05.魔王の宣言 レスタト視点※
※過激な描写を含みます。閲覧時はご注意ください。
マリアの妹は長い時間をかけて、ようやく見つけた。
塔の中の地下室の引きこもっていたところを部下が見つけたらしい。
部下は彼女を見て、すぐ殺そうと思ったようだ。
おぞましい生き物。生き物と形容してもいいのだろうか、と。早く首を落としてしまったほうがいいのではないかと思ったらしいが、魔王が人間を探していると知っていたのと、彼女の土下座と命乞いを見て、とりあえず魔王に判断してもらおうと思ったらしい。
「わ、私は聖女なので、食べても美味しくありません~っ!」
彼女はそう言って、命乞いをしてきた。
凄まじくみっともない女だった。
けれど見た目は、あの気の強い聖女――マリアそっくりだった。
ピンクブロンドに、青と黄金のオッドアイ。
双子とは聞いていたが、ここまで似ているとは思わなかった。
けれどあのマリアと眼の前にいる女には圧倒的に違うものがある。
それは『聖女』としての力と、『潔さ』だ。
きっとマリアなら、この場にいても命乞いなどしないだろう。それどころか『私を食べられるなら食べてみなさい』と踏ん反り返って言うだろう。
そしてなにより、禍々しい力。
人間の抱える怒りや苦しみや悲しみ――全ての負の感情を背負わされている。
どうやったらこんな人間の悪を凝縮した人間ができるのか。
目の前で命乞いをしている女は、たしかに『聖女』であったが、聖女以上の化け物であった。
「お前」
「……は、はい!」
「名は?」
「マ、マリア。『マリア・ルージュ・ダルク』と申します」
しかもこの魔王を門前に大法螺を吹く度胸にも驚いた。
流石はあの『聖女』の妹だ。
側近のノアなんて笑いをこらえている。
――違う。お前はリリアージュだろう。という言葉を飲み込んだ。
俺はマリアに妹の名を聞かなかった。けれど、知っていた。
幼い頃、一度会ったことがある少女。それはマリアではなく、目の前にいる女――リリアージュだ。
あの頃はこんな負を纏っていなかった。
なんで、どうしてこんなことになったのか。
彼女はぺらぺらと長い口上を垂れていたが、俺はほとんど話しを聞いていなかった。
しかし――
「どうか、私、マリア・ルージュ・ダルクを娶ってくださいませ」という言葉には反応した。
――いいえ……私の妹を探し出し、救ってください。真の意味で。
マリアの言葉を思い出す。
いや、あの女に言われたからじゃない。
俺は彼女がリリアージュだから、娶ると決めた。
「良いだろう。お前を嫁として迎える」
――あの腐った国から、妹を救い出し……そして、あの子から聖女を奪ってください。
あの女の言った意味を真に理解したのは、その翌朝であった。
6時間ほど眠っただろうか。だいぶ疲労と眠気は取れた。
一緒にベッドに入ったはずのリリアージュがいない。
部屋を見渡すと、血の匂いが充満していた。
俺が飲んだ、生き血ではない。
これは流れたばかりの血だ。
絨毯は血で赤く染まっていた。
その血の中心に、彼女は座っていた。
リリアージュは、目を瞑って、一本一本、指を落としていた。
「……なにを、しているッ!」
とっさに彼女の腕を掴んだ。
彼女の指はもう6本も床に落ちている。
「ふ、不愉快でしたでしょうか? ごめんなさい。ですがこれが聖女としての私の日課なので……」
彼女は涙を目に浮かべながら、ハッキリと言い放った。
「……何をしていた」
「み、見れば分かる通り、祈りを捧げておりました」
「『祈り』だと……?」
指を一本一本落とすのが? 彼女は聖女のくせに、十字架ではなく、ナイフを握っていた。俺の机から取ったのだろう。手紙の封を切るためのペーパーナイフだ。
それで、彼女は……俺が眠っている間に『祈り』と称して指を落としていた。
どういうことだ?
