清蘭達がくれた"熱"
7月7日、七夕の夜。
ここ数年でも特に星が綺麗な今夜。人々の間で話題になっていたのは、それらの星の煌めき……ではなく、今宵にライブを開催したアイドル達であった。
各SNSで瞬く間に日本のトレンド1位を独占したのは、名実共に最も"日本一のアイドル"に近いと名高い女性アイドルグループ【Cutie Poison|】。
新曲である『Die Kill a 唯』の初披露ライブをこの日に行うということは周知の事実ではあったが、実際にそのライブを目撃することが叶ったファン達の手により、文章での感想、あるいは写真や動画といった分かりやすい形で瞬く間に世の中に全容が知らされて。
想像を超える過激さ、想像を超える妖艶さ、これまでの【Cutie Poison】をさらに塗り変える圧倒的なパフォーマンスは、たちまちにライブを直に見ていない人々をも惹きつけ、日本中に拡散されていった。
九頭竜倫人もおらず、また彼の活動休止理由が怪我だったこともあって安全面への配慮からグループでの活動が縮小された【アポカリプス】。
今回の【Cutie Poison】の『Die Kill a 唯』がもたらした鮮烈で濃厚な衝撃は、不動の人気を築いていた【アポカリプス】を脅かすのに十分なほどであった。
──もしも、今宵の話題をずっと独占することが出来ていたなら。
結論から言うと、【Cutie Poison】の王手は、思いもよらない存在によって防がれ、叶わなかった。
当然、それは【アポカリプス】からすれば助かったと言う他にない。
……だが、ある意味では【Cutie Poison】に頂点を譲った方がまだ良かったのかもしれない。
その思いもよらない存在は、今日この日にデビューライブを行っただけに過ぎない。2780人という【アポカリプス】からすれば圧倒的に少ない観客の前で、初々しさも溢れるようなライブを見せたに過ぎない。
しかし──彼女達の放つ"輝き"は、デビューライブのそれではなかった。
もう既に、ライブを見せるのではなく"魅せる"という境地にも達していた彼女達のパフォーマンスは、【Cutie Poison】にも【アポカリプス】にも匹敵すらしていて。彼女達のパフォーマンスを目の当たりにした者達は、衝動的に全員がその魅力を誰かに伝えずにはいなかった。言葉で、画像で、動画で、七夕に訪れた世界一熱い夜のことを伝えたいという抗えない欲求に駆られるほどに。
身体をじわじわと浸食する猛毒のように、あるいは全身が凍り付けになったように動けなくなるほど魅了する【Cutie Poison】でもなく。
アイドルの理想形として完璧且つ己の個性や輝きで以て見る者を輝かせる魅力を持つ【アポカリプス】でもなく。
自分達の可能性を疑いなく信じ、前に進み、その背中を追いかけたいと見る者に思わせ……全身に"熱"を与えてくれる魅力を持ったその少女達の名は
────【12345!】────
彼女達のデビューにより、今まさに日本のアイドル勢力図は……大きく塗り変えられようとしていたのだった──。
「いやー凄かったねえ! あの子達あれがデビューライブなんだって? とてもアタシャ信じられないよ!」
「……えぇ。そうですね」
星々に照らされた夜の街。
その中を一般的な自動車で走りながら、俺──九頭竜倫人は帰路についていた。
とは言っても、自分の足で帰っているのではなく【アポカリプス】の総合マネージャーである支倉さんに送って貰っているんだけども。
いつも運転が荒い支倉さんだったけど、今日に関してはテンションが上がりっぱなしなせいか余計に荒くなってしまっていた。……まぁ、それも仕方ない。
俺と一緒に、支倉さんも──清蘭達のライブを見たのだから。
「まずセンターのあの子、清蘭ちゃんだったっけ。あの子、本当に凄いね。アイドルをする為に生まれてきたようなもんだねぇ。緊張してる様子なんて一秒たりとも見られなかった。弾ける笑顔、明るい歌声、そして何よりも人々を惹きつけるそのキャラクター、最近じゃあまり見られない王道を往くタイプの子だ。ウチが男性アイドル専門の会社じゃなかったら、即座に引き抜きたいくらいだ! ってかこれを機に女性アイドル部署作ってデビューさせてみっかな?」
「流石にジョニーさんが許しませんよ。それに、あれだけの逸材はあっちの事務所も何億積まれても手放さないでしょうし、諦めて下さい」
「ちぇ〜! そうは問屋が卸さないねぇ! ま、それはさておき。音唯瑠ちゃんも良かったねぇ! やっぱり''UMフラッピングコンテスト''グランプリは伊達じゃないねえ。あの歌声は一度聞けば忘れられないなぁ。それにしても、ネックかと思ったダンスとかもきちんとやれてたし、最後まで歌声をもたせることも出来た。並々ならぬ努力をしたんだろうね。いやー音唯瑠ちゃんも欲しかった! 性別今から男になってくんないかな?」
「性転換手術はまだ完璧なものではないので駄目です。音唯瑠さんのあの歌声は、見事の一言に尽きます。俺も聞き惚れてしまいました」
