばかりに、隠れていた犬歯が鋭く伸びる。その爪が鋭利なものに変化した。しかし、イルアはじっとヴィトの目を見つめた。

「・・・私は、貴方を支配したいわけじゃない。言う事を聞かせたいわけじゃないわ。」

 とりあえず手を拭いてもらおうと、イルアはナフキンを差し出した。それをヴィトが受け取るわけはなかったが。

「なら、何故ここへ縛る?」

 もしも、ここから解き放てば。それを想像するのは容易い事だ。

「今のままここから出て行けば、間違いなく殺されるか、良くて薬付けにされてお人形扱いされるわよ。」

「お前・・・!」

 ぎらりと光る目から視線を逸らし、イルアは、今まさに自分を切り裂こうとしているヴィトの手に、そっとナフキンをあてがった。


「!?」


 びっくりしてヴィトの殺気が弱まる。そのままイルアはヴィトの手を拭い始めた。

「ほら、こんな風に振る舞っていたらすぐにばれるわ。せめて、汚れたら綺麗するって事くらいは覚えなくちゃ。ね?」

 驚き過ぎて固まって、きょとんとイルアを見つめ返す。その表情が幼くて、イルアは笑った。

「あのね、ヴィト。貴方の見た目は、私たちとなんら変わりないでしょう?こうやって攻撃態勢にならない限り。違う?」

「・・・・・・・・・」

 また、勝手に付けた呼び名で呼ばれた。にも関わらず、思わず攻撃態勢を解いた。見る間に犬歯は小さくなり、爪も人のそれへと変わっていく。その手を、今度は直に手に取って、イルアはそっと握った。

「ほら。変わらないじゃない?」

「・・・・・・・・・」

 握られた手を、ヴィトは不安そうに見つめていた。イルアの体温が、じんわりと伝わってくる。

「ねえ、バルクス家の一員になって。私たちと一緒に暮らしましょう?」

 ふわりと微笑むイルアを、ヴィトは今だ不安そうに見る。

「・・・お前は、獣族が恐ろしくないのか?」

「恐ろしくないわ。」

「!?」

 間髪入れずにこっくりと頷かれ、ヴィトの目がまんまるになった。それにくすくすと笑ったイルアに、ヴィトは目を瞬かせる。

「なんで・・・」

「そうねぇ・・・」

 くすくすと笑いながら、イルアは視線を泳がせる。そして、どこか切なげに、ふわりと微笑んだ。

「実は私が恐れられているから・・・かしら。」

「お前が?」

 途端に疑いの目で見られて、イルアは可笑しそうに笑った。

「なんで。」

「・・・それはね。」

 するりとヴィトの手を離し、立ち上がりながらイルアが笑う。その笑顔が、今度は何故か妖艶で、不敵に見えた。


「私が、悪魔の子孫だからよ。一応。」


(・・・一応?)

「悪魔の・・・?」

 イルアは微笑みながら、部屋を去ってしまった。

「・・・・・・・・・」

 取り残されたヴィトは、イルアに握られた手を、そっと見つめた。まだ体温が残っているような気がして、ゆっくりと握り込む。

「・・・・・・同じ・・・か。」

 獣族と人は完全に違う生き物だと、そう、思っていた。






「しかし、ヴィトはなかなか慣れませんね。」

 昼食の席でセティエスがそう言うと、イルアがこくりと頷いた。

「そうねぇ・・・。まあ、まだ半年だものね。」

「半年あれば少しは慣れるだろ。あいつはあれだ。野生の獣に近い。」

「そりゃあ獣族だものね。そういう感覚は違うのよ、きっと。」

 今日は特に用事もないので、屋敷でのんびりと過ごしている。それに習ってのんびりとしたイルアの口調に、ガイアスが溜息を零した。

「・・・お前な。」


 イルアがヴィトを連れ帰ると言った時には、セティエスとガイアスは反対した。目の前で獣族の身体能力を見せつけられた最中だったのだ。それも、最後の一人だというのに、第二軍に取り囲まれているというのに、なかなか仕留められない相手を。

 連れ帰ってどうする、あれは獣じゃない。調教はしないと言ったガイアスに、イルアはきっぱりと言い切ったのだ。


『調教なんてさせるわけないでしょ。一緒に暮らせるように躾けるのよ。最低限。』


 と。

 イルアがやると言ったから、しぶしぶ承諾したというのに・・・イルアは、ほとんどの世話をガイアスに押し付けていた。


「でもまあ、ほんの少しだけれど、屋敷の人間には慣れてきてくれているみたいじゃないの。」

 ちらりと視線を投げられて、ガイアスはぎろりと睨み返した。

「・・・睨まなくたっていいじゃない。」

「睨まれるような事しただろ。」

「・・・・・・・・・」

 そろりと視線が外される。反論しないところを見ると、一応、覚えはあるらしい。

「まあ・・・確かに最近は、触れる事も許してくれたようですしね。」

「そうよね!前は“触ったら殺す!”って全身で主張してたものね。夜もちゃんと眠っているみたいだし。」

「・・・・・・・・・」


 連れ帰って一週間。三人共ろくに眠れなかった。隙あらばヴィトが逃げ出そうとしていたからだ。イルアは国王に訴えて、その間は休みにしてもらっていた。逃げようとするヴィトを取り押さえるのも一苦労。下手をすればこちらが怪我をしてしまう。


「まあ、地道にいきましょう!」

「お前がちゃんと面倒みろ。」

「ぐっ・・・」

「そうですね。警護の役目があるガイアスが倒れては困りますから。」

「うっ・・・私は倒れてもいいの?」


「「問題ない。」ありません。」


「・・・・・・」

 あっさりと従者達に頷かれて、イルアは今までの振る舞いをちょっとだけ反省した。






 そんなある日の夜——。



「お嬢様。湯浴みの仕度が出来ましたよ。」

 セティエスに声をかけられ、イルアは自室のソファから立ち上がって返事をした。

「ありがとう、セティ。」

 読みかけの本をサイドテーブルに置き、そのまま湯殿へ向かう。脱衣所にはすでに夜着が用意してあり、厚いカーテンの向こうから、お気に入りの香りがする。

(良い香り・・・これがないと落ち着けないのよね。)

 するすると服を脱いで、イルアは機嫌良く湯殿へ入っていった。




 イルアを湯浴みへ行かせ、セティエスとガイアスは二人して、居間のソファで寛いでいた。

 しかし。

「「・・・!?」」

 突然膨れ上がった不穏な気配に、二人はさっと立ち上がると臨戦態勢を整える。

「今のは・・・」

「ヴィトですね。行きましょう。」

「ああ。」

 ガイアスの後に続いて、セティエスも駆け出した。




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