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倫人と【アポカリプス】


「すっかり晴れたな」


 6月24日の水曜日。

 病室の窓から見えるのは上旬の雨模様が嘘みたいな晴天で。俺は何の捻りもない素朴な感想を漏らす。

 それこそ、今月の頭なんてノアの箱舟を彷彿とさせる猛雨の日々が続いていたこともあって、普段は暑くてうっとおしいとさえ思える夏前の太陽も、凄く綺麗に見える。

 

「まぁ夏が始まれば、また日本全国のヘイトを集めるんだろうがな」


 頑張れよ、太陽。と添えて俺は窓から目を離すと、その視線は自分のスマホに移っていた。

 さて、今日も今日とて自分の投稿の反響チェックだ。

 最早、俺の中で"ツブヤイター"でのエゴサーチは日課になっていた。そりゃあ以前もウェブ検索などでエゴサはしていたけど、あれで見かけるのは芸能関係の記者のコメントとかがほとんどで。

 だからこそ、一部からは魔界やらとも呼ばれている"ツブヤイター"でのエゴサは、かなり面白かった。

 

「おぉ~昨日のも78万良いよに26万リツブヤキーされてる。リプも……数え切れないくらいあるな」


 "ツブヤイター"を始めてから毎日欠かさずに投稿しているが、良いよも再投稿(リツブヤキー)返信リプもその勢いは衰え知らず。俺推しのファンの子を中心に毎日こんな感じに反響があるのは嬉しいことだ。

 しかし……ただ応援してくれる人だけがいるのなら、"ツブヤイター"が魔界だと言われるはずがない。画面をスクロールしていくと、俺は声援リプに混じってとてつもない邪気を放つものを目にしていく。


「『茶番乙』『はいはい自己顕示欲自己顕示欲』『そうやって心配してほちいんでちゅね~』『えらいえらいつよいつよい』『カレーパンください』『前と比べて進歩あったの?』『死ねや』『片方の足もね捻挫しろ』……今日も賑わってるな」


 俺が読み上げていたリプはmいわゆる"クソリプ"と呼ばれるものだ。

 まぁ要するにクソみたいなリプってことだ。投稿内容と全く関連性のない意味のないもの、攻撃的で毒や棘しかないもの、気分を害するような侮蔑的なもの、などなど。

 SNSの普及は様々な情報を知ることに役立ってはいるが、その反面このように匿名であるが故の言論の自由さ、画面越しの相手に対して全く配慮しない輩の存在が目立つようになってしまった。

 もちろん、そんな輩は相手せずにブロック安定だ。しかし、いくらブロックしても相手は無数の悪意、故に捨て垢で何度も何度も攻撃をしてくる。その執念は一体どこから来るんだと、思わざるを得ないくらいに。他者を蹴落とし傷つける暇があったら、自分の向上をしたらどうなんだとその都度言いたくなるが、こればかりはどうにもならない。


「全く、"日本一のアイドル"は辛いぜ」


 ある程度エゴサを済ませると、俺はベッドに寝転がってすっかりと慣れ親しんだ天井を見上げる。

 リハビリまでにはまだまだ時間があるので、その間をどう過ごすか。そう考え始めた時だった。


「?」


 枕元に置いた携帯電話が音を鳴らして揺れる。誰かからの着信だ。

 もしや、前みたいにアリスからの暇潰し着信では……と訝しみつつ、俺は手に取って画面を見る。

 

「……あぁ」


 溜息が出た。

 相手はアリスではなかったが、ある意味彼女と同じくらい疲れそうな相手だったから。

 ふぅ、と深呼吸すると俺は意を決して電話に出る。さて、今日はどんな用事で掛けてきたのやら。


「もしもし、どうしたんですか? ──支倉はせくらさん」


「しもしもー倫人りんと元気~~~!?」


「はい。元気ですよ。支倉さんも大変元気そうで何よりですね」


 大声がうるせーよという皮肉を込めてあぁ言ったが、支倉さんはその真意を解する知能などなく、「でしょでしょ~!!」とさらにうるさい声で返していた。のりで口くっつかないかなこの人。

 とりあえず、このまま馬鹿みたいにうるさい声を耳にし続けるとストレスが一気に最大値まっしぐらだ。手っ取り早く用件を聞くとしよう。


「それで、何の用なんですか? 今日は特に話し合いの日などではなかったはずですが。それとも、俺の"ツブヤイター"運用に何か問題が?」


「あーあー大丈夫大丈夫! 堅苦しい用件じゃないから! まぁ、本人達から聞けば良いでしょ!」


「本人達……?」


何言ってやがんだこの人と、しかめっ面となる俺だったが──。

 

「倫人ォォォッッ!!! 元気かてめえェッ!!!?」


「倫ちゃああああんっ!! やっほーーーっ!!」


「倫人君、どうもこんにちは」


「よぉ倫人。のんびりしてる所悪いな」


「……!


