【Cutie Poison】──『Die Kill a 唯』──➂
衣装、曲調、ダンス、歌声、空気。
全てが"妖艶"と表現する他にない『Die Kill a 唯』の世界。
その中で【Cutie Poison】の面々は、踊り子あるいは演者として艶美で妖しい香りを放つその世界にファン達を誘っていた。
音無奏、マッス・リュー、蕗莉野ロリィ、不知火透の4人は役目をしっかりと務めていた。自分のパフォーマンスでファン達の全身に、ゆっくりと魅力という名の猛毒を回らせていた。
「私を愛さない あなたなんて」
そして──その猛毒はもう直に完成を迎える。
ステージの中央を悠然とした足取りで歩き。
これまでの4人よりも圧倒的な色香を放つ。
【Cutie Poison】のリーダー、アリス・天珠院・ホシュベリーによって。
「私も要らない あなたなんて」
自らのソロパートを歌いあげるアリスのその歌唱力は、奏に比肩するかそれ以上のもの。耳を蹂躙するかのような暴力染みた美しさを誇るその歌声は、聞く全ての者の脳や心に否応なく刻まれる。
「私が愛した あなたなんて」
衣装はほぼ皆と同じくショルダーレスのトップにへそ出しルックのショートパンツにブーツという露出過多なスタイル。しかし、彼女だけは黒ではなく白色の衣装であり、美しく揺れ動く銀色のロングヘアーに警官帽子のようなものを被っている。他のメンバーとの差別化の為だ。
【Cutie Poison】の曲では、例外なくアリスは他のメンバーとの差別化がなされている。衣装であったり、もっと極端に言えば彼女達の曲においてアリスは全てセンターを務めていることも。
もちろんそんなことをすればメンバーや世間からのバッシングは当然ある……あるはずだった。アリスに限って言えば、それはなかったのだ。
その理由は……アリスの圧倒的な実力が故に。アイドルとしてはもちろん、1人の人間として見ても、アリスは群を抜いており、まるで別次元の生き物であるかのようにさえ周囲が思わざるを得なかったほどだった。
「──私が 殺してあげるわ」
今宵の中で最も過激なワードが出た所で、アリスのソロパートは終わっていた。
アリスの鋭く突き刺すような視線、脳髄から揺さぶられるような艶やかな声、1つ1つが正確無比にして情熱と冷静さを兼ね備える動き。
その存在の全てで以て、ファン達を飲み込むと──いよいよ、5人全員でのパフォーマンスが幕を開ける。
「大嫌い! あなたなんてもう 大嫌い! だからこの際 大嫌い! 死んでくれない? あなたを殺して私も死ぬわ」
アリスを中央に星型のフォーメーションを取る。二列目には奏とロリィ、三列目にはリューと透という配置だ。
語調を強めた「大嫌い!」と共に、それまでとは打って変わった激しいダンスを披露するアリス達。細かなステップを刻み、身体全身を使って歌舞伎の連獅子のようなうねりのあるアイソレーションを魅せたり、しかし静止する時はしっかりと余韻すら残さず止まり。躍動感を溢れさせつつも、その中には変わらずこれまで通りに、いやそれ以上に芳醇な色香を漂わせていた。
「大嫌い! あなたなんてもう 大嫌い! だからこの際 大嫌い! 殺してあげる あなたは私の唯一の人だったから」
響き渡る歌声は、アリスの元に束ねられた1つの音となって会場中に押し寄せる。
その歌詞はアイドルソングとして相応しくない程に過激なものではあったが、そんなことなど最早どうでも良いとさえ感じさせるほど、ファン達は【Cutie Poison】の生み出す世界に囚われていた。
熱が空間を包みこみ、見ている側も汗をかいて叫び踊り出すような熱狂。
しかしアリス達の魅せる世界はそれとは真逆のもの。誰一人として歓声を上げず、誰一人としてぴくりとも動かず、凍りついたかのように静止して彼女達のパフォーマンスを見届けるしかない空間。
だが、それこそがアリス達の目指した"世界"であった。熱狂とはベクトルは真逆、されど絶対値は同じ。見る者を飲み込み、虜にし、心を掴んで離さない──"日本一のアイドル"としてのパフォーマンス。その高みに至ったという証だった。
「大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 大嫌い!」
曲調もラストスパートに入り、アリス達のパフォーマンスも最高潮を迎える。
大嫌い、ただその連呼がまるで自分に向けられているのだと思い、嗚咽と共に涙するファン達もいる中で──
(本当に……大嫌いよ。あなたのことは)
ふと、アリスだけは明確に誰かのことを考えていた。
いつもであればパフォーマンスに全ての神経を注ぎ、他のことを考えるなどはしないアリス。雑念を抱くなど、彼女の最も嫌う"不純物"であるからだ。
(全く、集中したいのに……私は私の手で"世界"を面白くしたいのに……。あなたって人は、いとも簡単に私の世界の中心になるのね)
頭の中に浮かぶその人物を想うと、これまでのパフォーマンスで激しく鼓動していた心臓が、さらに跳ね上がる。普段は氷の微笑を貼り付けているその顔が、ほんの少しだけだが朱に染まる。
誰にも惑わされないはずの自分を狂わしてくる、唯一無二の存在。『Die Kill a 唯』はそんな彼に宛てて作った曲でもあった。
(本当に、あなたのことが大嫌いで……大好きよ──倫人)
「……大嫌い」
BGMが鳴り止むと同時にアリスの呟くような声。
それが、『Die Kill a 唯』の終わりであった。
曲が終わっても、客席からの反応はない。氷漬けになったかのように、誰もがアリス達の世界に飲み込まれたまま帰って来れてはいなかった……が。
「……聞いてくれて、ありがとうございました」
微笑んだアリスの言葉と共に、【Cutie Poison】の皆が汗だくのまま感謝の印として頭を下げる。
すると、意識を取り戻したかのように程なくして空気がはち切れんばかりの歓声と拍手に、会場は包まれていたのだった。