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決戦前夜~清蘭~


 7月6日、23時52分。

 あと8分が経過すれば時刻は日をまたいで、即ち翌日の7月7日、七夕となる。

 一年に一度、互いに想い合う織姫と彦星が会うことを許される日、七夕。ただでさえロマンチックな伝承が残っているその日の前夜は、さらにその話を盛り上げるべく燦然と煌めく星々によって彩られていた。

 夏本番を迎える前の少し暑さも感じる夜風が吹きつつ、日本では多くの人々が星の輝きを見上げ、魅了されていた。


「──倫人りんとーーっっ星見てるーーーっっっ!?」


 と、馬鹿みたいな声を出しながらはしゃぐ少女、甘粕あまかす清蘭きよらもまたその内の1人だった。

 自室だからというのもあって遠慮など知る所のない大きな声を出し、キラキラと目を輝かせる清蘭。その右手には自身の携帯電話が握られており、この星を電話先の相手と一緒に見ていたのだ。


「……見てるっての。だからそんな大声出すなって清蘭」


 しかしその相手──倫人はうんざりした様子でそう返していた。テンションの高低差が激しいくらいに。

 とは言え、寝ようとしていた所でしつこくコールされ、溜息交じりに出たら第一声で鼓膜をブチ破らんとするような大声を清蘭が発したのだから無理もない。

 しかし清蘭が倫人の都合などを考える訳がなかった。881《ヤバイ》プロでの日々を経て精神的に成長した清蘭ではあったが、いつだって自分のやりたいことが第一という部分はまだ改善されていなかったのだった。


「すっごく綺麗じゃない!? 滅茶苦茶綺麗じゃないっ!!? 超絶っ究極にっ綺麗じゃないっっっ!!?」


「全部同じ意味じゃねえか。言われなくてもそう思ってるって。綺麗だよ綺麗」


「こんな星空、生まれて初めて見たかも! やっぱりあたし達の華々しい門出を、神も祝福してくれてるって訳ね!」


「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」


「あっ、倫人もそう思ってるのー? よく分かってるじゃん! いやー今から明日の拍手喝采歓声に包まれるのを想像したら楽しくてしょうがないわねーっ! だははははははははーっ!!」


 面倒臭い、と倫人は率直に思っていた。

 こうなった時の清蘭ほど扱いに困るものはいない。肯定しすぎると清蘭は調子づいてカス化が進んでしまうし、かといって否定をすれば当然不機嫌になる。

 長年幼馴染をしているが、この辺の塩梅は今でも難しい。寝る前にとんでもないタスクが課されてしまったと、倫人は早々に嘆いていたのだった。しかし、普段とは違い今回は7月6日の夜、であれば清蘭との電話を早く終わらせる方法が1つだけあった。


「まぁ楽しんでるとこに水差すようで悪いんだけど、もう寝なくても良いのか? 明日は本番デビューライブなんだろ?」


 それは現実に直面させることである。声色は普段のまま、倫人はゲスく笑みを浮かべた。

 7月7日、七夕は清蘭達【(イッ)(ツサ)(ンシ)(ャイ)(ンゴ)(ー!)】のデビューの日だ。ライブ自体は夜の19時からとは言え、当日にベストパフォーマンスをする為には睡眠は欠かせない。


「アイドルの先輩として言わせて貰うと、なるべく早く寝た方が良いぞ。より良いパフォーマンスはより良い睡眠から、なんて言葉もこの業界にはあるくらいだしな。だから、今日はもうとっとと寝ろ」


 実はそんな言葉なんてなくて即興で作ったものだったが、とにかく倫人は清蘭を寝かせつける為に嘘をついていた。久々のクズムーブである。

 一応、清蘭自身のパフォーマンスのクオリティが落ちないようにという気遣いもあったが、大半は自分が寝たいという理由であった。もちろん清蘭はダダをこねてくると思われるので、なるべく論理的な根拠を頭の中で構築しながら倫人は電話からの返答を待つ。

 はてさて、一体どんな我儘をぶちかますことやら……倫人は身構えた。


「……うん。分かってるよ」


「え?」


「寝なきゃいけないって、分かってるんだ。でもね、全然眠れないんだ」


 倫人は己の耳を疑った。もしかしたら電話の第一声で自分の耳がイカれたのかと、真面目に思ってしまうほどに。

 何せ、聞こえて来たのはワガママ放題で自己中心的な叫び声などではなく、どことなく不安や心細さを感じてしまうような、弱弱しい少女の声だったのだから。


「明日は本番、皆と一緒にステージに立てる日、分かってる、分かってるよ。今日のリハーサルを終えた時はそれが楽しみで仕方なくって、凄く疲れてるのに眠れなくなりそうだなって思ってて……でも、今眠れないのは楽しみだとかそういう気持ちじゃなくって」