「倫人の耳をも唸らせるとは、やっぱ凄いな音唯瑠ちゃん! そういえば雰囲気のギャップで言えば白千代ちゃんが1番だったな! もちろん見た目通りの雰囲気の時もあったけど、思った以上に芯がしっかりしてて尚且つ包容力もある。美人だし歌声も穏やかでリラックスしてしまうなぁ。あれは一定の層から絶大な人気が出るな。にしても……やっぱあのおっぱ」
「それ以上は支倉さんが女性でもアウトです。白千代さんは見た目通りの魅力と、見た目によらない魅力、その二つが上手く融合してましたね」
「ちょっと倫人ォ!? アタシは元々女なんだけど!? ったく……。まぁそれはそうとして、エデンちゃんとエルミカちゃんも素晴らしかった! 5人の動きや息はもちろんピッタリって言って差し支えないけど、あの2人は特にシンクロ率がバカ高かったなぁ! 曲の終盤になってもブレはほぼゼロ、完璧だった。それに、2人共かなりの個性派だしね。エデンはおっぱいのついたイケメンだし、エルミカたそはマジ天使でぐへへへ……」
「警察に突き出しますよ。エデンさんとエルミカさんは終始息のぴたりと合った動きでしたね。あれは生半可な練習では身につかないでしょう」
「さっきから思ってたけど倫人酷くない? アタシこれでも倫人含めて【アポカリプス】の総合マネージャーなんだけど!?」
「まぁ支倉さんが変人なので、仕方のないことなんです」
「てやんでえバーローチキショー!! アタシを変人扱いなんてしたら世に存在する本当の変な人に失礼だろ!!」
「あぁ、はい」
支倉さんの熱い感想に時折ツッコミを入れつつ、俺と彼女の会話は一旦そこで区切りを迎えていた。
支倉さんが熱く語る中、俺はずっと落ち着いた口調で返していた。あまりにも温度差があって、清蘭達のパフォーマンスに感動しなかったのかと思われるかもしれない。
……だけど、本当は──
「……倫人」
「なんですか?」
「さっきからテンション低めだけど、ひょっとして彼女達のパフォーマンスには感動してなかったの?」
「……」
支倉さんの問いかけに、俺は黙った。
数秒、なんてものではなく数十秒。もしかすると1分は経っていたかもしれない。
その間、支倉さんも何も言わないで俺からの言葉を待ってくれていた。そのおかげで俺は……清蘭達の放っていた''輝き''を、送ってくれた''熱''を再び思い出すことが出来た。
身体が、熱くなる。熱くなってときめいて──どうしようもないほどに。
「……感動してない訳がないでしょう。あんなものを魅せつけられて、感動しない人間なんていませんよ!!」
徐々に勢いと熱を帯び、最後には車内に大きく響く俺の声。バックミラーに映るその瞳は、疑いようのない輝きを宿していた。
「清蘭も、音唯瑠も、シロさんも、エデンも、エルミカも、誰もがこの七夕の夜を彩る星々よりも輝いていた。真昼を照らす太陽よりも熱かった。本当に……本当に、皆凄かった!!」
''日本一のアイドル''としては情けない感想かもしれない。彼女達のパフォーマンスが具体的にどう凄いのか、言葉に出来ていないのだから。
それでも俺は、ただただ心の中から溢れてくる想いをそのまま言葉にしか出来なかった。ありのままの想いを、言葉にしたかった。
「何なんだよもうっ……! 冗談じゃねえよ……あんな凄いの魅せつけやがってよぉっ……!!」
込み上げてきた''熱''は全身に回り、俺の声は震えていた。
清蘭達が魅せてくれた笑顔、踊り、歌声、輝き、そして熱は──俺に止めどなく涙を流させていた。
普段は人々を感動させるはずの俺は。
この日、''日本一のアイドル''としてはぐうの音も出ない敗北を喫していた。
だけどそれには悔しさなんて微塵も覚えなくて。
ただただ清蘭達の魅せてくれたものに、涙を流すしかなかったのだった。
「……倫人、落ち着いた?」
「はい。お見苦しい所をお見せしました」
「いーのいーの! アタシは倫人達の総合マネージャーぞ? 倫人達の色んな顔を見て、色んな顔を知ったとしても嫌いにはならないし、それがアタシの仕事でもあるからね」
「……はい。今日は本当にありがとうございました。それじゃ」
「あいよ! 明日からはまたしっかりと病院で静養してるんだゾっ☆ お姉さんとの約束だぜ?」
「……いえ」
「へっ?」
「その必要はないかと思います」
「てやんでえバーローチキショー! 何言ってんでぇこの青二才が! 確かに【【Cutie Poison】も【12345!】も凄かったからやる気が出てくるのは分かるけど、でもだからと言って今のあんたに練習なんか出来るわけな……」
ガチャ、とドアを開けて。
夜風に俺は当たった。それまで猛然と俺に話し続けていた支倉さんの言葉は、もう聞こえてこなかった。
「……綺麗だな」
七夕の夜。
やはり、見上げれば星々がとても綺麗に輝いていて、心が奪われそうになる。
……だけど、今の俺の心が実際に奪われることはなかった。星空を見上げながら、とある5人のことを思い浮かべていたからで。
ハッキリと、ドクンという心臓の音が聞こえた。他の誰でもない、己自身の強い鼓動が。
「……ありがとう、皆。今度は──俺の番だ」
清蘭
音唯瑠
シロさん
エデン
エルミカ
皆がくれた輝きと熱に俺は笑みを浮かべて。
──両足でしっかりと立ちながら、星空に5人のことを想っていたのだった。