06.リリアージュという少女
本当なら、私は生まれた時に間引かれるべき存在だった。
真の聖女であるお姉ちゃん――マリアの力を奪ってしまうかもしれないから。……でも国のお偉いさんが、気まぐれで生きることを許してくれた。
――聖女になれる存在なら、利用価値がある。残せば良い。
王様はそうして私を生かしてくれた。
けれど天然の聖女であるお姉ちゃんと、私の性能の違いは明らかだった。
ただ数%聖女の力を持つ私は、教会から人工聖女として育てられることになった。
国は私に『リリアージュ』という名前を与えてくれた。
この国で、『リリアージュ』という言葉は『出来損ない』という意味を持つらしい。
私は感謝をしないといけない。出来損ないの私を生かしてくれたことを。
この国に。王様に。そして一緒に生まれてきてくれたお姉ちゃんに。
だから必死で聖女になるための試練を受けた。
毎日肉体も精神も擦り切れそうなほどの修行を受けた。
――聖女の素質がなくなれば、自害しろ。
王様はそう言って私を塔の中に匿ってくれた。こんなボロきれのような存在を生かしてくれるのは本当にありがたい。
ご飯は一日一食。硬いパンでも食べれるだけありがたかった。
「……リリアージュ? 本当に貴方は大丈夫なの?」
お姉ちゃんはいつも私のことを心配してくれた。
――あぁ、本当にお姉ちゃんは優しい。
こんな出来損ないの私を妹として見てくれている。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。みんな優しいの。ごはんもちゃんとくれるし、聖女の修行も頑張ったら褒めてくれるの」
「そう……。修行を頑張ってるのね」
「うん。私もお姉ちゃんみたいに立派な聖女になりたいから」
私の言葉は本心だった。
聖女ではない私は存在してはいけない。
大人たちが教えてくれた。聖女じゃない私は人間以下、餌にされる豚のほうがまだマトモだと。
毎日自分の肉を削ぎ落とし、再生させた。
精神力を高めるために、睡眠時間を削り、ずっと修行をした。
でも、一日だけ修行をサボったことがある。
あれは八歳の頃だった。
その日は月明かりが綺麗な日だった。
「リリアージュ。ワタクシの代わりに外を見てきなさい」
お姉ちゃんがそんな優しい声をかけてくれた。
外の世界を歩くなんて、考えたこともなかった。
「……でも、塔から出たら怒られるよ」
祈りをサボったら、私は聖女じゃなくなるかもしれない。用済みになるかもしれない。
「ワタクシが代わりに此処に残りますわ。ワタクシたちは双子の姉妹ですのよ。見た目が一緒ですもの。リリアージュだって聖女の力を持っているのだから、堂々と外を見てきなさい」
お姉ちゃんは私の手をとって、優しく微笑んでくれた。
きっとお姉ちゃんが言ってくれるのなら大丈夫だ。お姉ちゃんはいつも正しいことを言ってくれる。だから、その言葉に甘えよう。
一人で夜の森を歩くのは初めてだった。
木の葉の隙間から月明かりが差し込んでくる。
お姉ちゃんが貸してくれた服は、いつも私が着ているボロ服とは違い、シルクでできていた。とても上等な衣服だった。
外を歩いて色んなものを観察した。
カサカサと音を立てる虫や、夜闇を飛ぶ鳥。
――みんな自由に生きている。
羨ましいと思ったけれど、その気持ちをぐっと抑え込んだ。
私は人造聖女。
天然の存在にはなれない。
自由に生きることなんて決して許されない。
「わぁあ……」
森の奥には、真っ白な花畑があった。
月明かりに照らされて輝いている。
こんなにきれいなものが、外の世界にはあるんだ。
いつか私も自由に外を歩くことができるんだろうか。
「……あれ?」
花畑の端に、赤く染まっている場所があった。
好奇心で私はそこに近づいた。
赤く染まった花の近くに、一人の男の子がいた。
私よりも少し年上だろう。
ボロボロの服が赤く染まっている。あれはきっと血だろう。
私は恐る恐る彼に声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるか?」
ぜぇぜぇと苦しそうに息を吐く少年。
漆黒の髪が揺れている。真紅の瞳が私を見つめている。
「待っててください。治しますから」
私はそう言って、彼の傷に手を当てようとした。
「――っ! 触るな! たかが人間がっ!」
彼は私の手を払い除けた。
「……大丈夫。治すだけですから。それ以外は何もしないです」
私は彼の腕にしがみついて、傷跡を治療した。
でも私の治癒術は、お姉ちゃんのように完璧ではない。
お姉ちゃんの治癒術なら、手を当てるだけで傷が治る。でも私には代償がある。正確に言えば、治すのではなく、傷を私に移すのだ。
彼の身体の傷が私に移る。
私の身体中に傷口が出来て、血が流れる。
「――ばかっ、何を……っ!」
少年はそう言って、私の手を払いのけようとした。でも私はその手を絶対に離さなかった。
「……あと、ちょっとだから」
身体中が痛い。でもいつも『祈りの時間』に痛みを感じているのだから、こんなのへっちゃらだ。
私の拙い治癒術で誰かを治せるのなら、それだけで嬉しい。
「……はい。治りました」
「治ったって、お前がボロボロじゃないか」
「私は別に……へっちゃらだから」
少年はそう言って、私の頬に手を当てた。
「……女が顔に傷をつけるんじゃない」
どきんと、鼓動が高鳴った。
よく見れば少年はとても整った顔をしていた。
