九頭龍倫人、アレを始めます。
「にゃははは、皆見てぇ〜〜!! 倫人の方から電話掛かってきたんらけどぉ〜!!」
「ええっ!?」「なっ!?」『ほあっ!?」
酔いが引かず面白がって報告した清蘭とは裏腹に、音音唯瑠、エデン、エルミカの反応は揃って驚きに、満ちたものとなっていて。
すぐに駆け寄り、携帯の画面を確認するとそれが悪ふざけでなく事実であったのだから、さらに驚愕は深まっていた。
「ほ、本当ですね……。こんな時に倫人さんが電話……」
「い、一体どういう事なのでしょうか? 音唯瑠先輩から電話を掛けようとしていた所で師匠の方から……タイミングが良すぎますよ」
「ひょ、ひょっとして清蘭先輩の暴飲っぷりを第六感的な超人的な感覚で感じ取って、注意しに来たとか……?」
「らひゃひゃひゃ〜!! 細かいことは良いじゃないら〜〜〜!! とりあえず出て見れば分かるってにょーーーっと!!」
「「「あ!!」」」
酔った清蘭は通常よりもさらに浅慮で勢いでしか行動しない為、3人は心の準備をする間もなくその声を聞くこととなった。
「よーもしもし。清蘭。今時間はあるか?」
音唯瑠にとっても、エデンにとっても、エルミカにとっても、返し切れない恩のある恩人であり想いを寄せる好きな人──倫人の声が。
「らははははは倫人〜!? あたしなら全然あるわほ〜っ!! ついでに言うとまだまだ酒もあるわよ〜!! 酒を飲み干せ〜〜〜っっ!!」
「……何を言ってるのかよく分からんが、まぁ時間はあるって事だな。分かった。じゃあ手短に話すぞ。俺さ、''ツブヤイター''を始めることにしたんだ。それでこの後13時から初めての呟きと一緒にある動画を載せるから、見てくれ」
「らひゃひゃっヒャッハーーーっ!! 倫人聞いてよ〜!! あたしってばさー今日さー凄くてさー!! アヒョアヒュアヒャア!!」
「……まぁ伝えることは伝えたし、用件も済んだから俺は切るわ。じゃあな、あんま飲みすぎんなよ」
「うぇえ〜!? ちょっと倫人倫人〜〜〜!? 何なのよあいつ〜付き合い悪いらね〜〜〜!!」
長く絡まれると面倒なタイプだと悟った倫人は早めに電話を切り、清蘭は不満たらたらに携帯を放り投げていた。流石に''日本一のアイドル''にして清蘭の幼馴染である。
倫人に電話を切られたことから、清蘭は半ばヤケ気味にオレンジジュースの缶をますますグビグビと飲み干していくようになったが。
「……んん?」
その暴飲が止まったのは、音唯瑠もエデンもエルミカも、顔にあわわわと書いてあるようなくらいに慌てふためいていたからで。
「ちょっと〜どうしたのよみんらぁ〜?」
「だ、だだだだだって……清蘭さん……!」
「しっ、ししし師匠が……あの九頭龍倫人師匠がっ……!」
「つ、つつつつつ''ツブヤイター''を始めるんデスよデスっ……!!」
「らぇ〜?」
3人が目の前でUMAを発見したかのような驚き具合で説明をしても、酔っている清蘭には何のことやら。
しかし、これは本当に凄いことなのである。''日本一のアイドル''である九頭龍倫人が、個人的なSNSを始める──それがどれだけ衝撃的なことなのか。少し考えれば分かる事であった。
倫人や【アポカリプス】が所属するジョニーズ事務所は、基本的に所属しているアイドル個人のSNSは許可していない。
それは、些細な呟きによって炎上したり、また熱心が裏返り粘着質と化したファンあるいはアンチによるネット上のストーカー行為を受けてアイドルのメンタルが傷つかないように、と言った配慮からであった。常日頃SNSで何かしらを呟いては炎上する芸能人、というのは珍しくもなく、それがあるからこそジョニーズ事務所はより敏感になっていた。
