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聖女は食べられませんっ!~人造聖女は魔王を騙して嫁になる~  作者: 六花さくら
◆第二章◆ほんとうのさいわい
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07.聖女であるために

「うっかりしていた。まだ食事も出していなかったな」

 眠りから覚めたレスタト様はそう言って、私を他の部屋に連れて行ってくれた。


 魔王城の中はとても広い。一人だとすぐに迷ってしまいそうだ。

 そして案内されたのはとても広いダイニングルームだった。


「すごい……」

 私はうっかり言葉を漏らしてしまった。

 そこにはたくさんの食事が並んでいたからだ。


 上位種族の食事は人間なのだと思っていた。

 けれど食卓に並んでいるのは海鮮類や肉類、それも美味しそうに調理されている。


 今できたばかりなのか、温かそうで美味しそうな匂いが漂ってくる。


「食べろ」

 魔王様はそう言って席についた。


 こんなに豪華な食事を食べるのは初めてだ。私は気になることを一つだけ恐る恐る尋ねることにした。


「こ、この食事の中に人間が混ざってたりはしませんか?」

「するわけがないだろう。お前が食べる食事の中に人間を入れるか」

「そ、そうですか……」


 安心して私はパンに手を伸ばした。

 パンは触り心地からして全然違っていた。いつもかちこちに固まった冷たいパンを食べていたけれど、そのパンはホクホクしていて、とても温かい。


 口の中にいれると、柔らかい感触とパンの旨みが広がった。


「んん〜。すごく美味しいです」

 最高の食事だった。


 こんなに美味しいパンを食べることができるなんて……あとでバチが当たってしまいそうだ。

 サラダは勿論、海老や蟹、豚肉や牛肉も美味しく調理されている。


「……急いで食べなくても余裕はある」

 レスタト様は私の様子を見て、ため息をついた。


「こんな豪華な食事をありがとうございます。一生の思い出になります」


「何を言ってる。これから毎日同じように食事は出す。旬のものを使った料理を料理長に作らせる。一日三食。昼にはティータイムもいれてやる」


「そ、そんな贅沢……っ! 一日一食で充分です! 断食も聖女の修行なので」

「その聖女を辞めろと言ってるんだ」

――そういえばレスタト様はずっと私に聖女を辞めろと言ってくる。


 聖女ではない私に存在価値なんてないのに。


 ……あ、そうか。

「わかりました! 私を丸々と肥やして食べる気なんですね!」

「……お前は本当に」

 レスタト様の声には怒りが孕んでいた。

「お前は俺の嫁だ。食べないと何度言ったらわかる」

「……うーん」

 何度言われてもピンとこない。

 何で魔王であるレスタト様は、聖女じゃない私を求めるのか。


「とりあえずその鶏ガラのように痩せた身体をどうにかしろ」

「……はい」


 とりあえず食べれるだけ食べた。

 元々胃袋が小さいから、食べる量も少なかった。

「それで足りるのか? もっと食べろ」

「いえいえ! もうお腹いっぱいです! これ以上食べられません!」

「……もっと食べれるようになれ」

「は、はい……」

 贅沢地獄とはこのことを言うのだろう。


 それからーー

 毎日食事は三食、お昼にはアフタヌーンティーが振る舞われた。

 レスタト様は日々の業務が忙しいらしく、全部に同席してくれてはいない。

 でも夜は必ず一緒にご飯を食べてくれた。


 そして夜は一緒のベッドで眠った。

 けれども、レスタト様が私に手を出してくることは全くなかった。

 いつも仕事に襲われている彼は、私を抱き枕のように抱きしめながら眠っていた。

 毎晩彼の鼓動を聞きながら、ふかふかな布団で眠った。

 もう祈りをやめて3日が経つ。

 私はただの人間になってしまうのだろうか。

 いや、それは嫌だ。


 レスタト様は私に聖女を辞めろと言った。

 でも聖女を辞めるということは、私にとって「生きるのをやめろ」と言われているようなものだ。


 毎晩横で眠るレスタト様に、こっそり治癒魔法をかけて自分の力を試した。

 治癒魔法をかけると、どっとした疲れが私の身体にのしかかってきた。これだけレスタト様は毎日疲れているのか。


「……変な人」


 突然いなくなった姉。

 上位種族に乗っ取られた国。

 まるで息を合わせたかのようなコンビネーション。


 お姉ちゃんはもう戻ってこないと言っていた。

 聖女として、私はこの国を守らないといけないのに。


 レスタト様の優しい寝顔を見ていると、何だか心が温かくなる。


 私に豪華な食事を与えてくれて、ふかふかなベッドを用意してくれる、優しい変な人。


 私は彼の寝顔を見つめていた。


――その時、ふと思った。

 私が国のためにできる唯一のこと。


 この人を殺せばいいんだ。


 魔王を殺せば、きっと国は元に戻ってくれる。そしてきっとお姉ちゃんも戻ってきてくれる。


 ふかふかな布団や豪華なご飯とはお別れすることになるけれど、それでも私は国に生かされているんだ。


 こんな至近距離まで近づくことができている。

 でもまだ殺せない。

 上位種族の生命力がどれくらい違うか知らないといけない。

 首を切っても生きてるかもしれないし、心臓を刺しても殺せないかもしれない。

 彼らのことをもっと知って、そして魔王を殺す。


 それがきっと私に与えられた試練なんだ。


 その時、彼がボソリと呟いた。

「……リリアージュ……」

 寝言だったけれど、はっきりと聞こえた。


 私は驚きを隠せなかった。

 ……なんで私の名を知っているの?


 私は名乗っていない。姉のマリアの名前を借りて名乗った。私の存在も名前も国家機密なのに。


 やっぱりこの人は殺さないといけない。絶対に。

 リリアージュを知っているこの人を。

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