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奇跡を起こす男、九頭龍倫人。


 え、えーっと……。

 ど、ど、どうしよう? なんて言えば良いんだこれ?

 正直に話すか? いやそれはダメだ、絶対に。だって……色々と問題ありすぎだろっ。

 「''日本一のアイドル(九頭龍倫人)''は、他のアイドルに魅せられて怪我が治りました!」なんて口が裂けまくったとしても言えねえ! 医学界に喧嘩を売り、さらにはファンにも喧嘩を売ってしまう。

 あの晩にライブを行ったのは清蘭(きよら)達とアリス達だけ。どっちにしろ女性アイドルだから、俺がそれに魅せられたとなればファンの皆からメッタ刺し祭りパーリナイカーニバル開幕待ったなしだ! ひえええ!!


「九頭龍さん? どうしたんですか?」


「ヴェッ!?」


「もう一度聞きますよ。どうして、怪我が、治ったのですか?」


 そんな風に区切って分かりやすく言わなくても質問内容は分かってるつーの! こっちが答えに窮してるの分かってて楽しんでるだろこのオッサン!!

 いや、一度落ち着け俺。このまま質問に答えられないとなると、大怪我してたのが嘘だった説が濃厚になってしまい、マスコミの思うツボだ。

 そうだ、こういう時は素数だ。素数を数えて落ち着くんだ。

 1……2……3……4……5……だぁぁぁ! 全然素数じゃねェ!! 12345って思いっきり清蘭達のことを意識してるじゃねえか!!

 全く以て冷静になれない。この間は僅かに数秒しか経っていなかったものの、沈黙が10秒以上も続けば流石に怪しまれる。

 何かを、言わなければならなかった。苦し紛れだとしても、醜い足掻きの一撃を。


「……です」


「はい?」


「……奇跡……が……起きたのです」


 絞り出すようにして俺の口から出た言葉は、会場を静まり返らせた。

 奇跡──その言葉に、俺は今は頼るしかなかった。


「確かに、私は右足の複雑骨折等で全治6ヶ月を言い渡されました。何度も検査や診察を重ねた上での、疑いようのない事実を突きつけられました。ですが……奇跡が起こり、このような驚異的な回復を果たしたのです」


「ですから、私としてはその''奇跡''とやらの内容が知りたいのですが?」


 慎重に言葉を選ぶ俺に、容赦なく(はじめ)さんは追撃を仕掛ける。

 流石にぐぬぬと顔に出そうになるも堪えて。俺は九頭龍倫人としての威厳と凛々しさを保ったまま、言葉を繋げた。


「奇跡とは、私を支えて下さる方々が起こしてくれたものです」


「どういうことです?」


「何度も申し上げますが、私は今回の大怪我で入院を余儀なくされ、【アポカリプス】としての活動から離れることとなりました。……その中で、改めて私を支えて下さる方々の存在の大きさを改めて知ったことで、私は深く感謝しました」


 こればかりは嘘じゃない。本当に、俺の胸に去来した想いだった。

 【アポカリプス】の大切な仲間達

 ジョニーズ事務所の皆さん

 そして……一日でも早く俺が帰って来るのを待ってくれているファンの皆

 何度、その存在の大きさを痛感したのだろう。何度、この口で直接感謝を伝えたくなったのだろう。何度、あの輝く場所に戻りたいと拳を握りしめたことだろう。


「帰って来るのを待っている人達がいてくれる。それをこの上なく実感したからこそあの場所に……【アポカリプス】という居場所に、一日でも早く戻りたかった。そんな想いが起こした奇跡だと、()は思っています」


 本来、会見という厳粛な場では一人称は''私''であって然るべきだ。

 だけどその時の俺はつい、自分のことを''俺''と呼んでしまった。感情の昂りが、思いの丈が溢れ出して、少し冷静さを失ったことで。

 しかし、そのおかげで俺の本意はより真剣さを帯びて放たれていてもあった。

 俺の気迫にマスコミ一同は息を飲み、さらにはそれまで間髪を入れずに言葉を返していた春さんも思わず二の句が出ないほどに。


「……なるほど。分かりました」


 シャッター音もしない、ただ沈黙が続いた時間を破る春さんの言葉。

 それは遂に彼から納得した様子を引き出せたようなものであって。「勝ったッッッ!!!」と俺は心の中でガッツポーズを決めた。

 これでようやく安心出来る──


「では最後に、あなたが復活したということを証明して貰えますか?」


 ってまだあるのかよ! 本当に油断ならねえオッサンだな!

