04.姉の願い レスタト視点
レスタト視点です!
「わ、私は聖女なので食べられません!」
俺は目の前で叫ぶ女を見て、驚いた。
第一印象は『何だこの化け物は』だった。
まず人間なんて容易いものじゃない。こいつはおぞましい。
身体中を走る血液も穢れきっている。
なんでそんな中身で生きていられるのか、なんて恐ろしいもの抱え込んで生きていられるのか、魔王である俺も恐れるほど、彼女はおぞましい生き物であった。
『聖女』なんて生暖かいものじゃない。人間でもない。こいつは他の誰よりも『化け物』だ。
――あの子を、リリアージュを聖女の座から引きずり下ろしてくださいな。
あの女が言っていた言葉の意味が、ひと目見ただけでわかった。
◆
まず、俺達上位種族は元々他国を支配する気などなかった。
国は元々持っているし、人間はうるさい。放っておけばいい、そう不可侵条約を結んでいたのだが――ある日、とある人間の女がズケズケと領地に乗り込んできたことから話は始まる。
最初に彼女を一人の小娘だと舐めていたこちらに敗因があった。
彼女にはどんな攻撃も通じなかった。
物理攻撃も精神汚染、呪文も全て彼女には通じない。
彼女は『世界』に守られていた。
気づくと、彼女はたった一人で王座まで辿り着いてきた。
騎士も王子も連れていない。ただ、一目見ただけでわかった。
彼女は人間の中でもレアな『聖女』であると。
彼女は細身であった。美しかった。艶やかであった。
全ての魔者が目を奪われた。
――その美しいピンクブロンドの髪に。
――その輝かしい青と黄金のオッドアイの瞳に。
――少女とは思えないほど優雅で気品のある動きに。
「はじめまして、魔王様。私、隣国で『聖女』を努めておりました、マリア・ルージュ・ダルクと申します。個人的なお願いがあって直接、一人で参りました」
最強の装備を付けているわけでもなく、その手には、武器も何もなかったのに、彼女はそこにいる誰よりも横柄だった。
「話を聞こう」
と言ったのは気まぐれでもなく、一種の運命であった。
彼女の姿に見覚えがあったからだ。
幼い頃、一度会ったことがある少女に、彼女が似ていたからだ。
「まず、兵士を下げてくださいませ。魔王の貴方に超個人的なお話をしにきたのです。恥ずかしいではありませんか。こんな大勢の人前で、なんて」
「よく言う。お前に攻撃なんて何も通じないじゃないか」
「あら、あらあら。貴方様が、魔王様程の男性が本気になれば、私なんて一捻りですわよ? わかっていらっしゃるでしょう? ここにいる兵士たちに私は倒せませんが、唯一貴方でしたら倒せることくらい……」
マリアと名乗った女は、非常に横柄であった。
他人の国に正面玄関から乗り込んで、玉座までまっすぐ向かってきただけある。
どんな攻撃も彼女には通じない。けれど、俺が本気になり、全ての力を使えば彼女の胸を貫くことくらいはできるだろう。
だが、そんなことをして何の意味がある。
そもそも彼女は対話をしに来たのだ。
なら話を訊こう。
「ノア、まず兵士たちを下げさせろ」
俺は側近のノアに命じた。
「し、しかし彼女は――」
ノアは躊躇っていた。彼女が本物の聖女であること、そして俺の心臓に手の届く力を持っているから万が一のことを思っているのだろう。
「か弱い女一人で来たんだ。彼女の度胸と根性を称賛して二人っきりになってやろうと言っているのだ。……下げさせろ」
「かしこまりました」
ノアは兵士たちを下げさせた。
「来い」
「どちらに?」
「話をするんだろう? なら話す場所を用意してやろう」
そうして、彼女を貴賓室に招いた。
王として話聞くわけではなく、ただの一人の男――レスタトとの対話を彼女は望んでいるのだから。
彼女はソファーに凛と座った。
背筋はピンと立ち、偉そうに威嚇していた猫のような女だったが、広い空間から小さい空間になって少し落ち着いたのだろうか、態度が小さくなっ――
