九頭竜倫人"再始動"②
「歩……いた……」
倫人が右足を一歩踏み出した所で動画が終わり、静寂の中で驚いていた5人の内。
その言葉を呟いたのは清蘭であった。まるで信じられないと言った顔もしていたが、すぐにその顔は変わることになる。
「やったーーーっ!! 倫人、歩けたーーーっっっ!!!」
「倫人さんおめでとうございますーーーっ!!」
「倫人君おめでと〜〜〜っ。ボクすっごく嬉しいよ〜〜〜っ」
「流石は師匠っ!! おめでとうございますっっっ!!!」
「わーいわーい!! 師匠が歩けましたデスーーーっ!!」
清蘭も、音唯瑠も、白千代も、エデンも、エルミカも、その顔は歓喜に満ちたものとなっていて。まるで倫人がとてつもない偉業を達成したかのように喜び合っていた。
「あっ……次の動画です!」
歓喜の輪の中、倫人が続きの呟きをしたことに気がついた音唯瑠。
それを聞くとどんちゃん騒ぎに近かった皆も居座り直し、再度携帯の前に集合。笑顔を真剣な表情に変え、倫人の次の言葉を待つ。
動画が再生され始めると、そこには最初の動画と同じように病室のベッドの上で起き上がり、右足を固定具で支えている倫人の姿があった。
「動画、見て頂けたでしょうか。あれが、今の俺の……''日本一のアイドル''、九頭龍倫人の、最大限です」
そう話を始めた倫人の顔は、またも最初の動画と同じように真剣なものとなっていた。
「これまで、''日本一のアイドル''として皆さんの前でパフォーマンスを披露していたことを考えれば、一歩すらも踏み出すのに精一杯な今の俺は、とても無様に見えることでしょう」
「そんな事ないっ……! 倫人カッコよかったよっ!」
倫人自身の否定的な言葉に反論したのは清蘭。その瞳は酔いが回っているからか、それとも感動しているからか赤くなり潤っていた。
「そうですよ倫人さんっ……! 凄いですよっ……!」
「そんな事ないよ倫人君〜。凄く凄く、カッコよかったよ〜」
「師匠が格好悪いだなんてこと、一瞬たりとも思ったことなどありません!」
「師匠はいつだってカッコイイデスっ! 無様だなんて思いませんデスっ!」
清蘭に続き、動画の倫人に対して言葉を投げかけていく皆。その瞳は清蘭と同じもので。
そして、想いもまた同じであった。倫人が──好きな人が精一杯に頑張る姿、それがカッコよくない訳がない、と。
それを倫人自身が否定するような言葉を聞き、我慢出来なかった。直情的ですぐ心の中を口にする清蘭がきっかけになったとは言え、皆も想いを発さずにはいられなかったのだ。
悲痛を表情にしながら、次の倫人の言葉を祈るように待つ5人。また否定的な言葉が出たらどうしよう、と思ってもいた……が。
「それでも、俺は見せたかったんです。今の俺に出来ることを、今の俺に伝えられることを、全ての方に」
強い眼差しを、''日本一のアイドル''としての瞳をして告げた倫人に、何も言えなくなっていた。
いや、何も言う必要が、なくなっていた。
「確かに、今の俺はあぁして一歩を踏み出すのが精一杯です。無様かもしれないですし、情けないかもしれないです。それでも、俺は胸を張ります。今の自分が出来ることを、今の自分が頑張れることを。俺は、俺を笑いません」
倫人は迷いなく、言葉を紡いでいく。
それは確固たる意思がある言葉、揺るぎなき信念あってこそのものであり。倫人自身の強い想いを感じずにはいられなかった。
「俺が怪我をしてしまい、たくさんの方にご迷惑をおかけしました。特にファンの皆様、本当に深く悲しまれたと思います。ですが……ご安心ください。俺は、ここにいます。''日本一のアイドル''九頭龍倫人は、今もなお変わらずに、一日一日を精一杯、生きてます」