 しかし、復活の証明……か。いちいちこの場でやる必要性を感じねえぞ? 春さんには珍しく、なんか''らしく''ない質問だな。

 チラリと視線を支倉さんに送ると、「別にどっちでも良いぞアタシは」と言った表情。……そうか。

 なら、分かった。

 ステージは小さいが、関係ねえ。

 俺は……九頭龍倫人だ。

 ''日本一のアイドル''【アポカリプス】に所属する……アイドルだ。


「分かりました。では──お魅せ致しましょう」


 マイクを起き、静かに席から立ち上がると俺は''復活の証''を魅せつける。

 その姿を目の前から消すことで。


「九頭龍さんが消えた!?」


「いや違う! この連続する足音のような轟音は!」


「''アルティメットシカゴフットワーク''だ!!」


 ざわめきとどよめきの渦中、誰かが正解を言っていた。

 人間離れした超高速のステップワークにより姿が消えたと錯覚させる''アルティメットシカゴフットワーク''、手始めに俺はそれをして魅せた。

 これが出来るだけでも俺が完全復活したことは疑いようのない事実だが……こんなのは序の口だ。

 さらに魅せてやるよ、マスコミさんよ。そして覚悟しときな。

 清蘭達の、 【(イッ)(ツサ)(ンシ)(ャイ)(ンゴ)(ー!)】がくれた''輝き''や''熱''が、俺にどのような革命を起こしたのかを、魅せてやる!!


「はぁああああああぁッッッ!!」


 気合いの入った俺の叫び声が会場に響くや否や、それをすぐにかき消すほどの悲鳴にも似た感嘆の声がマスコミから上がる。


「なっ、何だこれはぁああぁああっ!!?」


「連続バク宙、ブレイクダンス、ムーンサルト、ランニングマン、アリシャッフル、エンペラーズロール、さらにはムーンウォークまでッッッ!?」


「そ、その軌跡が……こんなにもハッキリと見えるだとッッッ!!?」


 驚愕のあまり、マスコミ達は顎を外したまま目の前で起こる''奇跡''の数々に言及する。

 言葉だけだと伝わりにくいが、要するに俺が行っているのは()()()()()()()()だった。

 本来であればその超高速が故に観客に姿を認知させることは極めて難しい''アルティメットシカゴフットワーク''。

 だが……右足が完治した俺は、以前よりも技術が向上していた。いや、向上などという生温いものではない。進化、と呼ぶべきだろう。

 支えてくれた皆への感謝が。

 清蘭達に貰った''輝き''や''熱''が。

 俺を''日本一のアイドル''のさらに上のステージまで押し上げてくれたんだ。……全く、凄いぜ。清蘭達のパフォーマンスはよ。


 その後も、俺は超高速移動を続けながらも様々な残像を披露していった。

 1ヶ月ぶりに、誰かを魅せる。そのことの楽しさを全身で感じながらも、落ちてしまった体力はどうしようもなくて。

 最後に、自分が座っていた席のテーブルに派手にスーパーヒーロー着地を決めた。汗が何滴も落ちて、息は絶え絶え。

 だが、俺は本日最後の仕事を成し遂げるべく顔を上げる。そこには、春さんも含めて顎を外し、驚愕と感動に全身が支配されたマスコミの姿があった。


「……これが、奇跡を起こす男──九頭龍倫人です」


 後に伝説の記者会見とさえも呼ばれるようになる今日の会見は。

 汗だくとなりつつも''日本一のアイドル''としての姿を取り戻した俺の笑顔によって締めくくられたのだった。



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