意味がわからない。
「……まぁ、そうだな。お前達、人間の常識を知らないまま否定するのは良くない。そのよく回る舌で『祈り』とはどういうものなのか、説明しろ」
とりあえずリリアージュに話を聞こうと思った。
けれど彼女の口から語られるのは、おぞましい儀式の話ばかりだった。
リリアージュは毎日、神に祈っている。
しかしただ祈るだけでは足りない。
だから毎日極限まで気を削る。身体を傷つける。そうすると身体を守ろうとして聖なる力が芯から湧き出てくるのだと言った。
普段は指を切り落としたりせず、腕を切り落としたり、足の肉を削いだりしているらしい。けれど聖なる力で元に戻る。
どんな拷問だ。
上位種族と呼ばれる魔族でもそんなことはしない。
「……気持ちが悪い」
俺は思わず呟いてしまった。
でも彼女はまだ話しを続ける。
「昔は身体を傷つけるだけだと『祈り』が足りないから、精神的にも祈りの修行をしたんですよ? 地下牢で鼠にかじられたり、延々と人が苦しめられて死んでいく動画を見せられたり。目を瞑ったらその分精神時間が伸びるので、身体中を拘束して、機械で強制的に目を開かされてずっと見ていました。でも今はそれができないので――」
「……なんだそれは。気味が悪い」
本当に気味が悪い。
なんで彼女は拷問を受けているのだ。
そしてどうしてそれを当たり前のように受け入れているのだ。
マリアの言葉を思い出す。
――あの子をみれば分かるはずです。あの子は私の手を取らない。
それはこういう意味だったのか。
こいつにとって救いの概念が違う。話が合わない。価値観が違う。
おそらく悪い人間たちに吹き込まれたのだろう。
リリアージュの『聖女』の力は確かにある。
マリアのように真のものではないけれど。
でも、彼女の言っていることが本当で、極限まで身を削らなければ成り立たない聖女なら、そんなものやめてしまえばいい。
「お前はもう祈るな」
俺は自称『聖女』に堂々と宣告した。
「魔王様……一応言っておきますが、私……祈るのを辞めたらただのフツーの人間になってしまいますよ? 聖女じゃなくなっちゃいますよ? いいんですか?」
「それでいい」
「『聖女』ではない私に価値などありませんよ?」
「ある。だからお前を嫁にした」
幼い頃、出会った時……俺は彼女に救われた。
この目の前の少女がいるから、今俺はここに立っている。
魔王になろうと思ったのも、そう努力できたのも、彼女のためだ。
あぁ、そうか。
俺が王になったのも『聖女』を嫁にするため。
マリアが俺を訊ねてきたのも、俺の過去や現在を恐らくそれを全て理解した上で、最後の頼みの綱としてすがってきたのだろう。
――お姉ちゃんになりたいな。お姉ちゃんみたいな聖女になれたら、私は生きることを赦されるのに。
小さい頃、リリアージュは言っていた。
「……いいえ、聖女ではない私に価値などございません。私はただの人になります。『聖女』から、ただよく喋る『人間』に成り下がります。そうなれば――」
「うるさい、黙れ」
俺は彼女の顎を指であげた。
救ってやる。
こんな歪んだ価値観に染まった彼女を。
平気で笑って自分の指を切り落とす、自分の身を傷つけることに疑問を持たなくなったおぞましい価値観を。
全部ぶち壊してやる。
「俺は魔王ではなく、一人の男として宣言する。――俺はお前から、聖女を奪う」
第一章はこれにておしまいです。
リリアージュの価値観と、魔王レスタトの価値観の違い。
一人称でできることをやろうと思って、視点によって変わる価値観の違いをこの作品では使っていきたいです。
リリアージュ視点は信用できない語り手です。どうか騙されませんように。




