九頭竜倫人"再始動"①
「皆さんこんにちは。あるいは初めましての方もいらっしゃるかと思います。芸能事務所の"ジョニーズ"で【アポカリプス】というグループで活動をしているアイドル、九頭竜倫人と申します」
──九頭竜倫人"再始動"──そう銘打たれた、倫人の"ツブヤイター"での初めての呟き。
その動画は、今の倫人のあるがまま全てを明らかにしていた。病院のベッドに座り、大怪我をした右足はギプスで厳重に保護された上に備え付けの機材によって固定されている。
倫人自身は真剣な表情をしたままカメラに、その奥で見てくれる人全てに向かって告げた。
「俺が入院してから1ヶ月ほどが経ちました。既に事務所から公表されているとは思いますが、手術は無事に成功し、順調に快復に向かっています。見て分かると思いますが、俺も元気です。とは言え、まだ足は全く動かせそうにはない状態ではありますが」
少し苦笑をしつつも、自身の状態を嘘偽りなく報告する倫人。
その様に、動画を見ていた皆は安堵していた。音唯留、白千代、エデンにエルミカ、さらにはそれまで倫人にクソリプを送ってやろうと息巻いていた清蘭ですらも、「良かった……」と口にしていた。
苦笑いを消すと、改めて倫人は真剣な表情を作り。
そうして、自身の"ツブヤイター"開設の経緯を語り始めていた。
「改めまして、皆さんにご報告したいことがあります。まずは、この俺九頭竜倫人個人による"ツブヤイター"を、始めました。これは、社長であるジョニーさんも立ち合った上での事務所での入念な会議と、俺自身の意思と合意に基づいて決定されたことです」
一月前に行った記者会見同様、真摯さと真面目さを全面に出して話を進めるその様は、"日本一のアイドル"足る威厳にも溢れており、清蘭達は無言でそれに魅入る。
あるいは、これから倫人が話すことを清蘭達は皆知りたがっていたとも言える。異例の決定とも言える倫人個人の"ツブヤイター"開設、その訳を。
「何故、俺個人の"ツブヤイター"を開設することになったのか、その理由は……」
しばし無言になり、間を作る倫人。
清蘭達もただ黙って次に出る言葉を待ち、まさに固唾を飲んで見守っていた。
「それは──次の動画で、発表致します」
「ズコーーーーーーーーーーっっっ!!」
思わず清蘭は机の上にずっこけた。見間違いなどではなく、動画は本当にそこで終わっていて。当然、清蘭以外の皆も目を点にしたりしてぽかんとしていた。
ずっこけた衝撃で缶を生徒会室中に散らばらせたのは流石に清蘭ぐらいであったが。
「えっ!? 嘘でしょあれで終わり!!? ちゃんと説明しらさいよ倫人ォーっ!!」
「お、落ち着いて下さい清蘭さん! 次の動画で発表するって倫人さん言ってますから!」
「あ、そーなの? にしてもなんでそんなまどろっこしい真似してんのよ倫人の奴」
「"ツブヤイター"って動画は140秒までだからね~。さっき見たらちょうど終わりが140秒だったよ~」
「れもさーシロさん、それならそれで140秒にまとめて欲しいってもんらわよ! 昼休み終わっちゃうれひょーっ!」
「まぁまぁ、昼休み終わるのにあと10分もありますから、落ち着きましょう清蘭先輩?」
「そうデス! きっと師匠なら納得のいく理由を説明してくれますデスよ!」
「本当~~~? また次の動画ってなったらクソリプの嵐叩きつけてやるんにゃから!」
先ほどのお預けによほど苛立ったのか、またも缶を開けては酒を馬鹿飲みしていく清蘭。それを宥める4人は、さながら居酒屋で悪酔いした輩を落ち着かせているような苦労を味わっていたのだった。
「あっ!? 新しい倫人さんの呟きがされましたよ! こちらですっ!!」
「ぶーーーーーーっっっ!! ホントっ!? 早く見せてよ音唯瑠っ!!」
「わにゃあああジュースがああっ!! 目がぁああ目があぁぁああっ!!」
