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”九頭竜倫人”と【アポカリプス】


「えっ……」


 鬼優きゆうの言葉に、俺は一瞬頭が真っ白になった。

 出来れば、聞き間違いだと思いたかった。そうだ、そうに違いない。

 と、俺はそんな淡い期待や願いを悪知恵を働かせる時のように頭にかけ巡らせる。

 しかし……俺のそんな願望は、鬼優の次の言葉で儚くも砕け散る。


秀麗樹しゅうれいじゅ学園におけるカースト最底辺であり、【アポカリプス】の"九頭竜倫人"と同姓同名なだけの男子生徒、そんなものを演じなくても良いのではないでしょうか?」


 真剣で、淡々と言葉を紡ぐ鬼優。

 これをもう聞き間違いだと思う方が無理がある。

 今こうして耳にしている言葉も、目にしている表情も、肌で感じ取っている張り詰めた空気も、全部全部……本物で──現実だ。


「お、おいッ……何言ってんだ鬼優ッ!? 倫人が、あの九頭竜と一緒だとッ……!?」


 俺の代わりに驚愕の声で待ったをかけたのは、未だに信じられないといった顔をしているイアラ。俺の顔と鬼優の顔を何度も見返しながら、はっきりと狼狽えていた。


「嘘だろッ!! だって倫人があの九頭竜と一緒だなんてッ……信じられるかそんなことッ!! なぁッShinGen(シンゲン)ッッ東雲しののめェッッッ!!!?」


「えーそんなことないよ? だってオレは倫ちゃんがクズ君だってこと、倫ちゃん自身から教えて貰ったんだからー」


「何ィッ!!? どういうことだ倫人ォッッ!!?」


「……3月末に『C.C.C.』の初披露ライブをやっただろ。あれに、どうしても呼びたい人がいたんだ。その人の連絡先をShinGenが知ってたから、教えて貰う時に俺のことを話したんだ」


「なッ……あッッ……! 東雲ェ!! てめェも前もって知ってたのかァァァ!!!?」


「いや、俺も知らなかったさ。でも、薄々倫人本人じゃないかなーとは思っていたよ。普段の立ち居振る舞いに倫人の面影があったし、確信したのは1月末の甘粕さんとの対決の時だった。いくらなんでも素人が俺達……"4傑"と互角の戦いを繰り広げるなんて、考えられないからな。他の誰でもない、"九頭竜倫人"を除いて、な」


「ぐっ……うぅぅぅッッッ……!!!」


 これまでのやり取りを受けて、イアラは何とも言えない表情で歯を食いしばる。

 無理もない。俺の正体を実質知らなかったのが自分一人だけだったんだから。

 そして……これまで学園内では散々蔑まれ、罵られ、侮蔑されてきた存在が。ただ【アポカリプス】の"九頭竜倫人"と同姓同名にしか過ぎなかった"ガチ陰キャ"が──正真正銘、【アポカリプス】の"九頭竜倫人"だったと、今知ったのだから。

 今、イアラの心の中は様々な感情が溢れ出してぐちゃぐちゃになっているだろう。友情や義理人情に厚く、熱血漢を地で行くイアラだからこそ、誰よりもショックを受けているに違いなかった。


「倫人ォ……!! どういうことなんだッッ……何で黙ってやがったんだッッッ……!」


「……悪い。騙すつもりはなかった……いや、違うな。騙してて、本当にごめんな。皆に内緒であぁして振る舞っていたのは、【アポカリプス】の"九頭竜倫人"として普段は人々の注目に晒されていた俺は、学校生活でもそうはなりたくはなかったんだ。学校生活くらいは、誰にも気にかけられず、拍手や喝采に包まれず、平穏に過ごしたい……そう思ったからなんだ……」


「だったらッ……! そう言えば良いじゃねェかッ……!! 俺様が率先して倫人を無視するように言ってやるってのにッッッ……!!」


「それは、出来なかった」


「何でだよッッッ!!!」


「……まず、皆に気を遣わせたくなかったんだ。学校生活でも輝きを放っている皆を、俺の我儘だけで振り回す訳にはいかない。普段【アポカリプス】の活動で助けて貰ってるからこそ、皆に迷惑をかけたくなかったんだ。それに……皆はあいつのことが──清蘭きよらのことが好きだったしな」


 不意打ちが如く俺の口から出た名前に、飛びつかんで身を乗り出していたイアラは一瞬でハッとした表情となって。また、鬼優も、ShinGenも、東雲も、思い当たる節がありありと顔に表れていた。


「清蘭は、あの学園の頂点に立つ存在だ。だからこそ、俺をおもちゃにしたい時は周囲に命令するし、周りも嬉々として従うだろう。もしも、イアラの言う通り皆が俺の肩を持つような真似をすれば、清蘭との全面戦争は免れない。違うか?」


「ッ……!!」


「だよな。ただでさえアイドルってのは、恋愛がご法度なんだ。ましてや、それが"日本一のアイドル(俺達)"くらいにもなれば、たった一つの恋愛沙汰があれば引退に直結しかねない大スキャンダルだ。だからこそ皆は猶予期間モラトリアムの、学生生活の時くらいは恋愛をしたかったんじゃないのか。清蘭を好きになって、何度振られても、好きな人を追いかける学校生活を送りたかった。違うか?」


 俺の再びの問いかけに、皆は無言を返す。

 図星、そして肯定。それらが含まれた静寂だと俺は判断し、そのまま続けた。

 俺のありのままの意見を、気持ちを伝える為に。


「俺は"日本一のアイドル"【アポカリプス】の九頭竜倫人だ。だけど、それ以前に"九頭竜倫人"という一個人なんだ。それと同じように、イアラも"荒井あらい大我たいが"、鬼優も"優木ゆうきみこと"、ShinGenも"武原たけはら太郎たろう"、東雲も"雲間くもまあずま"っていう一個人なんだ。俺は……皆が自分・・に戻れる空間を、守りたかったんだ」


 吐き出される俺の気持ちは、嘘でもなんでもない。

 常日頃は''ガチ陰キャ''を装い、自分を騙し他の人を騙している俺。

 それでも今の言葉だけは、【アポカリプス】の皆に伝える言葉だけは、''九頭龍倫人(日本一のアイドル)''でもなく、''九頭龍倫人(ガチ陰キャ)''でもなく、九頭龍倫人(ありのままの俺)''としてのものだ。


 最初は自分の為だけに、''ガチ陰キャ''として学校生活を送っていた。目論見は上手くいって、誰も俺の真実に気づかなかった。

 しかし、''ガチ陰キャ''生活を送るようになって間もない頃、ふと俺の真実をさらけ出しても良いんじゃないか、とも思った。それは、周囲の侮蔑の目や言葉に少し嫌気がさし始めていたことがあって。

 一度、決意したこともあった。''ガチ陰キャ''を止めて、少しは俺としても生きてみようかな、と。だけど……ある日、清蘭に言い寄る皆の姿を見て、そんな俺の決意はなくなった。


 【アポカリプス】の皆もまた、学校生活では一人のただの男子生徒になっていた。俺と同じように、''日本一のアイドル''としてではなく、ただありのままの自分として、生きていた。

 清蘭に恋をしている皆の、ささやかな日々の幸せ。それをしてまで、俺は自分の思うようにだけ生きるつもりなのか──そう思ったら、俺はもう''ガチ陰キャ''として学校生活を終える覚悟を決めていた。


 そして、今日に至るようになり……今に至る。''()()()()()''として、皆に想いをぶつけている、今に──。




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