あたし達は、''日本一のアイドル''になる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ皆!」
「ん? 今度はどしたの?」
「いやあの……怒らないのか?」
「怒る? なんで?」
「プロデューサーさんに落ち度って、何かありましたっけ?」
「ん〜ないんじゃない〜?」
「ないと思いますよ。全くどこにも」
「ないないデス!」
口を揃えて同意見を述べる皆に、最早雄和太は口をあんぐりと開けてしまっていた。
もしかして、清蘭達は【Cutie Poison】の存在を知らないんじゃないか。と、既に質問していたがそんな疑問すらも湧いてしまう。
なので、雄和太は念の為にもう一度聞いてみることにした。今度は、彼女達が''どんなアイドル''なのかも答えられるかどうか。
「あ、あのさ…… 【Cutie Poison】ってどんなアイドルか知ってる……?」
「え? うん。凄いヤツらなんでしょ? アリスとか見てたらまぁ分かるし」
「確か、【アポカリプス】がいなかったら''日本一のアイドル''になっていた、って言われてる方々ですよね?」
「そ〜そ〜。アリスちゃんもそうだけど、各メンバー皆個性が光ってて良いよね〜。ちなみにボクは音無奏ちゃんを推してるよ〜」
「むっ、奏ちゃん推しとは素晴らしいですね。【Cutie Poison】と言えば、ここ最近のアイドルでは【アポカリプス】に次ぐセールスを記録している偉大なるグループでしょう。現に、発売時期が被らなかった場合はオリコンチャートでは圧倒的売り上げで首位に立ちますし。ちなみにわたくしはマッス・リューさん推しです」
「【Cutie Poison】を知らないなんてありえないのデス! デビュー以来ミリオンを途絶えさせたことはなく、女性アイドル史上最速での武道館及び新国立競技場でのワンマンライブ、本当に凄い方々デス! ちなみにワタシはもちろん蕗理野ロリィちゃん推しデスっ!」
ざっくりと雰囲気を掴んでいる清蘭、世間からの評判を知っている音唯瑠、調べたのかメンバーの特徴も答えた白千代、熱量溢れる語り口のエデンやエルミカ、それぞれ答えは異なっていた。
何はともあれ、各自【Cutie Poison】の凄さについては理解していることが分かり、雄和太は頭をかく。
だとしても、だからこそ……皆が怒らない理由が雄分からなかったからだ。
「どうして、俺を怒らないんだ皆は……? あの【Cutie Poison】と同じ日にライブをするのに……? お客さんを全員、あっちに奪われるかもしれないんだぞ!?」
「大袈裟だなープロデューサーってば」
「大袈裟じゃない! 本当だ! 現実になり得るんだよっ!!」
声を荒げてしまい、ハッとして「済まない」と付け加える雄和太。
それでも、自分の言葉を撤回するつもりはなかった。
「……本当に、ありえるんだよ。彼女達がライブをするなら、その場に居合わせた人達は誰もがそちらを向いてしまう、と俺は思う……」
ネームバリュー、そして実力。
諸々を加味して、雄和太は改めて自身の考えを述べた。再び、空気が張り詰めたものになる。
「確かに、皆は成長している。音唯瑠ちゃんも白千代ちゃんも体力がついてきたし、エデンちゃんやエルミカちゃんはますます技術に磨きがかかってきたし、清蘭ちゃんは……かなり精神的に成長した。皆は間違いなく、''日本一のアイドル''に向かって進めているんだ」
これまでの日々を思い返す雄和太。
それぞれが突出した個性を持ち、それを最大限に生かせるようにするのがプロデューサーの務めであり、義務。
それをしっかりと果たしていたつもりだった。皆の成長を実感することで、務めを全う出来ていると思い込んでいた。
「だけど……彼女達と、【Cutie Poison】と真っ向から戦うには、皆はまだまだ力が及ばない。いや……そうじゃない。俺の力が及ばないんだ。指導する期間も、財力も、何もかもが……間に合わない。だからこそ、【Cutie Poison】とライブの日が被るなんてことをしてしまって……俺は……俺は……!」
閉じ込めていた感情が溢れ出す。
デスクの上に置かれた両拳は、皆の目から見ても明らかに分かるほど力が込められていて。
視線を落として見えなくなった顔から、デスクに向かって水滴のような何かが落ちていくのも、皆には見えていた。
「すまない……本当に……すまない……!」
再び謝罪の言葉を口にする雄和太。
それには、切実さを感じるほどの感情が込められていて。清蘭達も言葉を失う他になかったのだった──
「あははははははっ!! プロデューサーのそういうとこなんか久々に見たーーーーっ!!」
しかし、豪快な笑い声が静寂を切り裂く。
涙まみれの顔を上げると、そこには自分とは正反対の表情を、盛大に笑う清蘭の顔があった。
「清蘭ちゃん……?」
「いやーひっさびさに見たなープロデューサーの超ネガティブ! しばらく見なかったから忘れてたけど、最初はそういう感じのキャラだったねそう言えばーっ!!」
「そうですね。私も久々に見ました……」
「ボクは初めて見たな〜。元々はこんなキャラだったんだね〜意外〜」
「白千代先輩には同意です。……プロデューサーがこんなネガティブになってしまうだなんて意外ですね」
「これがギャップ萌えっていうやつデスね!」
(な……何なんだ……この子達は……!?)
