#4:今は、ただ、努力しなければ....
【前話のあらすじ:ついに500人もの盗賊をたった一人で殲滅したレイ。その功を以て、レイは10歳にして現村長であり自身の養父でもあるオルヴァンから、次期村長に指名されるのであった.....】
冬の足音が微かに聞こえ始めたシレハの村に、柔らかな陽光が降り注いでいた。
数日前、この平和な村を蹂躙しようとした五百人の盗賊団が、一晩のうちに跡形もなく消え去ったという衝撃的な事実は、今や村人たちの間では「語る必要のない、けれど忘れ得ぬ奇跡」として静かに共有されていた。
村人たちは皆、心の底で理解していた。
それが、自分たちが数年前、森の入り口で捨て子として拾い上げた、レイの武と知、そして人知を超えた魔法によって成し遂げられたことだということを。
しかし、彼らはレイを恐れたり、ましてや化物のように疎んだりはしなかった。
彼らの瞳には、一様に、純粋な敬意と、自分たちの村に舞い降りた小さな守護神への感謝の念が宿っていた。
広場の泥にまみれて幼馴染と追いかけっこをしていた10歳の少年が、村の存亡がかかった瞬間、誰よりも冷徹に、そして確実な殺意を持って敵を殲滅したのだ。
その圧倒的な実力の乖離、埋めようのない異質さすらも、この素朴で温かな村の人々にとっては「俺たちの誇りであり、未来であるレイ」という、鉄よりも強固な信頼の拠り所となっていたのであった。
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そんな折、現村長オルヴァンによって次期村長に指名されたレイに、王国の制度によって一つの大きな転機が訪れようとしていた。
辺境の村々の次期村長候補を対象とした、王都『賢者の書館』での無償学習期間の提供である。
これは、辺境と中央の情報の格差を埋めることで、国全体の統治能力を底上げし、反乱を抑止するために王家が設けた、数少ない実利的な慈悲政策の一つだった。
この制度は、特に、シレハ村のように、貧しく、本すらない村では、村長としての統治能力を養うことが困難であったために、設けられた制度でもあった。
それゆえに、王都への移動費用、生活費用を国が負担し、さらに、王都の大図書館『『賢者の書館』への入館許可を得ることができるという内容で、裕福な村の次期村長候補まで、この制度を利用するほど、充実した制度であった。
なにより、かつて前世の病室で、白く冷たい無機質な天井を一日中見つめながら、文字通り命の灯火を削るようにして本を読み、知識だけを唯一の武器として詰め込んできたレイにとって、これほどまでに心躍り、全細胞が歓喜に震える招待状は存在しなかった。
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出発の朝、村の入り口はまるでお祭りのような賑わいを見せていた。
「レイ、無理しちゃダメだよ。王都は広いって聞くし、悪い人も、お前を騙そうとする連中もたくさんいるはずだ。困ったことがあったらすぐに手紙を書くんだぞ。……ああ、それとお腹が空いたらこれを食べるんだ。お前の大好きな干し肉も、昨晩のうちに私が一番良い部位を選んで仕込んでおいたからな」
そう、長ったらしく、湿っぽいセリフを言って、ずっしりと重い、使い込まれた皮の食料袋を俺の手に握らせたのは、養父のオルヴァンだ。
彼は、前世の物語に出てくるような特別な力を持った賢者でも、かつて戦場を駆けた英雄でもない。
ただただ温厚で、争い事を何よりも嫌い、土の匂いを愛し、血の繋がらない捨て子の俺を、実の息子以上に慈しんで育ててくれた、心優しい「一人の父親」だった。
「わかってますよ、父さん。そんなに心配しなくても、一通りの必要な知識を吸収して、立派な次期村長になれるように精進しますよ!それに、村の冬の支度も気になるし、王都の華やかさに当てられないように、時折、こっちに帰ってきますから!」
「ああ、わかっている。お前は昔から賢いからな。だがな、レイ。お前は少し根を詰めすぎるところがある。王都の偉い学者を論破するのは構わんが、ちゃんと夜は寝て、栄養のあるものを食べるんだぞ。元気でいることが、私にとっては何よりの喜びなんだからな」
オルヴァンは困ったように眉を下げて笑いながら、俺の頭を大きな、節くれ立った温かい手で何度も、何度も撫でた。
その手のひらから伝わる確かな温もりは、俺の王都に赴く足を重くした。
「父さん....」俺はそう言って、オルヴァンに抱きついた。
本当の父ではないことはわかっていた。それでも、オルヴァンは俺の「父さん」だった。
「ちょっと! レイ! 待ちなさいよ!」
