#1:箱庭の中の少年、最強に転生す
この瞳が映す世界は、いつも同じだった。
無機質な天井。
規則的に刻まれるバイタルモニターの電子音。
鼻を突く消毒液の匂い。
俺の人生は、この15年間、「檻」の中に閉じ込められているも同然の人生だった。
原因不明の難病。
生まれてから、それが当然であるかのように、身体は意思を裏切り続け、指先一つ動かすことさえ、奇跡のような労力を必要とした。
15年。
普通なら、青春を謳歌する時間。
けれど、俺にとっては、ただ静かに、死という出口へ向かう。
そのカウントダウンに過ぎなかった。
「怜、今日は面白い本を持ってきたぞ!」
父は、俺がいつか歩けるようになると信じて疑わなかった。
父が持ってくるのは、病人に似つかわしくない本ばかり。
『武術の極意:身体を最大限に活用する呼吸法』
『古流槍術の理』
『重心移動と歩法』
身体を内側から制御する術を学べば、病に勝てるかもしれない。
父はそう考えたのかもしれない。
母は、栄養学と料理の本を山ほど持ってきた。
「いつか、お母さんと一緒に台所に立つのよ」
母の口癖だった。
俺は貪るように、本を読んだ。
文字は俺に翼をくれた。
物理学、地質学、建築学、農法、古代の兵法……
身体が動かないからか、俺の脳は、まるでスポンジみたいに次々と"知識"を吸収していった。
古今東西の知識を詰め込み、夢の中では、俺は自由に駆け回っていた。
特に、看護師さんが、忙しい中、持ってきてくれる異世界小説に、俺はハマった。
"ここ"とは違う世界。
現代では治せない"この身体"も、治せるかもしれない。
そんな淡い夢から覚めるたびに、ため息がこぼれる。
いつの日か、そんなため息も出なくなった。
「ごめんね」。
父や母は事あるごとにそう言った。
すごく苦しそうに、すごく辛そうに、そして申し訳なさそうに、涙をこぼした。
そう思わせる自分が大嫌いだった。
誰かを悲しませて、誰かに迷惑をかけて生きている自分が。
「誰のせいでもないよ」「そんな風に思わないで」
優しい言葉はたくさんもらった。
それでも、願わずにはいられなかった。
もしも、魔法がある世界なら。
もしも、この知識を体現できる健康な身体があったなら。
それは突然だった。
「心拍数が下がっている! すぐに医者を呼んでくれ!」
遠くで父の悲鳴が聞こえる。
「そんなッ!しっかりしてッ!」
母の金切り声が聞こえる。
視界がぼやけてくる。
なんだか昔の記憶が次々と甦ってくる。
あったかい気持ちになり、ゆっくりとまぶたを閉じる。
「やっとだわ!」「ああ、これで、解放される!」
薄れゆく意識にそんな言葉が紛れてくる。
父さん、母さん、こんな俺でごめん……
最後に感じたのは、絶望ではなく、重い枷から解き放たれるような、不思議な「軽さ」だった。
「……転嫁された"呪い"が無効化されました……」
「……対象の本来の力が解放されます……」
「グスン……グスン……」
鼻をすする音が聞こえる。
どうやら、俺自身のようだ。
……!?
鼻をすすれるッ!
いつもの俺なら、鼻をすするのにも一苦労なのに。
まぶたを開く。
見慣れた病院の天井ではない。
窓の隙間から薄暗い光が差し込んでいる。
埃まみれの低い天井。
寝心地の悪い藁の感覚。
「一体、ここは?」
反射的に起き上がる。
「……!?動く……ッ!?」
指が動いた。腕に力が入った。
背筋が、自分の意思に従ってバネのように跳ねていた。
15年間、一度も感じたことのない"感覚"。
「動く……動くんだッ!!」
外には、見たこともない光景が広がっていた。
二足歩行をする鼠のような、小さな人型の子供がいた。
荒地を不器用に耕す大人たちの姿もあった。
(これが、異世界転生なのか!?)
