全てを手に、輝きへ。
「っ……!!」
清蘭達の見ている動画をまじまじと見た雄和太。
雄和太の目から見ても、【Cutie Poison】のパフォーマンスは圧倒的だった。予想通りに。そして、想像以上に。清蘭達にかけようと思っていた言葉が頭の中から吹き飛び、その場で硬直してしまうほどに。
(って、何魅入られているんだ俺はっ! 違うだろ!)
映像からでも容赦無く襲いかかる彼女達の蠱惑的な魅力を顔を振ることで強引に振り払い、今一度雄和太は考えた。
この際、どうして清蘭達が【Cutie Poison】の、しかも先程披露したばかりの『Die Kill a 唯』の動画を持っているのかはどうでも良いと吹っ切れる。
今、プロデューサーとして雄和太がすべきことは、清蘭達が"呑まれないようにする"ことだった。
数々の過酷なレッスンを経て、身も心も強くなった。アリスや【Cutie Poison】の面々との邂逅も経て、さらにそれは確実になった。
しかし、自分達の本番前という状況においては、意識せざるを得ない存在はなるべく排した方が良い。集中力の妨げとなり、十全なパフォーマンスを発揮出来なくなるからだ。
さらにその存在が文句なしのパフォーマンスを魅せつけていたのなら尚更──雄和太はまず強引に大声で皆に呼びかけて、意識をこちらに呼び戻そうとしていた。
「スッッッゴーーーーーーーッッッ!!! やるじゃんアリス達!!!」
控え室に大声は響き渡った。
しかしそれは、雄和太の口から出たものではなく。底抜けの明るさと、純粋な相手へのリスペクトの籠もったもので。
雄和太は逆に驚きで目を点にしながら、大声を発した少女──清蘭を見つめていた。
「凄い……ですね、やっぱり。それにその、何と言うか……えっと……」
「すっごくエッチだよね~。見てるこっちがドキドキしちゃうくらい~」
「そうですよね。にしても歌、踊り、衣装、歌詞、全てにおいて圧倒的且つ……エロいな」
「そうだねお姉ちゃん……すごく……エロいよね……ゴクリ」
清蘭の歓声のような大声の後、音唯留、白千代、エデン、エルミカは続けざまに感想を述べていく。やはり、彼女達の凄絶な妖艶さに当てられ、顔を朱に染めていたりもしたが。
それでも、皆の反応から気圧されているようには全く見えず。ますます、雄和太はきょとんとして立ち尽くしていた。
「まぁ流石はあたし達のライバルって感じだよねー! まぁそれでも……ってあれ? プロデューサー、どうしたのそんな所で突っ立って?」
「あ、あぁ。皆の様子を見に来たんだけど……」
「それよりさーこれ見てよプロデューサー! アリス達ってばこーんな派手な露出して、こーんなエッチな感じのパフォーマンスして、凄くない!?」
「あ、あぁそうだな……俺もそう思う」
「プロデューサーさんもそう思うってことは、やっぱり今回のアリスさん達は凄いんですね。私はもちろん皆さんが凄いと感じましたけど、中でも音無さんの歌声が印象に残ってます。吹き抜ける風のように透き通っていて、でも大樹のようなしっかりとした芯もあって……音無さんの1つ1つの声に、私はずっと聞き入って夢中になっていました」
「うんうん~分かる~。ボクは透ちゃんに目を奪われたかなぁ~。あんまり目立たないように見えて、歌もダンスもすっごく上手だし~。何よりもあの抜群のプロポーションはボーイッシュな透ちゃんからはギャップで魅力増し増しだったよ~。笑顔もすっごく可愛かった~」
「音唯留先輩や白千代先輩の仰ることには深く同意します。しかしながらわたくしの意見を申し上げますと、マッス・リューさんに一番視線がいきました。激しく力強く情熱的でありながら、同時に針の穴に糸を通すような繊細さも兼ね備えるダンス……。そして自信に満ち溢れた野性的な笑みには、やはり惹かれますね」
「皆さんの言うことは分かりますデス! でも、ワタシはやっぱりロリィたそにずっと夢中でしたデス! 今までマジ天使としか思えなかったロリィたそデスが、今回はあんな風に小悪魔ロリィたそが見られるなんて……! あぁ、ヤバイデスっ!! 思い出しただけで鼻血が出ちゃうデスーーーっ!!」
今度は一言ではなく、具体的な感想を目を輝かせて述べる面々。鼻血を噴き出すエルミカのように熱意が込められた感想の数々に、雄和太は遂にぽかんと口を開ける始末だった。
(何だ……一体何なんだ……この子達は……!?)