自分の流した涙とは裏腹に、清蘭達はそれでもシリアスな雰囲気とはならず。
ここまで来ると、自分の真剣さが伝わっていないのかと逆に不安になってくる。
(もしくは……そっちを聞くべきなんだろうか……?)
清蘭の爆笑が続く中、いつまでも涙を流しているとみっともないのでそれを拭い、精一杯真剣な顔を作ると。
「皆は、【Cutie Poison】とライブの日が被ったのを……どうしてそんなに気にしてないんだ? 彼女達に勝てる根拠が、何かあるのか?」
と、そっちの理由を尋ねた。
ここまで気にしていないとなるとよほどの秘策か妙案があってのものだ、と雄和太は推測をした上で清蘭達からの返事を待つ。
もしも何かあるのなら、自分の想像をも超えて清蘭達が成長していると、喜ぶべきことなのだか──
「根拠? そんなのないわよ」
「ええっ!?」
呆気なく、そんな期待は清蘭の言葉で吹っ飛ばされてしまう。
他の皆の顔色を伺っても頷いていたりと、清蘭の言葉に同意を示しており。驚きの声を出して立ち上がった雄和太は、へなへなと腰を抜かしていた。
「な、何なんだよぅそれ……。どういう事なんだよぅ……」
「大丈夫大丈夫! だってあたし達は天才なんだからっ!! 【Cutie Poison】が相手だろうと、絶対に勝つし!」
子どものように泣き言を垂れる自分に、それでも清蘭はいつものドヤ顔を浮かべていた。
しかし、その言葉には小さくとも大きな変化があって。''あたし''だけではなく、清蘭は''あたし達''と言い切っていたのだ。
それだけでも成長の証ではあったが、ここから更に──清蘭はその先を見せる。
「……実はね、プロデューサーには言ってなかったけど、あたし達、直接会ったことがあるんだ」
「だ、誰に?」
「【Cutie Poison】のリーダー、アリス・天珠院・ホシュベリーに」
「なっ……!? そうだったのか……!?」
「うん。あいつと直接会って、間近に見て、雰囲気とか存在感とか……本当に凄かった。あたし、生まれて初めてだったもん。あたしよりも可愛いかもって、思うような女に出会ったこと」
それまで明るさ保ち続けていた清蘭の声色が落ちる。爆笑していた時とは打って変わって、そのアホ面もまた真剣さと……同時に、苦味を含んだものとなっていた。
「アリスは言ってた。あたし達じゃ、''日本一のアイドル''には絶対なれないって。何の躊躇いもなく、確信して断言してた。その時、あたし達は皆……一度あいつに負けてるんだよ」
清蘭の言葉が空間を静かに、そして重くする。
雄和太は不意に、清蘭ではなく他の皆に意識を向ける。清蘭と同じように、真剣さと苦味を含んだその顔は、まるでその言葉を体現していた。
「アリスは凄い。雰囲気だけでもそれが滅茶苦茶伝わってくるし、だったらそんなアリスがいる【Cutie Poison】も凄いに決まってる。あはは、こう考えるとプロデューサーが謝りまくって泣いちゃったのもちょっと分かるかも……」
ふと諦めたような笑みを零す清蘭。
それを見て雄和太は本当にやってはいけないことをしたのだと直感する。
アリスの存在から目を背けることで、ギリギリの所で保っていた清蘭達の自信を、闘志を、今この瞬間に自分は奪ってしまった。
怒りを通り越して、雄和太は絶望に沈む。
目の前が闇に包まれと何も見えなくなっていた。そのまま意識が遠のいていき……雄和太は心を閉ざしかけていた。
「それでも、あたし達は諦めない。そう、決めたんだ」
闇の中に差す小さな光。
その輝きに気づいた雄和太が顔を上げると、
清蘭が
音唯瑠が
白千代が
エデンが
エルミカが
皆が、希望を灯した瞳をこちらに向けていた。
「アリス達に勝てる根拠なんて何一つない。だけど、それがどうしたって言うの?」
「私達は、まだ舞台にすら立っていないんです。戦う前なのに、勝負自体を降りるつもりはありません」
「何事もやってみなくちゃ分からない〜って、ボクはそう思うんだ〜」
「アリス様や【Cutie Poison】の皆様のことは尊敬しています。ですが、わたくし達は負けるつもりなど一切ありません」
「根拠はないけれど、目指している憧れがワタシ達にはありますからデス!」
清蘭に続き、言葉を紡いでく皆。
それを聞く内に雄和太の世界を覆っていた闇は消えていき、代わりに煌々とした輝きに目が眩みそうな程で。
「あたし達は、''日本一のアイドル''になる。どんなことがあっても立ち止まらずに、どんな奴がいてもぶっ飛ばしてその輝きに向かって突き進む。それがあたし達── 【12345!だよ、プロデューサー!!」
最後に清蘭がそう言い放ち、皆が笑顔を浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、雄和太の瞳からは再び涙が溢れ出していたのだった。