九頭龍倫人と──
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も、何も、言わない。
俺を含めて、この場にいる5人の男は、ただ沈黙を貫いていた。
曲がったことが大嫌いで、熱血漢を地で行くイアラも。
常に冷静沈着で、知性と品性に溢れる鬼優も。
いつも明るく笑顔を絶やさず、元気印でもあるShinGenも。
大人びた雰囲気と、周囲への配慮を欠かさない東雲も。
そして──''日本一のアイドル''として、そう在らんとするこの俺、九頭龍倫人も。
苦楽を共にし、気心が知れたという地点などとっくに通り過ぎたはずの俺達は、今この時に初めて何も言えなくなっていた。
いつだって、本音をぶつけ合ってきた。パフォーマンスで上手くいかない時も、何気ないグループ活動の時も、いつでもどんな時でも、俺達の間に''嘘''なんてなかった。
本音をぶつけ合ってこそ、それが本当の仲間だって。それは、俺達5人の中では間違いなく共通の認識だった。
こんなことは初めてだった。本音をぶつけ合って、誰も何も言えなくなるなんてことは──。
「倫人……てめェ……ふざけたこと言ってんじゃねェぞ……!!」
身体の底から何とか絞り出した、そう例えるしかない声を出したのはイアラだった。
沈黙を最初に破るとしたらイアラ以外にいない。俺の予想は当たっていたようだ。
イアラだけは、本当に俺が''ガチ陰キャ''であることを知らなかった。俺も、伝えていなかったのだから。
震えるその拳、いや身体には俺に対し抱く怒りで焼き焦げそうな程だろう。だとしても、俺はイアラの振るう拳を受け止めるしかない。
相応の罰は、受けなきゃならない。俺はイアラに面と向かい、覚悟を決めた。
「あぁ。本当に、ごめん。今まで騙してて……本当に──」
「それじゃねェ! ンなこたァもうどうでも良いんだよッッッ!!」
「……えっ?」
イアラの言葉が一瞬理解出来なかった。
その性格を考えれば、嘘をつかれていたことをイアラが許すはずがない。ましてや、プロ意識も高めのイアラだからこそ、''アイドルのことを忘れて平穏無事に暮らしたい''という俺の動機は尚更許せないはずだ。
だが、そう言った諸々の問題を、イアラの口は既にどうでもいいと発してしまっていた。一体、どうしたんだ……!?
「てめェはッッ──この期に及んでまだ俺様達のことを考えてんじゃねェよッッッ!!」
「ええっ!?」
と、怒号を飛ばしたイアラには結局胸ぐらを掴まれてしまった。落ち着けイアラ! 俺はまだ絶賛大怪我人だぞ!
というか──
「ど、どういう意味なんだイアラ!?」
「言葉通りだァ!! 俺様達のことを考えて''ガチ陰キャ''を続けてる、だァ!? そんなの、この俺様が許すと思ってんのかァァァ!!?」
声の勢いだけを聞くと、顔がガックンガックンとなりそうなくらい前後に揺さぶってきそうな感じだった。だがそこはちゃんとイアラでそんな事などせず、ただ声と胸ぐらを掴む手だけに力を込めていて。
他の皆も、イアラのことを理解しているからか止めようとはしなかっ──!?