馬車のステップに足をかけようとした瞬間、高く通る、鈴を転がしたような声が響いた。
幼馴染のニーナだった。俺と同い年、十一歳になったばかりの彼女は、村一番の快活な少女で、人族でありながら風のように野山を駆け回り、大人顔負けの速度で獲物を追いかける活発な生命力に溢れていた。
「ニーナ。見送りか。わざわざ悪いな、朝早いのに」
「悪いと思うなら、王都の面白いお土産話、最低でも百個、いえ、千個は用意しておきなさいよね! あと……これ。王都で寂しくなった時に見てよ。私が夜なべして、指を何回も刺しながら、痛いの我慢して作ったんだから。絶対、変なところに置き忘れたり、なくしたりしないでよ!」
彼女が強引に俺の手首に結びつけてきたのは、不格好ながらも一編ごとに願いを込めるように編みこまれた、鮮やかな青色のミサンガだった。
彼女の瞳の色と同じ、どこまでも透き通った青のミサンガ。
「ああ。大切にするよ。村のことも、父さんのことも……俺がいない間、頼んだぞ」
「任せなさいって! さあ、行きなさい、次期村長様! びしっと勉強して、もっと凄くなって帰ってくるのよ! 待ってるからね!」
ニーナの快活な笑い声と、オルヴァンの穏やかな、そして、どこか切なげな眼差しに見送られ、俺は王家が派遣した馬車へと乗り込んだ。
車窓から徐々に小さくなっていく村の景色を眺めながら、俺は腕に巻きつけられたミサンガに触れ、脳内でこれからの「シレハ村強化計画」を静かに、思考し始めていた。
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エルメリア王国の王都、セント・エルメリア。
数千年の歴史を積み重ねたその都市は、石畳が整然と敷き詰められ、魔法の灯火が夜をも昼に変える、眩いばかりの繁栄の極みだった。
だが、俺の意識がその華美な装飾や、流行の最先端を誇る服を纏った貴族たちに向くことはなかった。
俺の魂が引き寄せられたのは、街の中心に聳え立つ、智の集積体たる『賢者の書館』ただ一つのみだった。
図書館での俺の生活は、周囲の目から見れば、およそ「勉強」という言葉の概念から逸脱した、狂気すら感じさせる異常な光景だっただろう。
朝一番、開館を告げる重厚な鐘が鳴ると同時に館内へ飛び込み、閉館を知らせるベルが鳴るまで、一歩も外に出ない。
食事を摂ることすら、排泄することすら、知識を吸い込む快楽の前では些事であった。
別に「特殊スキル」などという類のものが存在していたわけではなかった。
ただ、前世で動かない不自由な身体を抱え、ただ脳の機能だけを極限まで、文字通り火が出るほど酷使し続けた結果、俺は異常なまでの映像記憶能力と、複数の思考系統を完全に独立して走らせる「脳の構造的な進化」を遂げていたようだった。
それが、この世界に転生し、魔力という神経伝達を無限に加速させるエネルギーを得たことで、もはや人間の域を超えた演算処理能力へと昇華されていたのであった。
俺が本をめくる速度は、もはや読んでいるというより、脳内のストレージに高速スキャンし、データを無劣化で保存しているといった状態に近いものだった。
パサッ、パサッ、という微かな音が等間隔で響く。
一頁、一秒にも満たない。
「おい、見ろよ。あの辺境の泥臭い村から来たというガキ……。またあの速度でページをめくっているぞ。あれで一文字でも内容を理解しているつもりなのか? 本の重さを量っているだけじゃないのか?」
「どうせ見栄を張っているだけだろう。僻地の村長候補など、自分の名前が書けるだけでも奇跡だというのに。魔法理論(上級)の棚に居座るなど、滑稽を通り越して哀れだな....」
周囲に集まる、代々続く名家出身のエリート候補者たちの、無知ゆえの嘲笑。
そんな雑音は、俺の耳を左から右に抜けていった。
彼らが一生をかけて、血を吐くような思いで理解しようとする難解な一冊を、俺は一呼吸の間に処理し、構造化し、自分の血肉としていくことに重きを置いていたからだ。
(今は、ただ、努力しなければ....)
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【今話の極小情報】:この世界には、様々な種族がいて、多くの国が存在する。人族の王が治める国が8つ、魔族の王が治める国が1つ、竜人族の王が治める国が2つ。人族の王国の中でも、レイの属する、エルメリア王国は、最弱国家のようだ。豪華な装飾に隠されがちだが、エルメリア王国は圧倒的に、内政も軍事も乙っている....—―”飾る”ことに、財を投じている、”オワコン国家”である.....
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