「じゃあ、どういう気持ちなんだ?」


「たぶん……緊張してる、すっごく」


 言葉少なに、清蘭は本心を倫人に告げていた。

 その顔はいつも抱く無根拠で無謀な自信などはなく、彼女らしからぬ弱気が貼り付けられていた。


「あはは、こんなにも……ドキドキしちゃうんだね。それに、震えてるし。どうしてなんだろ……」


「それがまぁ、普通だからな。誰だって初めは緊張するもんだ」


「そっか。じゃあ、倫人はどうだったの?」


「俺?」


「うん。倫人が初めてデビューするってなった時、どうだったの?」


 内容をより具体的にして尋ねる清蘭。

 倫人は「んーそうだな……」と記憶を駆け巡りながら、答えを探す。それに、時間はさほどかからなかった。


「そりゃ、俺だって緊張したな」


「へぇ〜。''日本一のアイドル''なのに?」


「デビューしたての頃は''日本一のアイドル''じゃないぞ。その時は俺や【アポカリプス】の皆だってただの新人(ルーキー)だったからな。今の清蘭みたいに凄くドキドキしたし、震えたりもしたし……」

 

「ふーん。倫人も……同じだったんだね」


 倫人も同じだった。

 そのことに、清蘭は妙に安心していた。自分一人だけじゃなかった、ましてや''日本一のアイドル''である倫人も、自分と同じように緊張していた。

 ただそれを知っただけなのに、それだけでどんどんと緊張が解きほぐれていく。震えも胸の鼓動も、収まっていく。


「まぁ、さっきも言ったけど最初は緊張するもんだよ。だからまぁ気にするな……って言うのはおかしいか。ともかく、緊張が解れると良いな」


「……もう……結構解れたよ……」


「ん? なんか言ったか?」


「いや、別に何も言って……あっ! 倫人あれ見て!」


「どれだよ」


「流れ星! 一瞬見えた!」


 清蘭は空に流れた一条の光に再び目を輝かせる。おかげで、誤魔化す必要もなくなっていた。


「……おおっ、俺の方でも見えたぞ」


「すごーい! 流れ星とかホント久々に見た! 願い事しとこ! えーっと、溺れるくらいオレンジジュース飲みたい! 世界で一番のお金持ちになりたい! 世のイケメンが全員あたしに求婚して来て欲しい!」


「願い事多すぎるだろ。どれかに絞れよ」


「えーっとじゃあ──''日本一のアイドル''になりたい!! じゃなくて、なるっっっ!!!」


 清蘭が叫ぶと。再び流れ星が夜空を横切り消えていった。それは偶然か否か、ちょうど自分が''日本一のアイドル''になると言ったその瞬間で。

 

「……やった! これであたし達は絶対に''日本一のアイドル''になれるってことじゃん!! よっしゃーーーっ!!」


「あー俺の方でもちょうどお前が叫んでる時に流れ星が見えたぞ。願い事、叶うと良いな」


 その時の倫人の声は若干の呆れが含まれつつも、それ以上に優しいものだった。

 その声だけで、倫人がどんな顔をして言っているのかを清蘭は想像する。

 いつもと変わらぬ、見知った幼馴染の顔であり。

 同時に、自分が本気になって振り向かせたい、大好きな人の顔でもあって。

 収まっていた胸の鼓動が、また大きく速くなる。もうこれは、緊張のそれなどではなかった。


「倫人、明日……あたし達すっごく滅茶苦茶超絶っ究極にっ──頑張るからねっっっっっ!!!!!」


 始まりの時と同じように、鼓膜を破りそうな程の大声を出すと、最後に清蘭は「じゃあおやすみ!」と付け加えて電話を切っていた。

 その顔はいつもの清蘭の顔。

 自信に満ち溢れたドヤ顔となっていて。

 星々の輝く七夕の空に手を伸ばしながら、眠る前に独り言を発していたのだった。



「倫人……ありがとう。明日は……あたし達の輝きを、大好きな倫人にも届けるからねっ!!」

 

 


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