アリスと清蘭
【──起きなさい】
「……ん……」
【もうゴリさんからのマッサージも終わったわ。筋肉疲労はほぼないはず。だから、もう起きれるでしょう?】
「むにゃむにゃ……おばぁちゃんあと5分……」
【聞き分けの悪い子ね。今すぐに……】
「──起きなさい」
「ひあああぁああっ!? なにっ!? ここどこっ!? っていうか身体いったぁーっ!!」
耳元でした艶かしい声と吐息。
それにより、清蘭は無理やり起きる羽目になる。
が、声の正体など一切気にかけずに清蘭は思うまま口と顔を動かす。気がつけばふかふかベッドに包まれていて、どうりで快眠していた訳だと納得すると同時に、自身の眠りを妨げた不届き者を忙しなく首を振って探していく。
「ふふ、元気な子ね」
「っ……!?」
その''答え''は、すぐ傍にあった。
自身が眠っていたベッド、その隣に佇む人影。
それを目の当たりにした時、清蘭はかつてない感覚に襲われていた。
これまでに感じたことのない感覚、感情は、視界に飛び込んで来た銀髪の美少女を見たことで生まれていた。
焼け付くような、ムカムカとした気持ちが心の奥底から湧き上がり、身体も熱くさせるほどで。布団の中で両手を握りしめながら、清蘭は美少女に問いかける。
「あんた……誰……?」
「初めまして、甘粕清蘭さん。私は【CUTIE POISONのアリス・天珠院・ホシュベリーです」
「アリス……天珠院……ホシュベリー……?」
美少女は──アリスは優美な笑みを浮かべて自己紹介をするも、清蘭はその微笑みを見ても全く熱は和らぐことはなかった。
先程の声の正体が彼女であることも知り、謎が1つ解けたことはあったが、余計に清蘭は変な熱を抱いてしまっていた。
「あたしに何か用があんの?」
「いいえ。私はスペシャルルームでトレーニングする為に来ただけで、別にあなたに興味がある訳じゃないわ。まぁ強いて言うなら興味がほんのちょっぴりあるのはあなた達に、と言うべきかしら?」
「あなた達……?」
「隣の子達、あなたの仲間じゃないの?」
「あっ……」
アリスに意識を向けすぎていたことで、清蘭は気づかなかった。
自分が眠っていたベッドと同じようにして並べられたベッドに、音唯瑠、白千代、エデン、エルミカ……彼女の言うように''仲間''がいたのだから。
「確かに、あたしの仲間達だよ。でも、どういうことよ、あたし達に興味があるって」
「言葉通りよ。あなた達、スペシャルルームの利用ご許されたあなた達を……私は知らなかったもの。あそこは、ジムの中でも限られた会員しか利用が出来ないんだから」
「そうなの?」
「えぇ。寧ろあなた達も知らなかったことに驚きだわ。ふふっ、あなた達にもっと興味を抱いちゃったわ」
会話をする中で微笑みをさらに魅力的なものにするアリス。
しかし、清蘭にはどうしてもその微笑みが気に入らず。そして、性格上清蘭はそれを隠す気もなかった。
「その笑顔、止めてくんない?」
「あら、どうして?」
「あたしがイライラするから。やめてよ」
「……嫌だと言ったら?」
「あたしが嫌だって言ったらさっさとやめてよ」
向こうが人当たり良く接してくるも、清蘭は構わず辛辣な雰囲気と顔を貫いていた。
仲間の為に行動出来るようになるなど、ほんの少し性格が丸くなった部分もあったが、思い自らが心を許した相手以外には容赦なくわがままっぷりを見せつける。そういった所に変化はまだなかった。
敵意と嫌悪を剥き出しにされ、さぞアリスも気分を害する……かと思いきや。
「そうやってキツく当たるのは……嫉妬の表れかしら?」
「──っ!」
未だに微笑みを浮かべていて。さらには、清蘭の本心まで言い当てる冷静さまで発揮していた。
アリスからの突然の言葉に、清蘭は明らかな狼狽を見せる。その様子を見るや否や、アリスはさらに続けた。
「あなたは確かに美少女よ。それこそ、並大抵の美少女ではなく全国でもトップクラスなほど。きっと、周囲からは常に好意を抱かれる環境で育って来たのね」
「……やめてよ」
「自分こそが一番可愛い。自分こそが正しい。そう思い込んでしまうほど、あなたは超絶がつくほど美少女だった。……それが過去形になったのは」
「……やめてってば」
請願を言葉少なに投げかける清蘭。
が、それ如きで引き下がる性格ではないのがアリスで。遂に彼女はハッキリと告げていた。
「……目の前に、私という自分以上の美少女が現れてしまったから。そして、生まれて初めて嫉妬という感情に、あなたは襲われている。今までもこれからも、自分が負けることがなかったはずの分野で、打ち負かされたから」
「っっっ──」
握りしめていた拳に限界以上に力が入る。
アリスに、心の果ても底も見透かされ、触れられた。その事に怒りを抱かずにいられなくて。悔しくてたまらなくて。
それを事実として受け止めたくなくて、清蘭は──拳を振り上げ、アリスの神々しい美貌を放つ顔に本気で殴りかかっていた。