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魅せる者達を見ていた者達


「はぁ~凄かったなぁ……マジで」


「ホントホント! アリス様や皆、本当にエグかったよね、ってかエロかったよね!」


「今日のライブに来られて本当に良かったぁ~! 絶対忘れねえ、いや絶対に忘れられないな今日のことは!」


「やっぱ【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】は最高だよね! 【アポカリプス】にも絶対負けてないって! ってか超えてるでしょ!」


 【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】の新曲『Die(ダイ) Kill() () ()』の初披露ライブが終わり、帰路につくファン達。

 その会話は彼女達を絶賛するもので埋め尽くされ、その目の輝きは最早洗脳されていると言っても過言ではないほどに彼女達への畏敬の念が込められていた。

 

「……当然の反応、だな」


 それを聞きながら、はぼそりと呟く。誰にも聞こえないように。誰にも聞かれないように。

 この俺──九頭竜倫人(・・・・・)ですらも、今回のアリス達のパフォーマンスは納得、いや魅了されざるを得なかった。

 アイドルソングという概念を覆すかのような攻めに攻めた過激さと。

 見ているこちらが息を飲み、逆に飲み込まれるような耽美なムードと。

 その存在に全ての意識を奪われてしまう、むせ返るほどのエロス。

 誰もが氷漬けになってしまったと錯覚するほどの圧倒的な魅力……それらが凝縮された2分間だった。フルバージョンを見たその時には、果たしてどうなることか。

 よくもまぁこんな曲、いや"世界"を作りやがって、と言いたくなるほどだ。全く、アリスの奴……こんな曲を披露されちゃたまらねえな。


「ん~? どしたの倫人りんと~? もしかして、アリスちゃん達のこと見てムラムラしてんのぉ~?」


 ライブのことを振り返っていると、そんな下世話な声がかけられる。

 エロ親父を彷彿とさせるその声に溜息をつきつつ、「そんな訳ないでしょ」と俺は車椅子を押してくれて(・・・・・・・・・・)いる支倉さん(・・・・・・)に続けて返した。


「俺はアリス達のパフォーマンスを冷静に振り返っていただけです」


「またまた~! 健全な思春期男子があんなエッチなの見て発情しない訳ないでしょ! 現にアタシはアリスちゃん達のことを思い出すともう涎が止まらんグヘへへへ~! すけべさせて頂きたいですなぁ~!」


「……真っ当な社会人としてアウト過ぎるのでその醜悪な顔面と思考は止めて貰って良いですかね」


 俺をわざわざ病院から一時退院させてこのライブに連れて来てくれたことは感謝してる。

 だけどやっぱり支倉さんというこの存在は尊敬したい部分と反面教師にせざるを得ない部分の混同した稀有な存在だと、俺は改めてそのゲス顔を見て思ったのだった。

 ……いや、今回に関しては支倉さんがこうなっても仕方ないか。俺達の総合マネージャーとして目が肥えているこの人ですらもこうならせてしまう……それだけの魅力がアリス達にはあった。

 過激さとエロティックな方面に極振りしたような所は後に賛否両論を招くだろうが、それでも確実に賛辞の方が大多数だろう。あれだけのものを魅せつけられては咎める方が野暮というものだ。

 しばらくはアリス達が……【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】が世間の話題を独占するに違いない、と俺は予想を立てた所で支倉さんに話しかける。このままゲス笑いさせてる訳にもいかないし。

 何より、俺には行かなきゃなら(・・・・・・・・・・)ない場所がもう1つ(・・・・・・・・・)ある(・・)んだから。


「支倉さん、そろそろ正気に戻って下さい。俺の行きたい場所がもう1つあるの、忘れてないですか?」


「グヘへゲヘへニョヘヘ……あっ、ごめんごめん! そーだった! で、どこだったっけ?」


「【BEGINING(ビギニング) STUDIO(スタジオ)】です。お願いします」


「りょーかいっ! それでは行こう風の如く!」


「いや普通に安全運転でお願いしますよ」


 再度支倉さんの返事がなされると、車椅子はゆっくりと動き出す。

 【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】の毒牙に魅せられた観客の歓声を背に、俺は既に気持ちを切り替えてこれからのことを考えた。

 これからデビューライブを行う皆──清蘭きよら達のことを。









 都内にあるライブ用スタジオ──【BEGINING(ビギニング) STUDIO(スタジオ)】。

 最大収容人数は2600人と少数ながらも、その名の通り"始まりの地"でもあるこのスタジオは、数々のトップアイドルやトップアーティストを輩出した知る人ぞ知る場所であり、アマチュアの面々にとっては憧れの場所である。

 毎日のようにライブが開催される中、今日もまたいつも通りに"とあるグループ"のライブが行われようとしていた。7月7日の夜7時、そんな明らかに狙ったような時間にライブが出来る者達は、まさにラッキー……のはずだった。

 すぐ近場のライブ専用アリーナ施設【MUSASHI(ムサシ) GARDEN(ガーデン)】で行われた【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】のライブさえなければ。

 名実共に誉れ高い彼女達が、今宵の話題を独占する。それは必然であり、運命であった。

 しかし……そんなことは、知ったことじゃない話だ。今からこの場所で、初めの第一歩を踏み出していく彼女達── 【(イッ)(ツサ)(ンシ)(ャイ)(ンゴ)(ー!)】の皆には。



(いよいよ、だな)


 881(ヤバイ)プロの社長にして【(イッ)(ツサ)(ンシ)(ャイ)(ンゴ)(ー!)】のプロデューサーでもある矢場井雄和太(やばいおわた)は、皆がいる控え室の前でふぅと深呼吸。

 本番、運命の時である夜7時まで残り10分。泣いても笑っても、いよいよその時が来る。

 自らも緊張しているが、それ以上に緊張をしているのは実際に人々にパフォーマンスを見せる清蘭達に違いなく。

 故に、雄和太は自らの最後の仕事として、皆を励ましに控え室に来ていたのだ。ドアノブを握る手には汗をかいていて、駄目だ駄目だと首を振る。


(俺の仕事は、皆がベストの状態でライブに臨めるようにすること。俺が緊張してちゃ話にならないだろ! しっかりしろ、矢場井雄和太!!)


 自らを鼓舞しつつ、再び深呼吸。先ほどよりも深く長く、息を吸い込んで吐く。

 そして、キッと目を鋭いものにすると意を決してその扉を開いた──。


「皆! もうそろそろだね! 準備は良い……かな……?」


 緊張を解すべくすぐさま笑顔を浮かべて勢い良く入ったが、それが尻切れトンボのようになっていく雄和太。

 雄和太が目にしたのは、緊張でガッチガチになっていた皆の姿……ではなく。

 机に座り、全員で何かを覗き込んでいる彼女達の姿であった。こちらの声にも一切反応することなく、ただただ、その何かをじっと見つめていて。


(な、何だ……?)


 雄和太も自身の仕事のことをすっかりと忘れ、皆が見つめる何かをじっと凝視する。

 それが清蘭使っているの携帯電話であることが分かると同時に


「……っ!」


 それに映っていたのは、あまりにも予想外のものだった。

 何故、どうして、()()()()()()()。そんな疑問が湧いてきて、自らの目を疑った。

 しかし、見れば見るほど疑いようのない事実にも変わっていく。


 それが── 【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】の新曲、『Die(ダイ) Kill() () ()』のライブ映像だということが。


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