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【番外編】秀麗樹学園新聞部2年・文野春佳のメモ⑤ー②

 

 ──これで良し、と。

 77代目の遺志をしっかりと継ぎ、今ここに78代目メモ書きノートが爆誕した。これから末永くよろしく頼むぞ、78代目よ。


 ……しかしながら、先ほど78代目への継承式を行う前に私はあることをした。ふと懐かしさに駆られ、77代目を含めた先代のメモ書きノートの数々を読んだのだ。

 偉大なる芸能ジャーナリストである父・文野ふみのはじめの影響を受け、幼稚園の頃から書いていたメモ書きノート。初代などはメモ書きというよりかは本当にただの日記で、「ごはんがおいしかった」「ころんでいたかった」など些細な日常のことばかり書いていた。また何も書くことがない場合には絵も描いていたりして、少しの恥じらいと共に自身の無邪気さに笑みを零した。

 小学校に上がる頃には同じ学年の「〇〇ちゃんは××くんをすき」などと、ちょっとマセガキ染みたようなことを書き始めたが、今こうして振り返るとしっかりとジャーナリストへの道を辿っていたと思う。中学に上がれば噂話の裏を取り始めるようになり、そして高校──秀麗樹学園では念願叶って新聞部に入り、より"それらしい"メモ書きをするようになった。

 まぁ秀麗樹学園に入ってからは毎日のようにネタが舞いこんで来て嬉しい悲鳴を上げたものだ。芸能人育成の為の学校施設ともなればネタの宝庫、さらには"4傑"や"甘粕あまかす清蘭きよら"様といった圧倒的な存在もいれば尚更のことだ。

 中学校卒業までで26代目まであったメモ書きノートは、秀麗樹学園に上がってから劇的にその数を伸ばしていた。もしかすると卒業までに100を超えるかもしれない……。いや、超える。


 その確信を裏付けるのが、今から書いていく内容だ。

 さて、本題に戻るとしよう。【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】の話に。今回彼女達が魅せた衝撃的なパフォーマンスと共に、まずは基本情報から振り返っていこう。

 

 【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】──彼女達のことを知らない芸能ジャーナリストなど存在しない。

 彼女達は【アポカリプス】同様、絶大な人気を誇るアイドルグループだ。頂点にこそ【アポカリプス】が立つものの、父によるとジャーナリストの間では今のアイドル界は【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】と【アポカリプス】は同格であり、その二強であると見る者もいるとのこと。サッカーで例えるならば、バルセロナとレアル・マドリードが覇を争い合うラ・リーガ・(スペイン)サンタンデール(リーグ)のようなものだ。

 どちらがバルセロナでどちらがレアル・マドリードなのか、という話は置いといて。【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】というグループは、タイプ的には【アポカリプス】に似ているのである。

 【アポカリプス】が九頭竜倫人様が中心のグループであるように、彼女達はアリス・天珠院てんじゅいん・ホシュベリー様が中心のグループである。

 

 アリス・天珠院・ホシュベリー──その芸名だけ見れば、ハーフのようにも思えるが、彼女のルーツや血筋に関する情報は誰も知らない。敏腕記者として名を馳せている私の父ですらも、尻尾の先の先すら掴めていない。

 とは言え、そういったミステリアスさも含めてこそ彼女の魅力と言えるだろう。倫人様は倫人様で個人情報を一切漏らしておらず神秘性を感じるが、なんというかアリス様は"人間らしさ"というものを全く感じないのだ。

 いつ如何なる時も、アリス様はその優美さの極まった立ち居振る舞いや言動を崩さず、近寄り難いオーラを発し続けている。ライブの中において倫人様は感情が昂った時などには時折観客を煽ったりして、年頃の少年らしさを感じさせる瞬間もあるが、それすらもアリス様にはないのだ。


 ただただ、"アリス・天珠院・ホシュベリー"という神の如き存在で在り続ける。


 所謂キャラクターというものを貫徹する訳だが、それがどれほど難しいことか、普段の生活で私達は嫌と言う程知っている。場所が違えば、接する人が異なれば、己自身のキャラクターというものはいとも簡単にブレてしまう。

 だが、アリス様がアリス様ではなくなった瞬間というのは、少なくとも私は知らない。毎日のように彼女を追いかけている私だが……ただの一度も。現時点ではジャーナリストとしては失格かもしれないが、いつの日かアリス様の別の顔を、本当の顔を拝んでみたいと夢見て。


 さて、目標を今一度目標を確認した所で今回の衝撃について書き記そう。

 アリス様、蕗莉野ろりのロリィたそ、音無おとなしかなで、マッス・リュー、不知火しらぬいとおる、この5人が今回魅せたのは、これまでのアイドルソングの中でもトップクラス、いや一番と言って良いほど過激で、妖艶で、彼女達らしい猛毒に侵されるような曲だった。


 その名は──『Die(ダイ) Kill() () 』──


 曲のタイトルこそ短く、その言葉も"大嫌い"に当て字をしたものだと容易に分かる。

 だが、シンプルなタイトルとは裏腹にその中身は芳醇な香りで見る者を底なしの沼の中に堕としてゆくようなものだ。


 まず触れるべきは衣装だろう。

 これまでも他の女性アイドルとは異なり、明確にセクシー路線に走ることを厭わなかった彼女達は、今作においてさらにその先へと突っ走っていた。

 メンバーの誰もがへそ出しルック、肩口からは彼女達のしなやかな腕がハンドグローブの辺りまで肌色を包み隠さず、ショートパンツからはその健康的な太ももから先がブーツにかけて拝める。

 布地の面積よりも、圧倒的に肌の部分の割合の方が高かった。動画で見た私も思わず鼻血を出してしまった。……生で彼女達の肢体を拝めたファン達がとてつもなく羨ましい。恨めしいくらいだ。

 さておき、男はもちろん女までもが鼻血を流して生唾を飲み込んでしまうほどの圧倒的な色気を衣装で醸し出しつつ、曲の方も当然それに負けず劣らずだ。曲調は明るい方ではないが、どことなくキケンな香りを漂わせるムーディな雰囲気に包まれていた。序盤においては使われている楽器の種類はさほど多くはなかったが、サビの盛り上がりの際にはまるでパーティだと言わんばかりに打って変わって盛り上がりを見せていた。

 ……しかし、その"パーティ"の意味も、深く考えると恐ろしいものである。今回の新曲『Die(ダイ) Kill() () 』は、"フラれた女の復讐譚"なのだから。

 心も身体も通わせ己の全てを捧げた男に、裏切られた女。その恐ろしさを息を飲むほどの色気と共に表現したのがこの曲の真髄と言って良いだろう。というかあれほど濃厚な色気を放つアリス様達を(設定上において)振るなんて、何とも贅沢な男だ。

 己の色香を最大限に発揮しても、己の心も身体も何もかもを捧げても、自分の元へは帰って来ない男。それはもう後ろから刺されるのは当然である。アリス様達の手にはマイクが握られていたが、そのマイクが包丁に見えて仕方なく、身震いをしたほどだ。


 それはまるで全てを侵していく猛毒のように。

 それはまるで全てを凍りつかせる絶対零度のように。


 今回の【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】のパフォーマンスは、これまでをも超えて最も良いものだったと断ずるを得ない。

 七夕の夜、【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】が魅せた世界は日本中の話題を独占する……はずだった。



 ……あの──太陽が如き眩い光と激しい熱を纏った、"彼女達"が現れなければ。



 

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