しかし、先の倫人の発言が本当であれば……''日本一のアイドル''である倫人が、''ツブヤイター''というSNSを個人的に運営していく──これはある種の大事件と言っても差し支えなかった。
「さ、早速見に行かないと……! あぁでも13時からって行ってたからあと5分待たなきゃ……! シロさんにも言ってあげないと……!」
「ま、ままままさか師匠が''ツブヤイター''を始めるだなんて……凄い凄すぎるッ! 師匠はアイドル界の常識を尽く覆していきなさるッ……!」
「ど、どんな動画なんでしょうかデス! まだ入院してるからベッドの上からご挨拶〜とかでしょうかデス!? ワタシ、気になりますデス!!」
「……」
イマイチ事の重大さがピンと来ない清蘭は、3人があわあわと緊張していることに疑問を抱くしかなかった。
しかし……徐々に別の感情が芽生えて来てもいた。
(何なのよ倫人の奴……勝手に電話して来たと思ったら、あたしの話すら全然聞かずに電話切りやがって、しかも皆の注目をまた奪いやがって……!)
前半はともかく、後半は完全にただの逆恨み。
だが清蘭にとっては倫人への怒りをふつふつと煮え滾らせることに変わりはなく、我を忘れてすぐに行動に出ていた。
倫人に文句の電話を──ではなく、音唯瑠達と同じように自身も''ツブヤイター''を開いて。
(現実でも皆の注目を集めて、SNSでもそうしようって魂胆なんでしょ。だったら、教えてやるわよ。SNSの恐ろしさを!)
検索欄に九頭龍倫人と打ち込み、ユーザー一覧を表示。指でスワイプし更新しては倫人本人のアカウントが表示されるまでそれを繰り返す清蘭。
(今日から''ツブヤイター''を始めるあんたに!! このあたしが!! クソリプを送りまくって初日から挫折させてやるわ!!)
ぐへへへと下卑た笑みを浮かべると、清蘭はそのまま倫人の本人アカウントを血眼で探す。もちろん''ツブヤイター''内には倫人のなりきりや名言Botなども無数に存在し、どれもこれもがややこしい影武者のような役割を担っていた。
しかし、そういう時はアカウント名の横を見れば一発で本人かどうか分かる。こう言った場合、それが本人だと識別出来るように✓印の認証マークがあるのだ。
つまり''九頭龍倫人✓''というアカウントが、倫人本人のものだ。清蘭はそれを見つけ次第、クソリプを送ってやろうと悪ガキのような下らない作戦を決行していたのだった。
「いや〜凄いね〜驚いたよ〜。倫人君が''ツブヤイター''で公式アカウント作るなんてね〜」
「ですよね! でもシロさんあんまり驚いているようには見えないんですけど……」
「こう見えても驚いてるよ〜。ボクもアカウント作ってフォローしよっかな〜?」
誰の携帯で掛けたのかは清蘭は分からないし知る気もなかったが、白千代とも無事に電話が繋がっていて。
こうして5人は、倫人の公式アカウントが出来るその時を共に、今か今かと待ち詫びた。
そうして──遂にその時が来る。
「来っ……たぁぁぁああああぁあああぁぁぁあああああああぁあああぁっっっ!!!!!」
大物が釣り針に掛かったかのように、清蘭が大声で叫ぶ。
探し求めた''九頭龍倫人✓''というアカウントが、ようやく画面に表示されていたのだ。
誰よりも早くそのページを開き。
誰よりも早くフォローを行って。
誰よりも早くクソリプを投げつけようとした清蘭……だったが。
「──!」
その時、同時に目にあるものが飛び込んで来る。
それは倫人自身による初めての呟きで。
タイトルは──''九頭龍倫人【再始動】''という、動画つきのものであった。