"日本一のアイドル"としての覚悟
「なッ……!?」
アリスの突然の通告に、マッス・リューは明らかに狼狽する。
冷たく、冷め切った声と眼差し。それに驚かざるを得なかったのはそう言われた彼女のみならず、【Cutie Poison】の他のメンバーも、つい寸前まで取っ組み合いの喧嘩まで発展しかけた清蘭ですらもだった。
「な、何を言ってやがんだアリスッッッ!!? じょ、冗談だろッッッ!!?」
「冗談だろって? それはこっちの台詞よ」
「ッッッ……!!」
反論を叫ぼうとしたリューを、睨み付けるだけで黙らせるアリス。眼力では負けることなど滅多にないリューであろうとも、アリスの人離れした威圧感には敵わなかった。
「あなた……自分が何をしようとしていたのか、分かっているの?」
「あ……あァ……!」
「分かっていても、分かっていなくても、あなたがしようとしたことは……ご法度なのよ」
空間を埋め尽くしていくほどの凍え切った迫力、圧。
背筋どころか全身に寒気が走るほどのそれに、リューは震え上がり言葉を続けられない。直接アリスの世界に呑まれているリューだけではなく、周囲の皆も同じように寒気と震えを覚えていて。
「リュー……あなた、本当にアイドルをやる気あるの? ねぇ? ねぇ?」
その冷たさすらも感じない程、アリスの威圧はさらに深まる。
漆黒の恐怖。そう例えるしかないアリスのオーラが部屋を満たしていき……リューは最早答えの中身を考えることも出来ないまま、ただひたすら身体の心から震え、涙を流していたのだった──
「ちょっとあんた。もう良いでしょ」
その震えと涙は、突如入った思わぬ横槍によって止められた。
言うことの聞かない身体を精一杯に動かし、徐々に顔を声の方に向けていくリュー。
横槍の正体は……自分が先程まで殴ろうとしていたほど激昂させられた相手──甘粕清蘭。その眼差しはただ1人、アリスの発する漆黒の世界に呑まれていなかった。
「何? あなたが口を出す権利はないのだけれど?」
「大アリだし! だってこのゴリラ女はあたしと喧嘩しそうになってただけでしょ! つまりあたしの相手、ケリつけんのもあたしよ!」
「大外れよ。リューは【Cutie Poison】、彼女の処分はリーダーであるあたしが決めるわ」
「じゃあ5000兆歩譲ってそうだとして、どうしてこいつが次のライブに出られないとかそういう話になる訳なのよ!? 意味分かんないんだけど!!」
「私からすればあなたが怒る理由の方が分からないけど……。まぁ良いわ、教えてあげる。それは、リューは"相応しくない言動"をしたからよ」
「相応しくない言動?」
「えぇ。リューはあなたと喧嘩寸前までいった。アイドルが暴力沙汰なんて、絶対にやってはいけないことよ。ましてや、"日本一のアイドル"を目指しているのならね」
"日本一のアイドル"
食ってかかった清蘭であったが、そのワードを聞くや否や反抗の手段を失ってしまっていた。
仮にこの場に倫人がいたとしたら……そう考えると、アリスと同じことを言っていたのかもしれない。ルックスや技術もそうだが、倫人を"日本一のアイドル"足らしめているのは、眩い輝きを放つ精神性なのだから。
「それっ……でも! ライブに出るなはあんまりでしょ! こいつだって、これまで一緒に凄く頑張ってきたんでしょ!?」
「いいえ妥当よ。未遂とは言え、リューは暴力沙汰を起こしかけた。とすれば、キツいお灸を据えるのは必然だわ。今後、二度と間違いなんて起こさないように、ね」
感情論で食い下がる清蘭に、アリスは一切動じることなく答える。
凍てついた表情は今度は清蘭に向けられていて。彼女の持つ人ならざる何かすらも感じさせるような圧力と気迫が、一斉に襲いかかっていた。
「っ……!」
全身が鉛のように重くなり、息苦しさも感じるほどのプレッシャー。
清蘭の顔は歪み隠し切れぬ苦渋を浮かべる。
「間違いなんて……誰だってしちゃうに決まってるじゃん」
その言葉は、アリスの生み出す氷の世界にひびを入れていた。
凍りついた空気の中、苦悶の表情ながらも声を振り絞った清蘭。冷たく降り注ぐアリスの視線から目を背けず、そのまま言葉を吐く。
「世界一可愛いあたしだって、これまで間違っちゃってたんだもん。だったら、この世の誰だって間違えるに決まってる。あんただって……倫人だって」
パキキンッ。アリスの氷に、再びひびが入る。
清蘭の眼差しや表情は、徐々に熱を帯び始めていた。それは皆の寒気や震えを止め、アリスに向けられていた視線を自分の方に集めていく。
「でも……間違えるからこそ、成長出来るんだ。間違えるからこそ、気づけるんだ。自分の新しい可能性に、自分の大切な……ものに!」
力強く清蘭がそう言い切った瞬間、アリスの生み出した氷の世界は大きくひび割れ──砕け散った。
驚きに目を開くアリスが見たのは、全身から"熱"を発する清蘭の姿。アリス以外の皆も、清蘭の全身から迸るそれを感じざるを得なくて。
これこそが、清蘭の生む"世界"であった。
見る者全てを凍てつかせ、氷と化すような魅力を放つアリスとはまさに正反対の──見る者全てを勇気づけ、心の火を灯すような魅力だった。
「二度と間違えないようにさせる? だからライブをさせない? それ自体が間違いだっての! 間違えながらでも良いじゃんか! 間違えたら助けてあげて、支え合うのが仲間ってもんでしょ! あんたのは一方的にあぁしろこうしろって、ホンットにムカつくわ!! 前のあたしみたいでさっ!!」
清蘭の熱と勢いは留まる所を知らず、その口からは威勢良くポンポンと言葉が飛び出す。それは、あのアリスに反論の隙を与えない程であった。
「間違いを減らしてって"日本一のアイドル"になれるってんなら、あたしはそんなのなりたくないっ!! あたしは……いやあたし達は、何度も間違えて、何度もこけて、何度も倒れても……それでも一緒に進んでくって決めたんだ!! それがあたし達──【12345!】だからっっ!!!」
"唯一の輝きに向けて5人で走り続ける"
そんな意味が込められたグループ名を、今一度叫ぶ清蘭。
その声にアリスによって恐怖以外の感情と表情を忘れていた音唯留、白千代、エデン、エルミカは、力強く温かな笑みを自然と浮かべていた。
清蘭の隣に並び直した皆は、同じ眼差しと同じ表情をアリスにぶつける。アリスは一瞬面食らった顔となっていたが、5人と向かい合った時には再び表情を凍てつかせていた。
……が。
「……それが、あなた達の"日本一のアイドル"としての覚悟という訳ね。間違えて傷ついて間違えて……その先に何が待ち受けているのか、私も楽しみにしているわ。また会いましょう、今度は……戦いの舞台で」
直後、拍子抜けをしそうになるくらいあっさりといつもの微笑みを作ると、それだけ言い残してアリスは背を向けて去って行った。歩き去ったアリスに戸惑いながらも、ロリィ、奏、透といった【Cutie Poison】は彼女について行き。
「……じゃあな。サンキュ」
最後に残っていたリューもばつを悪そうにしていたが、静かに礼の言葉を呟くと皆に追いついていった。
「……」
"日本一のアイドル"として、自分達の覚悟を見せた清蘭達。
アリスらが去った後でも、清蘭達はその場に無言で立ち続けていたのだった。




