決戦前夜~エデンとエルミカ~
「エルミカ、そろそろ寝るぞ?」
「うん、お姉ちゃん」
そう返事はしつつも、愛する妹はコテージから煌めく星々を眺めている。
梅雨の時期もすっかりと終わり、7月に突入して今日は6日目。
7月6日、その翌日は当然7月7日で──【12345!】のデビューライブが明日に控えている。
(寝るよとは言ったものの、まだまだ眠れる気はしない……か)
星を見上げるエルミカを見ながらも、エデンは考えを改めていた。
清蘭と熱戦を繰り広げたダイヤモンドハンティング杯。あの時も緊張していたが、今回のそれは全く比にならないほどで。手を胸に添えればドックンドックンと今から心臓が騒がしくて仕方ない。気持ちを落ち着ける為のハーブティーも一度お手洗いに行くくらいには飲み干したのに。
(やれることはやった。わたくしもエルミカも、清蘭先輩も音唯瑠先輩も白千代先輩も、全力を尽くした努力をしてきた。プロデューサーも、今日のリハーサルでは太鼓判を押してくれた……)
確実に成長した実感はある。
プロデューサーの雄和太がくれた自信もある。
それでも、緊張からは逃れられなかった。何せ相対するのはアリスを擁する【Cutie Poison】──【アポカリプス】と同じく、自分にとっては雲の上の存在だ。
はぁ、と溜息をつくとエデンもまたコテージに向かった。
自分の緊張など知るもんかと言う程、木製のコテージは普段と変わらず羨ましささえも覚える。
エルミカの隣に並び、星を見上げる。天気予報やニュースでも言っていたように、都心においても満天の星々が輝く夜だった。夜風も心地良く、まさに絶好のシチュエーション。エルミカが見惚れる理由も分かる。
「……お姉ちゃん?」
「いや、その何だ。私も星空を見ようと思ってな」
「そっかー……」
「あぁ」
「……」
「……」
「……眠れないの?」
「なっ、そ、そんなことある訳ないだろう!? わたくしが緊張しているだなどとっ、そのようなことがあろうはずがないっ!」
「そっかぁーお姉ちゃんってば緊張してるんだ~?」
「ぐっ……!」
墓穴を掘ったエデンに対しエルミカは「まぁお姉ちゃん分かりやすいもんねーハーブティーがぶ飲みしてたし」と追撃。
「でも、気持ちは分かるよ。ワタシだって、ドキドキして眠れないもん」
しかし、ニヤニヤとしていたその顔は困ったような微笑みに変わる。
エルミカもまた自分と同じだったと知り、エデンは少し安心していた。それと同時に、本来なら緊張するエルミカを姉としてリラックスさせてあげられなくて申し訳なさも感じたが。
「この緊張は、清蘭先輩と戦った時以上だな」
「そうだよねー。でも、想像も出来なかったよね。あの時も、今も。学園の頂点に立つ清蘭先輩と戦ったかと思えば、今なんてあのアリス様や【Cutie Poison】と戦おうとしてるもんねー」
「あぁ、全くだ。まさかこんなにも早く、アイドルとしての高みに挑めるなんて思わなかった」
そう。本当に想像も出来なかったことだった。
秀麗樹学園に入学してから今日に至るまでが、全部夢なのかもしれないと思えるくらいに。
全ては彼と──九頭竜倫人と出会ったことから、始まった。
「……わたくしは、幸せ者だな」
「どういうこと?」
「清蘭先輩がいて、音唯瑠先輩がいて、白千代先輩がいて、エルミカがいて……大切な仲間達に恵まれた。プロデューサーに厳しく指導して頂いたし、アリス様からも発奮のきっかけを頂いた。そして何よりも、師匠と……九頭竜倫人様と出会えたんだ。恵まれ過ぎだ、とさえ思えるよ」