「……今回ばかりは、イアラ君に賛成しますよ。僕も」
「そうだよー!! オレも大賛成ーーっ!!」
「……俺もだぞ、倫人」
どうやら、俺は思い違いをしていたようだ。
イアラのことを理解しているから、胸ぐらを掴むのを止めなかったのではなかった。
鬼優も、ShinGenも、東雲も、イアラと同じ意見、気持ちだったからこそ。
今こうして、イアラの手に自分の手を重ねて、俺に怒りの表情を向けているんだ。
「てめェは確かにスゲェ奴だぜ倫人ッッ!! けどなァ、俺様達の恋のことまでわざわざ考えなくたって良いんだよッッッ!! なんせそれは、俺様達自身で何とかすることだからなァァッッッ!!!」
「そうです。確かに、甘粕さんに僕らは好意を寄せています。しかしながら、あなたを蔑ろにしてまで、彼女に言い寄るつもりもありません。たとえ弓引く形になったとしても、僕は後悔しませんよ」
ベッドの左側から胸ぐらを掴むイアラと鬼優が言う。
いつになく、真剣な眼差しで。
「甘粕ちゃんのことは大好きだよ! でも、それと同じくらい倫ちゃんのことだって大好きなんだよオレは! 倫ちゃんが傷ついてまで、オレは学校生活を送りたくないよ!!」
「甘粕さんは確かに魅力的だし、彼女には好かれたいよ。だけど……それで倫人が苦しむことに、俺は耐えられない。いや、耐えられなかった。だから、もう俺達のことは気にしないで良いんだ」
ベッドの右側から胸ぐらを掴むShinGenと東雲が言う。
いつになく、気迫のこもった表情で。
皆から正面切って、本音をぶつけられた。それで分かったことが一つある。
皆が抱いていた燃え上がるような怒り。胸ぐらを掴むことを通して、俺の全身にも伝わってきそうなそれは、俺だけに向けられたものではなかった。
表情や言葉の節々から、それは自身にも向けて放たれていた。俺が''日本一のアイドル''ではなく、''ガチ陰キャ''として学校生活を送らざるを得なかったこと、その一因が自らにあり、それに気づけなかったことを悔いているのだと、俺は感じ取った。
「てめェはよッッ!! いつもそうだぜ倫人ッッ!!! 自分のことを考えなさすぎなんだよッッッ!!!」
「えぇ。全く以てです。あなたは本当に変わらない。それがあなたの良さでもあり悪い所でもあります」
「もう少し自分のことを考えてみなよ! 甘粕ちゃんみたいにさーっ!!」
「あぁ。俺は、俺のせいで倫人が傷ついてることが悲しい。だから……もう少し、自分のことも守ってくれ」
迸る激情、自然と漏れていく本音。
それらを出し切ったのか、皆は一斉に胸ぐらを掴む手を離していく。掴まれていた部分は少し伸びて、縒れてしまっていた。
……そうか、そうなんだ。
俺は……''日本一のアイドル''として、人々に希望を与えて、輝かせることを使命としていた。
それは最早使命というものではなく、いつの間にか''九頭龍倫人''という存在の根幹を成すものになっていたんだ。
それは、これまでの全てが証明している。
音唯瑠の時も。
シロさんの時も。
エデンとエルミカの時も。
そして……清蘭の時も。
俺は、''日本一のアイドル''として皆を輝かせていたと思っていた。けど、そうじゃない。俺の性分というやつなのだろう。ともかくこれは、俺の願いでもあり……呪いでもあったんだ。
自らを傷つけながらでも。
自らを摩耗させながらでも。
自らを蝕みながらでも。
それでも誰かの為に全力を賭していく。尽くしていく。それが、俺の心の芯……魂の部分まで、染み付いているんだ。
……そうか、そうだったんだな。
これまでは、たまたま上手くいってただけなんだ。形として表れていなかっただけで、俺は間違いなく……傷を負っていた。
そして、今回の大怪我はその集約なんだ。見えない傷が重なりに重なって、目に見えるようになって。俺にも周囲の人にも誤魔化し切れない確かな傷に、なって表れたんだ。
「……皆……ごめん……」
ようやく絞り出せたものは、とても弱々しかった。とても、単純な謝罪の言葉だった。
''日本一のアイドル''として、それは到底考えられないような捻りのなさだったけど、構わなかった。
「……皆……ごめん……!」
だってその言葉は……''日本一のアイドル''でも''ガチ陰キャ''でもない、''ただの俺''としての、正真正銘の本音で。
俺は、ただ「ごめん」と何度も繰り返しながら、皆の前で泣いていたのだった。