【12345!】──『It’s Sunshine GO!』──⑤
5人で織り成す1つの声が会場に轟き、反響する。
サビの最初から最後までを見事に歌い切り、そのまま曲は終わる……かと思いきや。
その転調は結びに向けたものではなく。次に訪れたのは、本来であれば2番の後に流れる間奏であった。既に清蘭達に魅せられた観客達は、まだまだ曲が終わらないことを知ると少なからず歓声を上げる。 しかしそんな喜びの声が一部だけだったのは、その間奏が前奏と同じようなピアノソロのみの穏やか且つ静かなもので。
鍵盤の奏でる旋律は、熱狂の渦と化していた会場の雰囲気を落ち着かせていく。一度上がり切ったテンションを鎮めるのは観客としては一苦労ではあったが──それは、清蘭達も同じだった。
「いっぱいいっぱい 泣いちゃったこともあった」
まるで友達に話す時のような何気ない会話のように呟かれた言葉。それもしっかりと、『It’s Sunshine GO!』の歌詞の一部で。
それをピアノの旋律に乗せて歌っていたのは、今も笑顔を浮かべている清蘭。だが、その笑みは先ほどの弾けんばかりのものではなく、穏やかでありながらもどこか憂いや悲しみを含んだものでもあった。
「見て貰えなくて 気づいて貰えなくて 1人でずっと泣いてたんだよ」
声を震わせ、清蘭は歌う。それは技術ではなく、ちょうど担当しているこのパートの歌詞が、過去の自分と重なる故に。
類まれなる美貌という誰もが羨む天性の贈り物を持ちつつも、両親からの愛というありふれたものは贈られることはなかった清蘭。その傷が癒えた訳でもなく、これから先も癒えることはないだろう。両親とは、この世にたった2人だけなのだから。
(お父さんとお母さんには、見て貰えなかったし愛されなかった……。でも、あたしは今──幸せだ)
それでも、清蘭の心には幸福が満ちていた。
これだけ多くの人に見られることで、自己顕示欲が満たされている。
というのもあるが、それ以上に。自分のことを、真っ直ぐな目で見つめてくれている。好きだという気持ちを、真っ直ぐにぶつけてくれている。
そのことに幸せを感じながら、清蘭は歌っていた。両目から──大粒の涙を零して。
「ずっとずっと 飛び立てずにいたんだ」
清蘭の次にCメロを歌う音唯瑠も、話すようにして声を発する。
その声はこれまた清蘭と同じく震えていたが、歌うことの技術がとりわけ高い音唯瑠すらも、その震えはコントロール出来たものではなかった。音唯瑠もまた、歌詞と自分自身を重ね合わせていた。
天性の美貌を持つ清蘭とは少し異なり、歌うことが好きという一心でその技術を磨き上げ、圧倒的な歌唱力を身につけた音唯瑠。
「何も出来なくて 何も変われなくて 1人でずっと塞ぎ込んでたんだよ」
しかし、その歌声は浅慮で幼稚な嫉妬によって広い世界を飛ぶはずの羽根と呼ぶべき才能をもがれ、その声ごと心を自らの籠の中に閉じ込めてしまった。
誰にも聞かれることはなく。それでも誰かに聞いて欲しいと願い続け。
人知れず飛び立つことを望むも、自分だけでは飛べずにいた気弱な少女。
(あの日々もあったから、何も変われなかった自分がいたから──私は変われた)
それでも、音唯瑠の心には自信が満ちていた。
何も出来なかった日々も、アイドルとしてのレッスンで自分の不出来さを痛感したことも含めて、己の弱さを信じること、出来ない自分を信じること。
それが出来れば、自分の全てを信じることが出来る。そして、自分を信じることが出来れば……他の誰かも、信じることが出来る。
そうして生まれた歌声は、自分1人だけでは決して奏でることの出来なかった5つの声となって、さらにそれが1つとなって。これまでよりも、それはずっとずっと素敵な歌声を響かせることが出来ていた。
そのことに幸せを感じながら、音唯瑠は歌っていた。両目から──大粒の涙を零して。
「いつもいつも 雁字搦めだった」
音唯瑠の次を歌うのは、普段ののんびりとした雰囲気はどこに行ったのかという白千代だった。
美人と疑う余地のない美貌をここに来て遺憾無く発揮しつつ、その声は先に歌った2人と同様に揺らぎを感じざるを得ないもので。
白千代も、必然的に己の境遇と歌詞を重ねていた。日本有数の大企業、大山田グループの社長の一人娘。お金に困ることなど天地がひっくり返ってもあり得ず、裕福に裕福を重ねまくったような恵まれた暮らしを送り、さらにはやスタイルの良さも生まれ持つというオマケ付き。