外から、男たちの会話が聞こえる。
「村長、このガキはどうするんだ? どこから来たのかもわかんねぇんだろ?」
「そこの「黒岩の森」の茂みの中に捨てられていたのだ。身なりは良いから、きっと、裕福な家の捨て子であろう……」
「で、どうするんだ?言っておくが、どこの馬の骨とも知れないガキを育てる余裕なんて、この村にはねぇからな!」
「しかし、まだ幼子だ……放っておけば死んでしまうであろう。わしの責任で育てる。よいな?」
捨て子。
どうやら俺は、この世界でも、既に親に迷惑をかけていたらしい。
ふと、異世界小説の定番を思い出す。
半信半疑で呟いてみる。
「ス、ステータス……?」
言い終えると同時に、鮮やかなブルーウィンドウが現れる。
【名:レイ 年齢:5】【MP:100】
【ステータス】武力:160.B 知力:250.A 統率:80.D 政治:80.D
【サブステータス】兵法:270.S 馬術:80.D 陸戦:100.C 海戦:80.D
工作:160.B 諜報:100.C 農耕:100.C 商業:70.D 建築:160.B 成長:290.S
忠誠:--【固有スキル】才成覚醒
【スキル] 剣術(B) 槍術(S) 探索(B) 氷魔法(B) 亜空間魔法(B) 鑑定(S)
兵法、成長、槍術、鑑定……
前世で、動かない身体の代わりに、脳内で、何万回と繰り返したシミュレーション。
それがこの世界では、認められたということだろうか……
固有スキル『才成覚醒』。
【効果:すべてのスキル・能力に対する才能とその成長速度が飛躍的に上昇する】
前世は、知識だけが増えた。
身体は一度だって、思い通りになったことはなかった。
今世は、前世の知識があった。
意思の通りに動く身体があった。
そして、無限の可能性を秘めた才能があった。
俺はベッド代わりの藁から立ち上がった。
捨て子? 無能? 結構なことだ。
何の色もついていないこの場所で、自由に生きることができるびだから。
今は、それだけで、十分だった。
そして、願わくば、誰もが好きなように、自由に、苦しまずに生きられる、そんな場所を創りたい。
それが、今の自分にならできる。
そう思った。
それから、5年の月日が流れた。
俺が拾われたのは、王国最果て、他国との国境に位置する「シレハ」と呼ばれる村だった。
人口はわずか50人。
土地は痩せ、常に飢えの影がつきまとっているような貧しい村。
けれど、10歳になった俺にとって、そんなことはどうでもいいことだった。
身体が動く。好きなことができる。
俺にとって、それ以上の喜びはなかった。
昼は、大人たちを観察し、時に大人たちを手伝った。
皆が寝静まる深夜は、森へ入り修行を重ねた。
修行は、槍術だけでなく、他系統の習得にも精を出した。
父さんは言っていた。
「お前は天才だ。だから忘れるな。天才は努力しなければならない。常人以上にな。そして、その苦しい日々に耐えなければならない」
母さんは言っていた。
「「自由」になるには、誰かに頼っていてはダメ。自分で選択して、自分で努力して、そして自分で掴み取るの」
「自由」は無償では得られない。
それを、二人は教えてくれた。
努力の仕方なんて、わからなかった。
前世の本で読んだものに、試行錯誤を重ねながら、ひたすら繰り返す日々。
そうして、一つずつ、着実に会得していった。
例えば「弓術」。
最初はただの木の枝と蔓で作った粗末な弓で矢を放ち続けた。
安定してきたら、そこに、前世で読んだ弾道計算の本と身体操作の本の内容を組み合わせた。
夜の修行に加えて、日中も、合間を縫っては、絶えず森に赴いた。
それがいつだったかは覚えていない。
気づけば、それは、起きていた。
狙うべき場所が、感覚で捉えられるようになった。
(……見える。的の中心が、幻覚のように光って浮き出ている……)
その光を目掛けて放てば、矢は吸い込まれるように命中した。
「—―【弓術】を獲得しました――」
「魔法」も同様だった。
例えば、水魔法。
分子構造レベルでの「水の生成」をイメージする。
水滴が空気中の水分を核に集まり、球体をつくる。
そんなイメージ。
物理現象として理解すれば、武術よりも簡単に修得できた。
俺は10歳を迎えた。
【名:レイ 年齢:10】 【MP:300】
【ステータス】武力:230.A 知力:260.A 統率:120.C 政治:90.D
【サブステータス】兵法:270.S 馬術:100.C 陸戦:160.B 海戦:80.D
工作:180.B 諜報:180.B 農耕:260.S 商業:120.C 建築:230.A
成長:290.S 忠誠:-- 【固有スキル】才成覚醒
【スキル】剣術(A) 槍術(S) 弓術(B) 体術(A) 投擲術(C) 調理(B) 探索(A)
水魔法(B) 付与魔法(C) 氷魔法(A) 亜空間魔法(A) 鑑定(S) 隠蔽(C)
村人たちは、俺を「よく働く、少し変わった少年」として受け入れてくれた。
幼馴染の少女、ニーナは、いつも俺の後を追いかけてくる。
「レイ、今日も村の手伝い?少し、遊ぼうよッ!」
「もう、十分、遊んでるッ!」
そんな他愛のないやり取りがどうしようもなく楽しかった。
けれど、そんな平和な時間は、ある噂によって終わりを迎えた。
村長のオルヴァンが、青白い顔で集会所から戻ってくる。
集会所というのは、大村を形成する村の村長4人と大村長1人が集まって、年に1度開く報告会の開催場所らしい。
「……盗賊だ。ここから半日の距離にある『黒岩の森』の最奥に、500人規模の根城ができたらしい」
人口50人の村に、500人の盗賊。
口の端が、自然と吊り上がる。
恐怖はなかった。
むしろワクワクしていた。
この身体を使えるッ!
この知識を使えるッ!
どこまで通用するのか?
可能性は、どのくらいなのか?
「500人……どうしよっかなぁ……」
伝説の一歩はここから始まった。
【お読みいただきありがとうございました!】
次話は、「襲来」です!
「ふっと二言:初めまして。ここでは、筆者の呟きを提供させていただきたいなと(需要はないと自覚済みですが(笑))。お付き合いくださると、幸いです!次話からは、【今話の極小情報】なるものを付記予定です!」
~末永く、応援・お付き合い頂ければ、幸いです!~




