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スゥの物語

 スゥは本を読むのが好きだった。理由は覚えていないが、おそらく神殿に入り、字を教えてもらってからのはずだ。


 神殿には大きな大きな図書館があった。たった一冊、字の練習用のノートしか持っていないスゥ。しかし図書館には何千冊もの本があるのだ。


 スゥはその光景に圧倒された。より読書に没頭するようになった。


 とりわけ好きなものは物語だった。物語の世界は素晴らしかった。はるか昔の世界、はるか遠くの世界、そして架空の世界、本当の世界。


 さまざまな人の営みに、心躍る冒険。スゥは物語の世界に魅了され、いつしか自分も物語を書いてみたいと思うようになった。


 しかし物語を紡ぐのはとても難しい行いだった。


 スゥは字を書ければ、自分の中にある心躍るものを書いていけば、物語になると思っていた。それがたくさんの人に読んでもらえるはずだ、と思うようになっていった。


 けれど世界はとても残酷で、それは数字となって表れた。スゥの物語の貸し出しカードはずっと白紙のままだった。


 スゥはこっそり、自分の書いた物語を手に取った人の顔を見ていた。一部の人はうんうん、と頷いてくれたが、すぐさま本を棚に戻し、すぐに別の本に手を伸ばした。


 多くの人たちは、長くて立派な叙事詩の本をこぞって借りていった。


 借りるどころか、ときには増刷されて販売されることさえあった。


 スゥはそれが悔しくてたまらなくて、いつか必ず見返してやるぞ、と反骨心を示していた。


 それは、スゥにとって物語が楽しいものから、苦しいものになっていく始まりだった。


 何時間も何時間も、頭を巡らせてペンを執った、だがそこに出てくるのは途中で止まる物語や、散逸していく物語、そして読まれない、人前に出せない物語。


 いつかかならず作家になるんだ、みんなは私の物語を読むようになるんだ、私はそういう物語を書かなきゃいけないんだ。


 心の闇がスゥを蝕んでいった。


 その蝕みは体にも及んでいった。治らない不治の病を患った。それでも彼女は、苦行のように物語を作り続けた。


 何度も何度も、机をたたき、ペンを投げ捨て、泣いて泣いて、それでまた傷つけててしまったペンに謝り、物語を紡ぐ。いや、紡ぐという言葉は正しくない。


 スゥにとって物語を書くことは、呪詛を書くことと同じになってしまった。


 そしてあるとき、何かがスゥのなかでプツン、と切れた。


 ――自分は作家に成れない。


 認めたくなかった。拒みたかった。


 自分は字が書ける。構想も、着想もある。だから物語を書いて、それが認められると信じていた。


 それは間違っていた。世の中には、才能や努力以前に、運や数字に表れやすい物語を書く人や、特別な才能に恵まれた人がたくさんいた。


 スゥのように、素朴で朴訥な物語を、求めている人は、わずかながらいたが、多くの人はスゥの物語を求めていなかったのだ。


 ――作家に成ることを、あきらめよう。


 そう決意してからのスゥは、少しずつ健康を取り戻していった。


 物語を読むことを純粋に楽しみ、貸し出しカードの行数を気にすることもなく、自分が好きだと思える物語を読んだ。


 子どもたちに読み聞かせをすることもあった。そんなとき、無邪気な子どもは「お姉ちゃんはお話を書かないの?」と聞いてくることもあった。


 そんなとき、スゥは素直に答えた。「お姉ちゃんはね、作家さんにはなれなかったけど、自分のノートに、自分の好きなお話を書いているのよ」


 今日も、そして明日もまた、自分と同じような志や魂を削って書かれた物語が世に出て、消えていって、たくさんの筆が折られることだろう。


 スゥはいま、筆を折るのではなく、そっと筆箱にしまい込み、代わりにたくさんの物語を届ける司書になった。


 めったに自分では書かなくなったが、いつか書き綴ったノートとペンはそこにある。


 彼女の喜びと苦悩の残滓は、けれどもう彼女を苦しめることなく、スゥにとって新しい人生の糧となるべく、形を変えていったのだ。

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