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【Cutie Poison】──『Die Kill a 唯』──①


 ライブ専用アリーナ施設【MUSASHI(ムサシ) GARDEN(ガーデン)

 ステージを見下ろす形で両側に展開されているシート付の席には最大2600人、ステージをほんの少し見上げる形となる中央の立ち見スペースには最大2600人、計5200人を最高で動員出来るこの場所は、久々に満員御礼となっていた。

 七夕の夜。そこで行われるのはあの【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】の新曲『Die(ダイ) Kill() () ()』の初披露ライブ。その当選確率は26倍という、1曲限りのライブにしては異例の数字を叩き出していた。

 だからこそ、今日ここに来ることを許された選ばれしファン達は期待を最高潮に抱いて待っていた。既に照明は落とされ、いつ彼女達が現れてもおかしくはない。もちろんその時に避けたいのは彼女達の姿を直に見たことによる発狂の上での失神。それは【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】のライブでは何もおかしくはない日常茶飯事だ。


 もうすぐ夢の時間が始まる。しかし、生半可な気持ちでは彼女達のパフォーマンスを拝むことも出来ない。

 暗闇と静寂の中、ファン達はある種覚悟を宿したかのような面持ちで、ひたすらその時を待った。心臓の音が高まり、空気が張り詰めていく。

 そして、その時は──気まぐれなアリスと同じであるかのように、突然に訪れた。


「──大嫌い」


 漆黒の闇の中に響き渡った一声。

 囁くようでありながらも、その声は短い言葉を呟くだけで鳥肌が立つほどの妖艶さと気品を、ファン達の耳朶じだや脳髄に刻み込む。

 むせ返るような色気に満ちたその声は……紛れもなく唯一にして絶対なる女神──アリス・天珠院てんじゅいん・ホシュベリーのもの。

 その囁きこそが、『Die(ダイ) Kill() () ()』の始まりの証。ファン達にとっては待望であり、同時に開戦の合図でもあった。

 程なくして、ビーッビーッというアラート音と共に5つのシルエットが浮かぶ。逆光のせいでその姿は見えないが、ファン達にとっては誰が誰かなど既に分かっていて。たちまちに空間を割くような歓声が起こり、BGMと競うようになっていた。

 アラート音は止まり、再び静寂が訪れるのかと予感した矢先


「私 言ったよね? もう猶予はないって ねぇ?」


 クールで落ち着いた曲調と共に、今度はウィスパーボイスではなく、ハッキリとした口調と声色が耳に届く。

 鈴を転がすような声。そう形容する他にない圧倒的に澄んだ清らかな歌声は、このグループにおいてはアリスを除けばただ一人──音無(おとなし)(かなで)のみ。

 ''天使の歌声''を持つ彼女の歌声は、本来であれば聞く者全ての心に癒しと清浄をもたらすもの。だが、この時はいつもとは異なり、威圧的で攻撃的な声色が耳や心に棘のように突き刺さる。


 また、声だけでなくその見た目も否応なしに目に刻み込まれる。普段は下ろしている腰まで伸びた黒髪はポニーテールになっているが、ファン達にとって刺激的だったのはそこではない。

 普段は清楚なキャラクターとイメージの彼女からは想像も出来ない、へそ出しルックでさらにはショートパンツ、とまるで真逆のセクシー路線である。パンツからブーツにかけては彼女の艶かしい脚線美が目を引き、観客は思わず言葉を失うほどだった。


「あなたはもう 忘れてしまったの? 心も 身体も 私のスベテを あんなにも愛してくれたのに あんなにも重ね合ったのに」


 さらに、過激セクシーなのは声や見た目のみならず、肝心の『Die(ダイ) Kill() () ()』の歌詞や振りつけもで。妖艶に、ねっとりとした手つきで上半身、下腹部、太ももと触っていく。

 激しさはないものの、それはある種テクニックやスピードを魅せつけるよりも効果的だった。清楚系の奏であるのならば、尚更。


「あなた 行っちゃうの? 嘘だって笑ってよ ねぇ?」


 口調は女言葉。だが、それを歌っているのは男と見紛う程の肉体美と勇ましい顔つきの持ち主であるマッス・リューであった。

 奏の後を継ぎ、歌い出した彼女にもスポットライトが当てられる。髪型はいつも通り獅子のたてがみのようなド派手なロングヘアーで、衣装も奏のものとほぼ同じだ。強いて言うなら左胸から左太ももの服にかけて一直線に菫色バイオレットのラインが入っているという部分が異なる。

 奏の歌声とは打って変わり、リューのそれは女性としては低くハスキーボイスと言うべきもの。しかしその力強さは健在でありながらも、やはり奏と同じく妖艶な色も醸し出している。強気な笑みも加わり、彼女本来の魅力に相乗効果をもたらしていた。


「私の中に あなたはまだいるのに 心も 身体も 私のスベテが 疼くのに こんなにも欲してるのに どうして応えてくれないの?」


 褐色肌に搭載された男顔負けの自慢の筋肉は、今日ばかりは唸る気配はない。

 しかし、その歌声と共に女性が本来持つ色気をリューは演出していた。元々ダンスに関してアリスに負けず劣らずの高い技術を持つ彼女の魅せる腰を捻るロールダンス。息を呑んでいたファン達は、今度は生唾を飲み込む羽目になっていた。


 熱狂──アイドルという仕事をする者にとって、それは最も望ましい状態だ。

 観客を自らの魅力で虜にし、理性も本能もしっちゃかめっちゃかとなって叫び狂う。そうして観客を喜ばせることが……熱狂させることが、本懐と言っても良いだろう。

 しかし、今宵アリス達が、【Cutie(キューティ) Poison(ポイズン)】が魅せるのは、そんな熱狂とは程遠い状態を生み出していた。

 魔に魅入られたように目を離すことが出来ず、じわじわと身体の奥底から浸食されていくような感動──それはまさに"猛毒"と呼ぶに相応しいものであった。



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