 聞き馴染みのある4つの声。

 それに、俺は目を見開いて驚いていたのだった。







「改めて──よく来てくれたな、皆」


 少し、俺は上ずった声で4人の男達に言い放つ。

 それは、紛れもなく嬉しさから来る外れ具合で。きっとその嬉しさは顔にも表れているのだろう。

 そりゃあそうだろ。

 だって今、俺の目の前にはかけがえのない仲間達が──【アポカリプス】の皆がいるのだから。


「おうよ元気そうで安心したぜッッッ!!! しッッかし広いなこの病室ッッッ!!! まるで都心の高層マンションみてェじゃねえかッッッ!!!」


 砲弾のような声を部屋中に響かせるイアラ。相変わらずのうるささだが、酷く懐かしいような気もして少しも耳を塞ぎたいとは思わなかった。

 にしても、黒のライダースーツってどこかにバイクで出かけたのかって格好だが、相変わらず似合ってるな。


「倫ちゃんここに入院してるんだよね? いーなーっ!! オレも入院したいなーっ!! 仮病で入院出来るかなー!!?」


 「それは無理だぞ」と俺が窘めるも、ShinGen(シンゲン)は瞳を輝かせて病室を見渡している。この無邪気さも随分と懐かしい。

 緑のハーフパンツに無地の白Tシャツ、サンダルに麦わら帽子……まるで田舎のわんぱく小僧みたいなスタイルだが、ShinGenだからこそ着れるなこれは。


「流石は大山田おおやまだグループ付属と言ったところでしょうか。日本、いや世界においてもここまでの設備が整った病院はないでしょうね」


 感心した様子で述べていく鬼優きゆうに、俺もそうだったのかと頷く。この鼻につくようなインテリっぷりも、久しく聞いていなかった気がする。

 しかし……お前どうしてそうなったんだよ。なんでタキシードスーツ着てるの? しかも燕尾の。まぁこの上なく似合ってるから良いけど……。


「大怪我だったとは言え、事務所もよくこんな所を用意してくれたな。まぁ倫人の為を思えば当然なのかもしれないけどな。あ、これ見舞いのリンゴだ。良かったら食べてくれ」


 と、皿に乗ったうさぎリンゴを差し出してくれた東雲しののめ。相変わらずのお兄さん的な包容力と気遣いに、俺は安心しつつリンゴを早速頬張った。

 紺のデニムジャケットにジーパン……。うん、普通だ。しかしその無難さの中にもあるアイドルとしてのオーラを輝かせてこその東雲な訳なんだけど。

 

 と、4人の姿を観察しながら、改めて俺は皆がわざわざ見舞いに来てくれたことに感激すら覚えていた。

 平日の13時過ぎ、もちろん学校では授業中だ。それでも皆は授業をほっぽりだして、俺の見舞いに来てくれた。

 うぅっ……なんて良い奴らなんだろう、本当に。今は何とか演技で顔に"九頭竜くずりゅう倫人りんと"然とした冷静に満ちた微笑みを浮かべているが、油断すると大号泣しそうだ。

 駄目だ……まだ泣くな……堪えるんだ……しかし……!


「み、皆は最近どうなんだ? 学校の方は?」


 と、泣かないように俺は話題を振った。

 なるべく無難で話を続けられそうといったら、近況報告からだろう。


「あァ!! 倫人が投稿した動画のおかげでようやく以前みてェな活気が戻って来たぜッ!! それまでは辛気臭くてかなわなかったぜッッッ!!!」


「倫ちゃんがあの動画投稿するまで大変だったんだよぉ~!? オレがおやつあげても皆全然笑わないしさ~!! 倫ちゃんもいないしすーっごくつまんなかったよ!!」


「そうだったなぁ。俺達も学園を盛り上げようと色々と頑張ってたんだけど……中々上手くいかなかったんだ。改めて、倫人の存在の大きさを知ったよ」


「そうでしたね。全く以て大変でした。倫人君があの動画を投稿して下さって、本当に助かりました。流石は倫人君です」


 皆の口振りから、どれだけ大変だったのかがひしひしと伝わってくる。本当に申し訳ない……足が治っていたら土下座をしたいくらいだ。

 というか、せっかく来てくれたんだから明るい話もしないとな。俺のことも話したいし。


「皆大変だったんだな。ごめんな。たぶん動画を見て知ってくれてるとは思うけど、回復は本当に順調なんだ。この調子なら来月末にはギブスを外せるかもしれないんだ」


「そうなんだーーっ!! じゃあもうそれで退院ってこと!?」


「いや、それは流石に……。でも、学校に通うとかは出来るようになると思うし、激しい動きを伴わない仕事も出来るかもって先生は言ってた」


「おォそうかそうかァッ!! そいつは良かったぜッ!!」


 俺からの明るいニュースに、イアラとShinGenは喜びの表情を見せてくれた。


「……」


「……」


 だが、残る2人。鬼優と東雲は何だか浮かない顔をしていて。

 俺はそれに触れずにはいられなかった。


「どうした? 鬼優、東雲」


「……」


「……」


 何か思う所があるのか、俺の問いかけにも中々答えず。

 イアラとShinGenも気がついて、その場の空気が少し張り詰める。2人も続けて俺と同じような問いかけをした所で


「……鬼優、本当に言うのか?」


「……はい。ここで、ハッキリさせておきましょう」


 そんなやり取りが、小声だったが俺には確かに聞こえた。

 ハッキリさせておく? 一体何をだ?


「倫人君」


「あっ……何だ?」


 呼びかけて来たのは優木。

 その顔はまるで仕事アイドルの時のような真剣なもので。ますますどうしたんだと俺の疑問が深まる中で──優木は言い放った。




「そろそろ……よろしいのではないでしょうか? 秀麗樹しゅうれいじゅ学園がくえんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 俺の秘密に関する、決定的な言葉を──。




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