自分を差し置いて再びアリス達のパフォーマンスについて盛り上がり始める清蘭達に、雄和太は遂にへなへなと腰を抜かす。
最早、清蘭達の反応は雄和太の理解の範疇を超えていた。超え過ぎていた。
直前に自分達のパフォーマンスが控えている上で、今回のアリス達のような同業者にあんなにも圧倒的なものを魅せつけられれば、意気消沈は必至のはず、だった。それが、長年の間の雄和太の経験であり、実感でもあった。言うなれば、常識と呼べるものだ。しかし今、目の前にいるこの5人の少女達は……それを塗り変えている。あれだけのパフォーマンスを魅せつけられたというのにモチベーションは落ちることなく、寧ろ燃え上がっていて。
「ど、どうしてそんなに……前向きでいられるんだ? 皆は……!?」
自身の中で常識が塗り変えられ、いや破壊されてしまった雄和太は声を震わせて尋ねずにいられなかった。
キャッキャッと流行りのスイーツを前にしたようにはしゃいで談笑していたその5人。だが、雄和太の狼狽気味の問いかけを耳にするとぴたりと会話を止めて、沈黙が流れた。
「──そりゃあもちろん、決まってんじゃん。あたし達は【12345!】だからよっ!!」
それを破ったのは、皆の中心となっていた少女、甘粕清蘭。
いつも通りの自信満々のドヤ顔で叫んだ彼女の答えに、雄和太は口を開けたまま疑問符を浮かべる。答えはあまりにも抽象的だった。
「つまり……どういうことなんだ?」
「何よ~。プロデューサーなら感じ取ってよね! フィーリングフィーリング!」
「……?」
それでもなお、清蘭の言いたいことは分からず雄和太は呆気に取られていて。はぁと溜息をついたかと思えば、その答えを具体的に清蘭は言葉にし始めた。
瞳を、さらに輝かせて。
「あたし達は、"日本一のアイドル"になる。でも、そこに辿り着くのが本当に大変だって、5人で活動し始めて分かったんだ。苦しいこともあったし、嫌になることもあった。逃げ出したくなる時だって、泣き出したくなる時だってあった。本当に本当に、大変だなって思ったんだ。だけど……だからこそ、あたし達はこれまでのことや、自分達の全てを捨てないって決めたんだ」
そう話す清蘭の瞳の輝きは、様々な色を宿す。清蘭だけではなく、音唯留も、白千代も、エデンも、エルミカも、皆が同じ目をしていた。
プロデューサーとして自分達が知る彼女達の苦しみもある。しかし、その瞳に映るモノは自分が知らないものも含まれていて。
妙なことに、それが酷く綺麗で雄和太は見惚れていた。
「嬉しいのも、楽しいのも、悲しいのも、苦しいのも……あたし達は捨てない。全部全部握り締めて、皆で進むって決めてるから。アリス達の凄い所だって、あたし達が手に出来ない訳ないし。だからさ、プロデューサー安心してよ! あたし達、もうすぐ──"輝く"からっ!!」
そう言うと、清蘭を含めて皆は満面の笑みを浮かべる。
その笑みは、雄和太の目には燦然と輝く太陽のように映っていて。先ほど抱いていた不安も何もかも、全て吹き飛んでいたのだった。