史上最強のロリ系アイドル──蕗莉野ロリィ
(蕗莉野ロリィちゃん……蕗莉野ロリィちゃん!?)
一瞬、エルミカは冷静に現状を把握しようとするもそれは叶わなかった。
目の前の少女をまじまじと見つめれば見つめるほど、頭が、心がそうだと叫んでしまう。【Cutie Poison】の蕗莉野ロリィであると、どうしようもなく。
「ふわわわわっ!? 人違いですぅ~! ろっ、ロリィはロリィじゃありませんからぁ~っ!」
エルミカに名前を呟かれた少女は顔を手で隠しつつそう言うが、全くごまかし切れないでいた。
特徴的な桃色の腰まで伸びた長髪、ということもあるがそれを前髪の部分で切り揃えていること、そして一人称が最早"ロリィ"ということ。
必死の否定も虚しく、それは寧ろ自身が蕗莉野ロリィであることを明かしているようなものだった。
(ろ、ろろろろっろろっろロリィちゃんが……あのロリィちゃんが……ワタシの目の前にっ……!?)
己の鼓動を爆速させていく中、エルミカは改めて目の前の信じ難い現実に目を見開く。
エルミカの最も尊敬するアイドルは当然"日本一のアイドル"である九頭竜倫人である。その次には【Cutie Poison】のアリス・天珠院・ホシュベリーが来る。
しかし話が"推し"になれば、その筆頭に来るのは彼女──蕗莉野ロリィだ。
アイドルを志し始めた頃、言ってしまえばこんな幼児体型の自分を好いてくれるファンなんているのかなと不安を抱えていたエルミカ。
そんなエルミカがある日偶然テレビで見かけたのがロリィだった。一目見たその瞬間から溢れ出る無邪気なマジ天使さに、自分と同じような子でもアイドルになっていることを知り、いつしか彼女のことを最も応援していた。ロリィが、最推しになっていたのだ。
となれば──最推しに出会ってしまったファンはどうなるのか。それはもちろん
「──わ˝ぎゃ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ぁ˝あ˝あ˝あ˝ぁ˝あ˝ぁ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝~˝~˝~˝~˝~˝~˝っ˝っ˝っ˝っ˝っ˝!˝!˝!˝!˝!˝!˝」
そう、尊死である。
最推しであるロリィが目の前にいる。その事実を認識してしまったエルミカは【テレプシコーラ】中に容易に響き渡る叫び声を発し、大量の鼻血を噴き出して倒れてしまっていた。
「あっ、あぁぁっ! やってしまいましたぁ~! どうしましょう~!?」
満足げな死に顔を浮かべるエルミカに、ロリィはあわわわと狼狽えつつ心臓マッサージを素早く開始する。
慌てつつもその行動はとっくに慣れたものであり、エルミカの噴き出した鼻血で手が汚れるのにも構わず1分間に60回のペースでの心臓マッサージを続ける。なおアイドルなので人工呼吸は出来なかったが。
「エルミカどうしたーーーーっっ!!?」
と、続けているとそんな叫び声がから聞こえてくる。
それはエルミカがやって来た側の方で、どたどたと慌ただしい人の足音がいくつも聞こえて来ていて。
「エルミカーーーーっっっ──えっ……?」
「エルミカ何なの今の声ーー──は……?」
「エルミカさん大丈夫ですか──え……?」
「エルミカちゃん無事~~~──あれぇ?」
そこに駆けつけたのはエデンを先頭にした清蘭達であった。
が、その状況を飲み込むにはあまりにも状況がカオスであった。
満足げな死に顔を浮かべ、鼻血を溢れさせて倒れているエルミカと。
そんなエルミカに対し、心臓マッサージを続けるロリィ。
それを目にした一同は固まらずにはいられなかった。