誰もが羨む家系に生まれるも、白千代は血の繋がった父である黒影から過剰な束縛を受けていた。友人を作ることもほぼ出来ず、大きな胸の奥がときめくように好きな人が出来たとしても、父親が余りある財力と権力を用いて、恋にすらさせて貰えなかった。
「何も言えなくて 何もぶつけられないで 鎖に縛られていたんだよ」
大らかな性格とは裏腹に、彼女自身は振り解くことの叶わない鎖に繋がれていた。
"大山田白千代"という一個人ではなく、"大山田グループの一人娘"という存在として、白千代は生きることを余儀なくされて。
その鎖はずっと、自身と運命を縛り続けているはずだった。
未来も、己を縛り続けて"普通"のことすら叶うことなど許さない、そのはずだった。
(お父さんと真正面から話し合えたから──ボクは、鎖から抜け出せたんだ)
それでも、白千代の心には感謝が満ちていた。
間違っていた愛情を向けられていたのかもしれない。しかし、面と向かって、真正面から自分の想いを伝えて。
そうして自分と父親は心を通わせることが出来た。今こうしてアイドルとして、大好きな仲間と、そして大好きな人に向けての言葉を歌にして、踊りにして形にして……自分の意志で、伝えることが出来ていた。
そのことに幸せを感じながら、白千代は歌っていた。両目から──大粒の涙を零して。
「きっときっと 怖かったんだ」
それまでに清蘭、音唯瑠、白千代と独唱が続いた中で、その響きは2つの声が混じり合っていた。とは言え2つの声は正反対の声質であれども、見事なまでに溶け合い、1つのハーモニーを奏でていて。
その歌声を響かせていたのは、当然エデンとエルミカの2人であった。
そして、2人も清蘭達のように歌詞に自身らを重ねている。怖かったんだ、という抽象的なものでも、エデンとエルミカの2人にとってはその言葉だけで幾層にも記憶が甦る。
エデンとエルミカの2人はイギリスでは由緒ある名家の生まれであり、白千代とベクトルは異なるが裕福で皆の羨望を集めていた。しかし……上の兄達を亡くすという悲劇に見舞われ、2人の運命は大きく変わった。
「踏み出すのが 理由を知るのが 怖くて震えてたんだよ」
エデンはエルミカを守る為に"男"になり、さらには自分が原因で家を出る羽目になったとエルミカに知られないように彼女自身にも嘘をついて。自身と最愛の妹の、どちらにも嘘をついた。
対し、エルミカもエデンに嘘をついていた。でエデンの言動や性格が大きく変わったことや、日本に留学したのも自分が父に憎まれていたせいだと薄々勘付いていた。だが、"天真爛漫で純粋無垢な妹"を時には演じることで、エデンには悟られないようにしていた。
互いを大切に想う。故に、エデンとエルミカは共に嘘をつき合っていた。お互いの真実を知るのが、怖かったから。
(エルミカに本当の自分を知って貰えて──わたくしは、もう何も怖くない)
(お姉ちゃんに本当の自分を知って貰えて──ワタシは、もう何も怖くない)
それでも、エデンとエルミカの心には愛が満ちていた。
お互いがお互いを守ろうとしていたこと。それによって嘘をついてしまっていたこと。
しかし、その嘘は2人の絆を引き裂くことはなく。寧ろ、深めることとなって。エデンとエルミカの心に、これまで以上の強い想いを、愛情を生んでいた。
本当の自分を、ありのままの自分を受け入れて貰えた。それこそが愛だと知った2人の少女は、さらに3人の尊敬すべき存在と出会い、同じ志を持つ仲間となり、このステージを、同じ時間を生きている。
そのことに幸せを感じながら、エデンとエルミカは歌っていた──大粒の涙を零して。
曲調は静かで、穏やかで、優しくて。
歌詞は後ろ向きで、弱くて、情けなくて。
それを歌う皆の顔には、同じ跡が出来ていた。会場の光を浴びて、僅かな煌めきながらもハッキリと分かる……涙を流した後が。
あまりにも不思議な空間であった。しかし、その光景を目の当たりにした観客の心に一様に込み上げて来たのは熱い感情で。
それは、目の奥にもたちまちに到達し。いつしか彼女達と同じように、両目からは涙を零していた。
甘粕清蘭
能登鷹音唯瑠
大山田白千代
エデン・エクスカリス
エルミカ・エクスカリス
5人の少女達が放つ"輝き"は──今宵浮かぶ星々のように、綺麗に光り始めていた。