「うわぁ大丈夫かあぁぁあぁ!? しっかりしろエルミカぁああああ!!」
「何この地獄絵図~すご~い~それからボクにも動画見せてくれない~?」
音唯留が新しい呟きを発見し。
それを聞いた清蘭がオレンジジュースを噴き出しながら食いつき。
それが目に入ってエルミカは悶絶し。
苦しんでいる愛すべき妹の心配するエデンに。
状況にマイペースにツッコミを入れる携帯越しの白千代。
愉快な空間が生まれつつも、すぐさま5人の意識は倫人の動画に移る。画面越しの白千代も見れるよう、集めた空き缶に携帯を立てかけると、5人はじーっと動画が始まるのを待った。
「あっ……」
読み込みが終わり、動画が始まる。ふと声を出してしまったのは清蘭だった。
とは言うものの、声を漏らしたい衝動に駆られたのは他の皆も同様だった。今再生されている映像を目にすれば。
「はぁ……はぁ……」
画面に映っているのは、息を切らして汗だくとなっている倫人の姿。
それは過去のライブ中の映像などではなく、現在入院をしているもので。さらに言えば──両足で立っている。
身体のすぐ両側に支える為の手すりがあるものの、倫人は複雑骨折という大怪我をした右足を、しっかりと床につけていたのだ。
「落ち着いて、まずは右足で一歩目を踏み出してみてください」
「はい……!」
ギプスが外され、痛々しい手術痕を晒した右足。それを、倫人は汗まみれの必死の形相で動かそうとする。
だが……
「くっ……ぐっ……あっ……!」
苦悶の声を出して歯を食いしばるも、倫人は右足を動かすことが叶わない。プルプルと震えるばかりで、全く前に進めなかった。
これは──倫人のリハビリの様子を撮影したものだ。それを理解した清蘭達は息を飲んだ。
自分達が当たり前の中の当たり前である歩く''という行為自体、それが今の倫人にとってどれだけ大変なことなのかを流れている動画は証明するものだった。
「はあっ……ぐぐっ……ぎぃっ……」
「焦らず、落ち着いて、ゆっくりと、自分のペースで良いんです。一歩を踏み出す、それだけを考えてください」
「はいっ……くうっ……おぁぁ……!」
リハビリを指導してくれる技師の助言に頷きつつ、倫人は何度も何度も、''歩く''のに挑戦し続ける。
右足が僅かに床から離れ、苦しみ喘ぐ声を無遠慮に出してでも歩き出そうとするが……その''一歩''は、踏み出せないでいた。
「倫人、頑張れっ……!」
そんな声が、突然生徒会室に響く。
応援の言葉を最初に放ったのは清蘭だった。歩くことすらままならず、しかし諦めずに進もうとしている倫人に、映像だと頭で分かっていても、心は選んでいた。
倫人を応援したい、倫人を支えたい、そんな想いが自然と言葉となっていたのだ。
「倫人さんっ、頑張ってくださいっ……!」
「倫人君〜頑張れ〜……!」
「師匠! 頑張ってください!」
「師匠! 頑張ってくださいデス!」
清蘭に触発される形で、音唯瑠も白千代もエデンもエルミカも、皆が倫人に声援を送り始める。まるで目の前で見ているように、悲痛な表情を浮かべながらも応援の声は絶やさないでいた。
「ぐぅぅっ……! おぉぉおおっ……!」
そして。その声に呼応するかのように倫人の右足は徐々に高く上がり始めていた。初めは床から数cmとう高さまでしか上げられなかった右足は、今では歩く時とほぼ同じくらいまでに達していて。
「倫人っ!」
「倫人さんっ!」
「倫人君〜!」
「「師匠っ!!」
清蘭達も精一杯の応援の声を出す。右足が前に進むように、''一歩''となるように心の底から願った。
想いを託し、叫んだ。''日本一のアイドル''である倫人を支える為に、ではなく。
ただ、大好きな人の為に。
皆の声が同時に上がり、想いが高ぶったその時──倫人の右足は、''一歩''を踏み出していた。