雄和太の告白
「あたし達が……来たっ!!」
「こんにちは、プロデューサーさん」
「プロデューサーやっほ~」
「こんにちはプロデューサー、本日も宜しくお願い致します」
「よろしくデースプロデューサーさんっ!」
その日の放課後。
清蘭達はいつも通り881プロの事務所を訪れていた。
秀麗樹学園から向かう清蘭、音唯瑠、エデン、エルミカと、都内の大学から向かう白千代。今日はたまたま合流することが出来て、5人揃ってプロデューサー──矢場井雄和太にそれぞれ挨拶をしていたのだった。
「……」
雄和太もまた、いつも通り事務所に1つしかない自身兼雑務用のデスクに座っていた。
しかし、その口が「やぁ、こんにちは」と発し、穏やかな表情を見せる"いつもの"は今日はなかった。両手を組み、その上に顎を乗せて顔を支え、如何にも深刻な雰囲気を放っている。
「どしたのプロデューサー? そんな顔して」
そんな空気の中をすっとぼけた顔で切り込んでいけるのは清蘭だった。
皆が身構える中で一歩踏み出して尋ねると、雄和太はようやく口を開く。表情は深刻なままで。
「皆……すまない」
「え? 何よ急に?」
「ど、どうしたんですかプロデューサーさん……?」
「何かあったの~? お腹痛いとか~?」
「それではわたくし達に謝らないかと思いますが……ともかくどうしたのですか?」
「何かトラブルでもあったデスか?」
雄和太の突然の謝罪に、困惑する一同。
それぞれがその理由を考える中、先に勘づいたエデンが狼狽を隠し切れずに口を開く。
「もしかして……デビューライブが出来なくなったんですか?」
瞬間、皆はハッとした。マイペースで普段は滅多に表情を変えない白千代ですらも、驚愕の波が顔全体に表れるほどに。
「ど、どういうことなのプロデューサー!? ライブ出来ないの!?」
「そ、そんな……嘘ですよね!? 嘘だって言って下さい!」
「会場が使用出来なくなったなら、ボクのポケットマネーから利用料出すから~!」
「ここまで頑張ってきたのにライブ出来ないなんて嫌デスーーーっ!!」
エデンの言葉をきっかけに、雄和太に押しかけて皆は叫ぶ。
それぞれが、それぞれに出来ることをして、あるいは出来ないことに挑んで。歯を食い縛り、時に不甲斐なさや悔しさに涙しながら、今日に至るまで努力を積み重ねてきた。
それが台無しになる、あるいは無駄になる。それを避けたくない人間などいるはずがない。ましてや、ここにいるうら若き少女達は強く焦がれる存在──"九頭竜倫人"がいるため、想いは殊更に強かった。
今にも激怒しそうな清蘭
今にも泣き出しそうな音唯瑠
今にも顔色を失いそうな白千代
今にも崩れ落ちそうなエデン
今にも逃げ出しそうなエルミカ
彼女達の視線を一身に受けながらも表情は変えず、雄和太は答えを告げる。
「いや、そうじゃない」
「えっ……?」
「ライブは問題なく出来る。別に会場が使用出来なくなった訳じゃないんだ」
「な、何だ……そうだったなら早く言ってよぉー! 焦ったぁ~!」
文句を言う清蘭のみならず、皆はへなへなとその場に腰を抜かして座り込んだ。
が、「だけど……ある意味会場が使用出来なくなったと同じような問題が起きた」と続けた雄和太に、皆は即座に立ち上がりデスクの前に再集合する。
「どういうことなの!? ハッキリ言ってよ!」
「……」
「プロデューサーっ!!」
「……分かった。皆は【Cutie Poison】は知っているかな」
「【Cutie Poison】って……あの女がいるグループじゃん。それがどうかしたの?」
「実は……彼女達と──ライブの日が、被ってしまったんだ」
雄和太は深刻さを隠すことなく。
あるいは隠すことが出来ずに、皆に現状をを告げる。
「彼女達のニューシングルである『Die Kill a 唯』の初披露ライブ、それが事務所の公式発表でついさっき告知されたんだ。しかも……その会場は皆がライブを行う会場と同じ最寄り駅の場所で、極めつけに……皆よりも早い18時からのライブをするんだ」
声色から落胆を隠し切れない雄和太。そして、自身への自責の念も。
(俺は……なんて安直な選択をしたんだ……! 時期的にそろそろ【Cutie Poison】のニューシングルが来る頃だと分かっていたはずなのに……! アリスの気分を考慮すれば、避けられたはずなのに……!)
思わず腕の血管が浮かぶほど、デスクの下で拳を握り締める雄和太。
沸騰しそうな怒りに頭が焼き切れそうになる中、ここでアリスが浮かんだのには訳があった。
【Cutie Poison】というグループは様々なアイドルが居る中でもかなり特殊であり、マネジメントはリーダーであるアリス自身が行っている。さらには、各シングルの方向性や発売日に至るまで、全て彼女の気分次第となっており、事務所はただの微調整や各情報を発信するといったスタンスという、極めて異例の関係性にあった。
7月7日、七夕の日。そんな分かりやすい日をアリスが逃すはずがない。
「本当にすまない皆、俺が安直な判断をしたばっかりに……! 皆を見に来るはずだった人達も、【Cutie Poison】のライブの方に流れていくに違いない……。……本当に本当に……済まないっ……!」
頭を下げ、謝罪の弁を何度も口にする。それだけで到底許されるはずがないと分かっていながら。
清蘭達をプロデュースする立場でありながら、最も避けなければならなかったことを避けられなかった。ただでさえ無名である自分の事務所に所属してくれた、大きな可能性を秘めた5人。しかし、そもそもその存在を見てすらも貰えなかったのなら、その魅力を伝える事など出来やしない。
文句すら言わせず、厳しいレッスンや言葉にも耐えて、努力を続けて来てくれた皆。そんな皆に申し訳が立たなすぎて。自分の不甲斐なさに身が焼き切れそうだった。
今もしも一人だったなら壁に頭を打ちつけ、血が出てもなおそれが溢れるくらいまで頭を打ち続けたい。そんな衝動に雄和太は駆られていた。
「……」
無言を貫く清蘭達は、当然自分を許してはくれないのだろう。しかし、それで構わない。
どんな罵倒も、甘んじて受け入れる。何なら殴られたって良い。頭をカチ割られたとしても文句は一切ない。
それほどの覚悟を持って、雄和太はようやく下げていた頭を上げる。彼女達が一体どんな失望の顔をしているのか、それを確認する義務があるからこそ。
「なーんだ、全然謝ることないじゃん! ねえ皆?」
「……えっ?」
「はい。良かったです……ライブが出来なくなった訳じゃなかったんですね」
「だね~。ボクも禁じ手のポケットマネー使わずに済んで良かったぁ~」
「良かったです……。しかし、元はと言えばわたくしの早とちりが原因ですし、皆さん申し訳ございませんでした」
「あーびっくりしたー! ライブが出来るんだねーやったぁー!!」
「!!??」
皆の反応は、あまりにも予想外のものだった。
鼻が折られ歯が折られ、目を潰され鼓膜を潰され、頭をカチ割られるくらい殴られることを覚悟していた雄和太は、ある意味それ以上の衝撃に襲われていた。
自分のとんでもない失態を、清蘭達はあっけらかんと受け入れていたのだから。