そこで、温かい微笑みを浮かべる倫人。
今の自分はまだ一歩しか踏み出せなくて、かつてのパフォーマンスなど程遠い状態。
それを分かっていたら、普通は焦ってしまうはず。だが、倫人の浮かべる笑みは、全くそれが感じられなくて。寧ろ、幸福すらも伝わってくるものであった。
「俺は本当に幸せ者です。大怪我をして入院してから、常日頃応援してくれる皆さんの存在の大きさを改めて知りました。だからこそ、そんな皆さんを悲しませたくない……いや、悲しませたのなら、それ以上に皆さんを笑顔にしたい、輝かせたい、そういった想いが芽生えてきました。そして、今の自分だからこそ見せられる輝きを伝えたくて今回''ツブヤイター''を始めさせて頂きました」
ここで、倫人が''ツブヤイター''を始めた理由が判明する。
しかし、それは最早オマケのようなものとなっていた。清蘭達は、ただ見とれていたのである。
''日本一のアイドル''、九頭龍倫人。
彼を彼たらしめているのは、圧倒的な歌唱力やダンスや神に選ばれたビジュアルでもなく。
眩いばかりに輝く、強い意志や精神性であった。
「最後になりますが、発信自体はさほど出来ませんが、今後も''ツブヤイター''はやっていきます。お時間のある時に見て頂ければ、幸いです。それから……待っていてください。必ず、【アポカリプス】の皆やファンの皆さんの元に、俺は帰ります。では、九頭龍倫人でした」
最後にそう告げて、深々と頭を下げる倫人。
動画はそこで規定の140秒に達し、終了していた。画面にはもう一度再生するという表示が映し出され、少し暗くなっていて。5人は動画が終わっても何も言えずに呆けるに近い状態だった。
呟きのタイトル通り、九頭龍倫人の''再始動を見届けた5人。その余韻が全身を駆け巡る中。
「……! 清蘭さんっ……?」
突如、音唯瑠が声を上げる。意識の行き先は清蘭。
一体どうしたのかと、他の皆も清蘭の方に目を向けると、驚かずにいられなかった。
「ひぐっ……ぐすっ……」
それは、清蘭が泣いていたからだった。
先程のように瞳を潤わせるとかそんなレベルではなく、ぽろぽろと光の粒を零して声を出してしまうほど分かりやすくなっていて、すぐさま皆は心配の声をかけていく。
「清蘭さん、どうしたんですか!?」
「大丈夫〜清蘭ちゃん〜?」
「清蘭先輩大丈夫ですか!?」
「遂にオレンジジュースでお腹が痛くなったデスか!?」
「ずびっ……ひっく……違うよぉ……」
皆に心配されながらも、エルミカの推理だけはしっかりと否定する清蘭。
音唯瑠が背中をさすり、エデンが頭を撫で、エルミカは肩を叩き、白千代は画面越しに「よしよし〜良い子良い子〜」と声をかける。そんな中で
「倫人ってば……ズルいよ……!」
清蘭が次の言葉を発する。
倫人がズルい、と言うのは清蘭の性格を考えるとあんな動画を出して目立っていたことだと誰もが思っていた……が。
「なんでっ……あんなにカッコいいの……? 反則じゃんあんなのっ……!」
そこにいた皆の予想は、清蘭のその一言によって覆された。
思わず感極まり泣いてしまうほど、清蘭にとって先の倫人は格好良く映っていたのだ。
それは、倫人への想いを同じにする皆だからこそ分かることでもあって。
「何なのよあいつっ……! ますます好きになっちゃったじゃんっ……馬鹿ぁ〜……!!」
清蘭は盛大に泣いた。
音唯瑠も、白千代も、エデンも、エルミカも。
誰一人その涙を止めさせることはなく、そのまま微笑みを浮かべながら清蘭の傍に居続けたのだった。