「ち、違うんですぅ~! いや違わないけど違うんですぅ~! 今頑張って蘇生させますので許して下さいぃ~っ!!」
「……ハッ!? あなたはもしかして……【Cutie Poison】蕗莉野ロリィたそっ……!?」
ロリィが必死の蘇生作業と弁明をする際、こちらに顔を向けたことでエデンは気づく。エデンのみならず、音唯瑠や白千代も。
清蘭は唯一「誰それー?」とアホみたいな顔をしていた。【Cutie Poison】で清蘭が知っているのは、アリスのみだったからだ。
しかし──
「ッッッ!!?」
ロリィのその顔を見た瞬間、身体の奥底から生まれる衝動に清蘭は抗えなくなっていた。
自然と鼓動が跳ね上がり、顔中が熱に包まれる。それは清蘭のみならず、ロリィの顔を見た全員に等しく表れたもので。
「うっ、うわあぁああああぁあああっ!!?」
「きゃぁああぁあああぁあああああぁっ!?」
「わぁあぁあぁぁ~~~~~~~~~~~っ」
「し、しまったあぁああぁああああぁっ!!」
直後、清蘭達4人はエルミカと同じように鼻血を噴き出していた。
倒れこそしなかったが、突然の鼻血に皆はパニックに陥りかける。ロリィは「わあぁあ~ご、ごめんなさいですぅ~~~っっ!!」と心マを続けながら謝っていた。
ここでロリィが謝ったのは、エルミカを初めとして4人に突如として表れた鼻血の症状が、自身によるものであったからだ。
蕗莉野ロリィ、彼女の最大の特徴はその愛くるし過ぎる見た目にあった。
物心ついた時から芸能界に身を置いていたロリィは、天性の可愛さを持っていた。ずば抜けた庇護欲を掻きたてるそのマジ天使さっぷりは、彼女を人気にするのにそう時間はかからなかった。
しかし……それだけ可憐な容姿の持ち主であれば、変な輩もついて回るというもの。まだ幼く、ましてや自衛の手段もなかったロリィに、良からぬことを企む者もいた。
だがそれすらも、ロリィは自らの可愛さで捻じ伏せたのだ。
自らの顔を直視した者を、男女問わず問答無用で鼻血を出させるほどのマジ天使フェイス。それが、ロリィの最大の武器だった。
嘘か本当か、襲いかかろうとした変態性癖を持つ者全員を鼻血による貧血で撃退したとの逸話があるほど、ロリィの可愛さは圧倒的であった。
子役から転身してアイドルになった今でも変わらぬマジ天使さに故に、ロリィはこう呼ばれていた。
─────────史上最強のロリ系アイドル──────────
と。
(な、なんて奴なのこいつっ……!! あたしに鼻血を出させるなんてっ……!)
その存在を知らなかったはずの清蘭。
しかし、自分が今流している鼻血がロリィの可愛さによるものだと本能的に理解すると、ロリィを睨みつけていた。
顔を見れば見るほど、鼻血が止まらなくなる。その圧倒的な引力とも呼べる魅力は方向性は違えど、見た者を凍りつかせる程の魔力に持つアリスのそれを彷彿とさせていた。
(こんな奴が、まだまだいたんだ……面白いじゃない!!)
手で鼻血を抑えているため、その表情は見えない。
しかし、清蘭は手の下の口を釣り上がらせていた。身体も武者震いをしている。
以前であれば自身に匹敵、あるいはアリスのようにそれ以上の魅力を持つ者に対しては嫉妬の感情しか持たなかった清蘭。その笑みは、彼女の精神的成長を何よりも表すものであった。
「あら、大変そうね。ロリィ」
しかし、その笑みは瞬時に消えた。
ロリィの背後から、こちらに近づいてくる者の声。
それを耳にした瞬間だった。
清蘭は鼻血を手で押さえるのを止めると、両拳をグッと握り締める。
瞳に、明らかな敵意と気迫を込めてロリィの、さらに奥を見つめると。
「──アリス」
現れた人物のことを、端的にそう呼んでいたのだった。