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特別メニュー


「うぉおおぅぅ……」


 (メンタル的に)やられ、一時戦闘不能となってしまった清蘭きよらに代わり、先頭を歩いて未知なる世界(ゴールデンジム)というダンジョンを進んで行くエデン。

 男として振る舞うべく鍛え上げられた胆力や精神力で以て突き進んでいたが、そんなエデンでも2階に繋がる階段を登り切った所で足を止め、ドン引きの声を上げざるを得ない光景が広がっていた。


「ハアッ!! ハアッ!! ハアッ!!」


「ヌ˝ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!」


「ふんッぎぃぬあぁああぁあッ……!!」


 筋肉筋肉、そして筋肉。筋骨隆々過ぎる男達が所狭しとトレーニング器具を用いて、汗を流しまくっていた。

 人目を全く気にすることなく己のトレーニングに集中出来るという点において、ゴールデンジムは流石に超一流のジムと言える。しかし、あまりにも暑苦し過ぎるその光景は、今日初めてやって来た881(ヤバイ)プロの面々のように、新参者にとっては理解不能のものであった。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


「……覚悟しておいた方が良い。次に飛び込んでくる世界は、わたくし達の精神をゴリゴリに削ってくるぞ……」


「そ、そんなになの!?」


「それはヤバいね~」


「これまでもかなりキツかったのに……!」


 エルミカに続き、清蘭を支えている白千代しろちよ音唯瑠ねいるも驚きを隠せなかった。

 しかしいつまでも立ち止まっている訳にもいかず、エデンが手を挙げる。パーの形をした手はゆっくりと指が1本ずつ折り畳まれていき……それは突入の合図であった。

 4……3……2……1……皆の緊張が高まっていく中、遂に最後の1本となり、皆が覚悟を整えた。


「お客様ああぁあああぁあああぁぁぁああああぁあぁあああああぁああぁあああぁあああああぁぁぁぁぁあああああああぁああーーーーーーーッッッッ!!!!」


「きゃあああぁああぁあああぁあああ!?」「わああぁあああぁああああああああああ!?」「ぴゃあああぁああああああああぁ!?」「わ~~~~~~~~~~~~っ」


 しかし突如背後からした砲声に、881(ヤバイ)プロ一向はそれぞれ悲鳴を上げる。トレーニングフロア中に響き渡るその声に、汗を流していた男達も流石にそちらの方に目を向けていた。


「お客様ッッッッ!!!! どうされましたかッッッッ!!!? 大丈夫ですかッッッッ!!!?」


 エデン達に声をかけた男は、先程受付をしていたスタッフのゴリラだった。

 ゴリラは自身の砲声が驚かせたことなど知る由もなく、腰を抜かした皆に声をかける。が、皆は応じられるはずもなく、カタカタと震えてその場に崩れ落ちたままであった。


「いやはやッッッッ失礼致しましたッッッッ!!!! まさか皆様が矢場井やばい雄和太おわた様からのご紹介だったなんてッッッッ!!!! 申し送れましたが私は当ジムの所長の剛力ごうりき羅王らおうですッッッッ!!!! 気軽にゴリラって呼んで下さいッッッッ!!!!」


 ゴリラは、まさかのゴリラであった。

 砲声の声量と勢いにようやく慣れてきた皆は話の内容を頭で考えられるようになっていて。

 そうして、ゴリラが追いかけてきた理由を最初に尋ねたのは、さっきの声で目を覚ました清蘭であった。


「それで、ゴリラさんあたし達に何か用?」


「はいッッッッ!!!! 皆様は雄和太様からのご紹介ですのでッッッッ、"特別メニュー"でのトレーニングを受けられるようになっておりますッッッッ!!!!」


「と、特別メニュー……?」


「特別メニューを受けて頂くお客様はこちらの共同トレーニングルームではなくッッッッ、最上階のスペシャルルームをご利用頂きますッッッッ!!!! さぁこちらにどうぞッッッッッ!!!!!」


 興奮しているからか徐々に声量が大きくなったゴリラだったが、皆の意識はそちらではなく特別メニューに向けられていた。オウム返しをした清蘭のみならず、皆はそれがどんなものかを考える。おおよそ、最新鋭のトレーニングマシーンを使ったものなのかと。

 ……しかし、皆は知らない。

 特別メニューが想像を絶する過酷さであったことを。





「わぁーーーっ! すごーーーいっ!!」


 先ほどまでメンタルをやられていた清蘭だったが、今は瞳をキラキラとさせる。特別メニューを受けられるスペシャルルームが、高さ260mに位置する大展望であったが故に。

 周囲一帯のビルを見下ろすことが出来て、さらには床を除く全体がガラス張り。景色の良さを余すことなく堪能出来る作りになっていた。


「ここがスペシャルルームですッッッッッ!!!!! あちらには薔薇風呂のシャワー付きバスルームなどもございますッッッッッ!!!!!」


「マジで!? やったーっ!! 練習後に入ろーーーっと!」


「またッッッッッ、トレーニング終了後にはマッサージなども受けて頂けますッッッッッ!!!!! 階を1つ下がって頂けましたらそちらのレストランでの食事も全て無料でございますッッッッッ!!!!!」


「ほわわわ~大山田グループ(ウチ)には劣りそうだけどあそこも中々美味しそうだね~」


「お風呂にマッサージにレストランまで……至れり尽くせりだな」


「凄いねお姉ちゃん!! 何食べよっかな~!?」


「……」


 皆がそれぞれ感動や感心を見せる中で、ただ1人不安の顔を浮かべていた音唯瑠はおそるおそるゴリラに尋ねる。


「あ、あの……一つ聞いても良いですか?」


「はいッッッッッ、なんでしょうッッッッッ!!!!?」


「ひっ……。えっと、この特別メニューを受ける場合の料金って……いくらなんですか?」


「はいッッッッッ!!!!! 月謝の方はお一人様につき26万円でございますッッッッッ!!!!!」


「26っ……!?」


 答えを聞いた音唯瑠は血の気が引いていった。

 881《ヤバイ》プロでのレッスン料でもかなりキツかったのに、ゴリラの口から飛び出た料金はそれを軽々と10倍以上を叩きつけてきたのだから。


 大勢の下僕共パトロンがいる清蘭、そもそも家が大金持ちの白千代やエデンとエルミカにとっては何も問題はない。しかし、シングルマザーに育てて貰っている音唯瑠にとっては心が折れる云々の前に余裕で財政破綻するしかない金額で。音唯瑠はすぐさま特別メニューを断ろうとしたのだが……


「しかしご安心くださいませッッッッッ!!!!! 皆様からご料金は一切頂きませんッッッッッ!!!!!」


「……え?」


「何せ皆様は雄和太おわた様のご紹介ですッッッッッ!!!!! 私は雄和太おわた様に死んでも返し切れない大恩がありますッッッッッ!!!!! なので支払いに関しては一切お気になさらずとも構いませんッッッッッ!!!!!」


「だってさ! やったじゃん音唯瑠!」


「は、はぁ……」


 ポカンとしつつも、清蘭とハイタッチをする音唯瑠。

 しかし、その頭には矢場井雄和太という(・・・・・・・・・)人物が何者なのか(・・・・・・・・)、という疑問が新たに生まれていたのだった。


「それでは皆様ッッッッッ!!!!! ただ今から早速──特別メニューを受けて貰いたいと思いますッッッッッ!!!!!」


 音唯瑠の疑問は、ゴリラの再びの砲声によって吹き飛ばされ。


 そして遂に。5人にとっての地獄の時間が始まろうとしていた。



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