まつ毛も長いし、いつも教会に来る人達とは比べ物にならないくらい格好いい――いや、美しい。
「お前、名前は?」
「リリアージュ……あっ」
名乗ってしまった。
私の存在は国家機密なのに……。
「あ、えっと、リリアージュじゃなくて、ま、マリアです。良い間違えました」
「どんな言い間違いだ。字数も発音も違うじゃないか」
「……と、ともかく忘れてください。今日のことは全部」
忘れられないと困る。
お姉ちゃんの代わりに外に出たんだ。バレたら大変なことになるし、お姉ちゃんにも迷惑をかけてしまう。
「リリアージュだな。……覚えた」
少年はそう言って、優しく笑った。私はその笑みに見惚れてしまった。
「この恩は忘れない。いつか必ずまた会いに来る」
少年はそう言って、名乗らず去っていった。
名前を聞いておけば良かった。
そして塔に戻った時、お姉ちゃんが苦笑いを浮かべていた。
塔の中には教会の人たちが沢山集まっていた。
「ごめんなさい、リリアージュ。バレてしまったみたいですの。でもちゃんとワタクシが言い出したって答えましたから、大丈夫ですわ」
お姉ちゃんはそう言って、手を引かれて遠くに連れて行かれた。
その後、塔に残された私は、七日間に及ぶ折檻と二週間に及ぶ断食を強制させられた。
あぁ、このまま死ぬんじゃないかなと思った。
でも死ぬ前に、あの少年を救えた。善い行いができた。だから思い残すことはなかった。
折檻は思い出したくないほど酷いものだった。
電気椅子に座らされ、死ぬギリギリまで苦しめられた。でもそれも自己治療で治した。
ギロチンに首を半分はねられかけた。それも自己治療で治した。
絞首で首を吊らされた。あれは苦しくて自己治療はできなかった。
たくさんの折檻を受けた。でも仕方がないことだと思って受け入れた。
だって私は生まれてはいけない存在なんだから。
そうして私は一日一日、堅実に生きて、生きて、生きて……
◆
16歳になったある日、お姉ちゃんが私のところに来てくれた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……リリアージュがこんな目にあってるなんて知らなかった……っ! こんなの酷い、酷すぎますわ。外道にも程がある。実の妹にこんな仕打ちをする国を守っていただなんて……っ」
お姉ちゃんは私を見て泣いていた。
「……リリアージュ、よく聞いて。ワタクシと一緒にこの国を出ましょう? そうしたらきっと二人で幸せになれますわ」
お姉ちゃんはそう言って、私に手を差し伸べてくれた。
でも私はその手を取れなかった。
「だめだよ、お姉ちゃん。私は情けで生かされてるんだよ。お姉ちゃんみたいに天然の聖女じゃなくても、人造でも、聖女としてちゃんと使命を果たさないと」
「違うの、違うんですの。リリアージュ。国は貴方に酷いことをしているの」
お姉ちゃんの言葉の意味がわからなかった。
国は私を生かしてくれているんだ。
痛いことも、苦しいこともあるけれど、私が頑張って耐えたら、きっと色んな苦しんでいる人たちを救えるんだって。私は信じている。
「でも私は生きてるよ。王様のお陰で生きることを許されたんだよ」
「こんなの、生きてるって言わないですわ。……毎日拷問を受けて、ギリギリまで削られて……あぁ、なんで気づかなかったの……ワタクシは……実の妹にこんな酷いことをしている国に尽くしていたなんて……っ!」
お姉ちゃんは、わんわんと涙を流しながら叫んでいた。
「あのね……お姉ちゃん……。どうして国を出るかわからないけれど、でも、でもね、私が聖女として、この国のためにもっともっと頑張るから。だから安心して」
お姉ちゃんにはお姉ちゃんの事情がきっとあるんだろう。
だから国を出るんだ。
それならお姉ちゃんの代わりに聖女としてこの国を支えないといけない。
「……ワタクシの言葉では……貴方を救えないのね」
お姉ちゃんは涙を流しながら、手を握ってくれた。
「それなら、貴方を救う人を探しますわ。この腐った国から救い出してくれる人を見つける。だからリリアージュ、貴方は生きて。――生きて、生きて、本当の幸せを掴み取りなさい」
お姉ちゃんはそう言って、国を出ていった。
それからすぐに上位種族という存在が、この国を支配していった。
人造聖女の私の力では国を守れなかった。
お姉ちゃんのような立派な結界を張れなかった。
教会関係者からは何度も蹴られたり、唾も吐きかけられ、『役立たずめ』と罵られた。
そのうちご飯すらマトモに与えてもらえなくなってしまった。
でも私は『祈り』は毎日欠かさずに行った。
そんなある日、上位種族が私の元にやってきた。
「……気味が悪い」
上位種族の人はそう言った。
私は思った。上位種族もこの国の人間も一緒なんだ。みんな私のことを気味が悪いと言う。
やっぱり私は生まれてきてはいけない子だったんだろう。
でも――
それでも――
明けない夜は無いし、止まない雨も無い。
世界には希望が残っているはずだ。
『貴方は生きて』
お姉ちゃんの言葉を思い出す。
どんなに気味が悪いと言われても、どんなに醜いと言われても、私は生きなければいけない。
それがお姉ちゃんとの約束だから。
そうして――
私は魔王へと献上されることになった。
連載再開しました。短期連載ですが、見守っていただけると嬉しいです。ただリリアージュ視点は正直お腹いっぱいです。書いてて苦しい…。これから幸せになってくれると信じています。