「あら、お客にお茶を出してくれませんの?」
……前言撤回だ。
彼女は、マリアはどこにいようと、相手が魔王であろうとも、非常に横暴な女であった。
しかし彼女のペースについていったら、俺のほうが疲れるのは目に見えていた。
だから俺は数年ぶりに、茶を入れた。
ティーパックを使うとはいえ、楽ではない。
「……他国に一人で乗り込んできて……毒でも入っていないか疑わないのか?」
「ええ。貴方はそんな姑息な真似をする肝っ玉の小さな男だと思っておりませんので」
煽られたのか褒められたのかわからん。
この女と一緒にいると、ペースに巻き込まれてしまう。
「それで。お前の個人的なお願いというのは何なんだ」
早く話を終わらせようと思い、俺は彼女に訊ねた。
「とても簡単なお話ですわ。私の住んでいる国――ロメリア国を滅ぼしてほしいのです」
「は?」
個人的に……と言いながら、バリバリ政治に関わる要求だった。
ロメリア国といえば、この近くにある大陸である。国も栄え、聖女が結界を張っているから異種族は手を出せず――というか……聖女目の前にいる!
「あの国は聖女様に守られた国だと聞くが……お前は席を外して良いのか?」
「だって、守る必要なんてないんですもの。あの国は――」
目の前の女が憎悪の表情を浮かべる。きっと何かしらあったのだろう。
「こっちとしても、条約をぶっちぎって『はい滅ぼします』なんて簡単に宣言できない。領土が広がるならコッチにメリットがあるが、お前達人間にメリットなんてないだろう」
「無くて良いのですわ。私は人間に呆れ果てました。……自分自身にも。だから滅ぼしてほしいと願って参りましたの。でもこれは国一願のものではなく、私個人のものです」
聖女はそう言って、俺の淹れた茶を疑うこと無く飲んだ。
普通は毒薬が入っているか疑うだろう。……本当に食えない女だ。
「俺たちにとってのメリットはわかった。お前達のメリットは?」
聖女に訊ねかける。すると彼女は嘲笑した。
「腐敗した国が滅んでくれる。それが私のメリットですし……あと一つ、お願いがあります」
「……なんだ? 王族はきっちり絞首刑にしろとかか?」
「いいえ……私の妹を探し出し、救ってください。真の意味で」
「……それはどういう?」
「あの子をみれば分かるはずです。あの子は私の手を取らない。だから、貴方……レスタト様に頼んでいるのです」
今まで毅然としていた彼女の表情は弱々しくなった。年相応の少女のようだ。
「容姿は私と同じです。双子ですから。ただ、彼女も聖女で……その国から絶対に動こうとしないはずです。姉が返ってくるまで聖女代表をして――なんていいだしそうです」
ダンっと強くカップを机の上に置いた。
マリアと名乗った彼女は堂々と言った。
「あの腐った国から、妹を救い出し……そして、あの子から聖女を奪ってください」
「お前はその国に戻るのか?」
「二度と戻りませんわよ。私はこれから世界中を旅しますわ。国に捉えられるなんて、まっぴらごめん」
そう言って、彼女は城から去っていった。
翼竜に乗ってーー。
――魔族をめちゃくちゃ使役している。
俺は彼女の交渉にのるか悩んだ。
罠ではないかと疑ったりもしたが、罠にしては、あの女の動きはおかしい。
本当に個人の頼み事のようだった。
最終的に色々と検討した結果……
彼女の双子の妹に会うために……彼女の要求に乗ることにした。
この国にとってメリットしかない要求に。
しかも聖女様のお墨付きだ。
ロメリア国なら金銀財宝が埋まっているとよく聞く。
こうして、俺たち上位種族はロメリア国を占領した。
しかし、マリアの妹である聖女と呼ばれる女はなかなか見つからなかった。
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