VS文野春、再び。
「以前の記者会見では九頭竜さん自身の口から複雑骨折等の症状により全治は6ヶ月と仰っていたのに、たった1ヶ月で退院というのは俄かにも信じ難いんですが。入院期間中に"ツブヤイター"を開設されて物凄い数の反響を呼んでいますが、"ツブヤイター"に人を集めるために実は全治に6ヶ月もかかるというのは嘘だったのでは?」
くっ、早速のジャブがいきなり顔面のド真ん中を穿つような鋭さ。流石は''週刊春文''の文野春だ。
やはり、彼だけは一筋縄ではいかない。先ほども全員が驚いたような顔をする中で、ただ一人文野さんだけは表情を崩さなかったしな。
だが、俺とて当然その手の質問が来るのは想定していた。即座に答えていってやる……''日本一のアイドル''を、甘く見るなよ。
「まず、全治6ヶ月もかかる怪我だったことは嘘ではありません。しっかりと大山田中央病院の先生に診てもらい、診断書も書いてもらいました。これがその証拠です」
「そうですか。確かにその診断書は本物ですね。ですが、それ自体が偽装で、今回の入院が九頭龍さんと大山田中央病院側で結託して行われていたのでは?」
「何故そのようなことをする必要があるのでしょうか? 私と大山田さん側で手を組むことで生まれるメリットも特にないはずですが」
「いやいや、あるに決まってるでしょう。大山田グループの社長である大山田黒影氏とジョニーズ事務所の社長である魅波山ジョニー氏は知己朋友の間柄。何かしら、金の動きがあったと思わずにはいられないのですが?」
「そのようなことは一切ございません。今回の私の怪我で大山田中央病院側には、それを治療して下さった分のお金しか支払っておりませんから」
……チッ。面倒だな。
事務所から大山田中央病院に実際どれくらいの支払いがあったのかは俺は知らない。
だから不用意に変なことは言えなかったのはあった。だけど……それ以上に。
「私の今回の怪我は、本当に全治6ヶ月かかるものだったんです。''ツブヤイター''開設の為に嘘をついたなどということは決してございません。私は……ファンの皆様に嘘はつきませんから」
真剣な気持ちで、本当の気持ちを乗せて俺は言い放つ。文野さんとのやり取りで仄かに荒立っていた会場の雰囲気は静まり返っていた。
1ヶ月で退院出来るなら、最初からそう言っていた。ファンの皆に嘘なんてつきたくないからな。
今回の怪我で、俺が活動出来なくなることでどれくらいファンが悲しむのか、絶望するのかを知ることが出来た。そして……ファンを笑顔にすることが出来ず、輝かせることが出来ないことへのもどかしさも。
「全治6ヶ月もの大怪我をしたことでファンの皆様の心を傷つけ悲しませてしまったこと、その責任を痛感しています。だからこそ今は……1ヶ月で退院出来たということに、この上なく喜びを覚えています」
次に俺が浮かべたのは、厳粛な場である記者会見という空間においては異例の──笑顔だった。
ともすれば謝罪会見にもなり得そうだった空気の中で、俺の顔が浮かべたその表情にマスコミは固まっていた。
言葉ではいくら言っても伝わらない時もある。だから……こうして顔にする必要もあるんだ。自分の想いを、心を、分かってもらうためにも。
「入院中、私はずっと歯がゆい思いをしていました。多くのファンの方々を悲しませ、泣かせて、絶望させていたんです。文野さん、あなたもご存知でしょう? ''倫人様ロス''のことは。あの日々を、私はずっとただ何も出来ずに過ごすしかなかったんですよ」
「……」
「''日本一のアイドル''、【アポカリプス】の九頭龍倫人、そんな私にとってその日々はとにかく苦しかったです。ファンの皆様を笑顔にしてあげられない、ファンの皆様を輝かせることが出来ない……それが、私にはとにかく苦痛でならなかったんです。右足の痛みを超える、痛みにならない痛みに、私は毎日襲われていたんです」
「……」
「ですが……そんな私以上に、やはり辛かったのはファンの皆様でしょう。それだけ''倫人様ロス''の影響は大きかったのです。……だからこそ、私は今が嬉しいんです。ようやく、ファンの皆様を笑顔にすることが出来る、輝かせることが出来る──【アポカリプス】の九頭龍倫人として、また皆様の前に立つことが出来る今が」
俺はますます破顔し、尚且つ希望に満ちた笑みを見せた。まるでライブでファンの皆に魅せるそれと同じような満面の笑みを、浮かべていた。
それは自らの意思、じゃなくて完全に自然と出来たものだった。自分でも驚いている。あぁ、本当に嬉しいんだなって。
「……分かりました。では、あなたの怪我は本当だったということで」
と、そんな言葉を漏らすと共にやれやれと言ったを文野さんはしていた。貫いていた真顔から変わったのを見ると、ようやく諦めてくれたようだ。
これで一安心……文野さんさえ凌げば後は消化試合だ。よくやった俺の笑顔! これで──
「では、何故全治6ヶ月もの怪我がほんのひと月ほどで治ったのですか?」
と思いきや、二の矢が飛んできやがった。くそっ、やっぱ油断ならねえこの人!
怪我が治った理由か、そんなのは決まってる。それは……あっ。
俺はこの時、先の質問以上にこれが答えに窮するものだと実感した。
何故なら、正直に答えるとなると──''清蘭達のライブを見たから''という現代医学の根底をひっくり返すかのような滅茶苦茶なものになるからだ。