笑顔も、喜びも、涙も、苦労も。全ての感情を思い出しながらエデンは語る。
これまでの人生の中でも、一番感情が揺れ動いた日々だった。
一番笑い、一番泣いた日々だった。
それらの中に息づく人達の顔を思い浮かべて、エデンは微笑みを零していた。言葉の端々に感謝と、声色に優しさを乗せて。
「最愛の妹であるエルミカや尊敬する先輩方と活動を共に出来て、遥か雲の上の存在だと思っていたアリス様とも対決出来る機会を得て……これを幸せと呼ばずに何とするんだ。本当に、師匠には……倫人様には感謝のしようがないよ……」
「お姉ちゃん……」
「あぁ、エルミカ」
「……今の、凄く……クサいね」
「なあっ!?」
しかし悲しき哉。
最愛の妹の反応は同意ではなく、ちょっと小馬鹿にするようなもので。ぷっ、とわざとらしい噴き出しを入れているのが余計に腹立たしかった。
この妹め! とエデンは悔しそうに見つめるも、その瞳はすぐに別のものに変わる。ケタケタと笑っていたエルミカが、星空を映すまでもなくその瞳を輝かせていたからだ。
「でも、ワタシもおんなじ気持ちだよっ! だーい好きなお姉ちゃんや、清蘭先輩や音唯瑠先輩や白千代先輩と一緒にアイドル活動出来て、本当に楽しいんだ! ずっとずっとこの時間が続けば良いのになーって思うくらい!」
自分よりもストレートに喜びを、そして感謝を無邪気な笑顔に乗せるエルミカ。満天の星々というロマンチックなシチュエーションでなければ普段は言えない本音を出すことが出来ない自分とは異なり、エルミカのこういった部分は羨ましく思える。
するとそこで「でもね」と挟むエルミカに、改めて耳を傾ける。
「ワタシ達、もっともっと楽しいこと出来るよ! その始まりが明日なんだから! ワタシ達のこのドキドキは、ワクワクのドキドキなんだよ、お姉ちゃん!」
「エルミカ……」
「アリス様に勝つ、それだけじゃない! ワタシ達は"日本一のアイドル"に……倫人様にも勝つんでしょ? 倫人様にはいつも魅せられてばかりだけど、もしもワタシ達が倫人様を魅せられたら……? そう考えただけで、すっごくワクワクドキドキしちゃうよねっ!」
瞬間、何かが弾けたかのように世界が変わって見えた。
見上げればそこには相も変わらず煌々と輝く星々の数々。しかし隣を見れば、そんな星よりも眩い輝きを放つエルミカの姿。
それはアリスの氷結の世界を塗り変えた、太陽が如き熱と輝きを纏っていた清蘭のオーラと同じで。最早、エデンの心には緊張が介在する隙間など一切なくなっていた。
「……あぁ。凄く、楽しみだな。エルミカ」
爛々と輝くエルミカの瞳を見つめながら、そっと手を握るエデン。
お互いの熱が伝わる。お互いの鼓動が伝わる。躍動する心が、明日への楽しみが、抑えられない。
エルミカと一緒なら。
そして、清蘭と、音唯瑠と、白千代と一緒なら。
何でも出来る。何にでもなれる。
それは気のせいではなく確信として、エデンの心に息づいたのだった。
「よし、あまり夜風に当たり過ぎても駄目だからな。そろそろ寝よう」
「うんっ! 明日頑張ろうねっ!!」
「あぁ、頑張ろうな」
そうしてエデンとエルミカは星々に別れを告げ、コテージを後にする。
いつもは同じベッドで眠る2人、しかし今日はそれに加えて手も繋いで眠り。
そして……これは互いに知らないことではあったが。
共に叶わないはずの願いを、ちょうど0時を回って日付が変わった七夕の星々に託していた。
自分達の全ての始まりであり、自分達の一番の目標であり──自分達の一番好きな人に。
自分達の輝くその瞬間を見ていて欲しい、と。