【番外編】秀麗樹学園新聞部2年・文野春佳のメモ⑤ー①
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この世に生を受けて18年目。
私──文野春佳は、間違いなく人生史上最大の衝撃を受けた。
過言ではない。確信を持って言えることだ。
人生とは本当に思い通りにはいかない。先の書き出しは、日々こうして書き留めているメモを新たに書く度に記さねばならないのだから。
1月には、我らが秀麗樹学園の頂点に立つ"学園一の美少女"である甘粕清蘭様と、学園カースト最下位の男子生徒である九頭竜倫人の直接対決が行われ、その戦いは後世に渡って語り継がれるものであった。
2月には、それまで注目などとは無縁であった女子生徒である能登鷹音唯瑠が"第1回UMフラッピングコンテスト"にて最優秀グランプリを受賞。それまで内気で弱気だった少女が大きく変わり、その歌声と共に大きく羽ばたくこととなった。
3月には、【アポカリプス】の6thシングルである『C.C.C.』の初披露ライブが行われた。それまでの彼らとは大きく異なる一面とこれまでらしい正当進化を共に兼ね備えた衝撃の新曲に、日本中で話題になったことは記憶に新しい。
4月には、期待の超新星であるエデン・エクスカリスとエルミカ・エクスカリスが入学。入学式早々に清蘭様に挑戦状を叩きつけて学園中の注目を集めるが、その後5月に開催された"ダイヤモンドハンティング杯"においても堂々足る戦いぶりを魅せつけ、何とあの清蘭様と引き分けに持ち込んだ。
全く以て、密度の濃い5ヶ月間であった。
これらの日々の詳細を書くだけで秀麗樹学園新聞1年分のネタになるほどのインパクトは容易にある。新聞部としては有り難い限りだ。
だが……5月6日に開催された"ダイヤモンドハンティング杯"での熱も冷めやまぬ僅か4日後。1月から5月までに起こったこれら激動の出来事の数々が、全く比にならない程の衝撃的に衝撃的過ぎる、圧倒的な大大大事件が起こったのだ。
──それが、"【アポカリプス】の九頭竜倫人様の大怪我"である。
具体的に言えば、倫人様はレッスン後の帰り道に車に轢かれかけ、それを避けた際に右足に想像を絶する負担がかかり、複雑骨折をしたのだとか。
5月10日の会見の際には既に手術は終わっていたが、全治にはなんと約半年もかかるということで……よって、倫人様は【アポカリプス】での活動を半年間休止することになった。
オイオイオイ、死ぬわ私。
誇張でも過剰でもなく、本気で私はそう思った。そして、私のようになった人は日本において数えきれないくらいいたに違いない。
これまで、いつ如何なる時も、どのような場所においても、''日本一のアイドル''としてその場に君臨し、見る者全てを魅了してきた九頭龍倫人様。
そんな倫人様のお姿を、半年間も拝めない。それが絶望以外の何だと言うのか。日本中を絶望の闇が覆う……''倫人様ロス''の始まりであった。
情けない事実を吐露すると。このメモを書いているのは7月7日の夜だ。というのも、それまで私も他の人と同じように''倫人様ロス''の真っ只中にあったからだ。
今から書くのは秀麗樹学園新聞部部長としてではなく、ただの一人の少女の文野春佳としてだが……。
──そりゃあだって無理に決まってんじゃん! 倫人様が大怪我したこともすごくすごくショックだし、それで倫人様が活動休止なのはもーっとショックだし!!
そんな中で私のジャーナリスト魂が燃え上がる訳ないじゃん! あの時は私の魂は天に召されてたよーーーっ!! だから書くなんて無理無理無理ーーーっ!!
お目汚し失礼。
と、まぁ知性も品性も欠片ほどない文章しか書けないような始末だったので、とても記事など仕上げられなかったのである。
''倫人様ロス''の影響は凄まじかった。ショックで塞ぎ込み、1週間の不登校児が統計開始から過去最多を記録した他、働く社会人なども同様に寝込んでしまい経済の停滞も急速に進み、日経平均株価も最悪クラスとまではいかなかったがその手前にまで落ち込むなど、甚大な影響が出た。
それだけ、''九頭龍倫人''という存在は日本で大きな存在なのだと改めて知らされることとなった。老若男女問わずたくさんの人々を魅了してきたことが裏目に出てしまったが、日本の経済など倫人様が知ったことなどではない。そこら辺は政府のアンポンタン達が頑張るべきことなのだから。
それはともかく、倫人様の複雑骨折を端に発する''倫人様ロス''が発生してしまったことがまず最初の大大大事件だ。
今回の倫人様ロスは、逆に考えれば倫人様がまだアイドルを続行出来る怪我で済んで良かったのかもしれないなんて思えるかもしれないが……いや、やはり良くはない。良いはずがない。倫人様の心境を考えれば、如何に悔しく思っておられるのか……私のバカっ!
とにもかくにも、倫人様の大怪我だけでもそれまでのネタのインパクトを容易に上回るが……今回のメモに記すのはこれだけではない。あと2つもあるのだ。
その2つとは、【アポカリプス】関連のものではない。まず1つ目は【アポカリプス】に次ぐアイドルと名高い、というよりかはそう断言しても良いだろうアイドルグループ──【Cutie Poison】の話だ。
リーダーのアリス・天授院・ホシュベリーを筆頭に、まるで猛毒のように見た者を芯から溶かし全身を侵していくような魅力を持つ彼女達の新曲──『Die Kill a 唯』のことを書き記さねばならないだろう。
……しかし、これ以上続けたいのは山々だが、生憎とノートの寿命がもう目の前なのだ。ちょうどあと10行書けば、終わりという感じで。
今までありがとう、77代目メモ書きノート。【アポカリプス】のパフォーマンスに感動するあまり、時々叫び声だけを書き綴ったページもあったが、それでも普段はしっかりと私の理路整然としたメモを書かせてくれたな。
お前の遺志は、しっかりと78代目が継いでくれる。だから安心してあの世に逝くが良い。
そして、見守っていてくれ。いつの日か私が父親である文野春を超えるような立派なジャーナリスト文字数