目指せ5000兆点、目指せ''日本一のアイドル''
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
(わわっ……皆さん黙っちゃっ……た……)
気持ちが昂り、顔を朱に染めていた音唯瑠。その赤は沈黙が生まれたことでますます深くなる。
あまり言葉を選ばず勢いだけで口を動かすとこうなってしまう。それを改めて思い知らされることとなった。
100点満点なのだから、満点は100点以外にはないわけで。なのにそれを超えて倍の200点、あるいは五人で100点だから500点とか、まだそっちの方が考えられた。
(なっ、なななんで私……あんなこと言っちゃったんだろう……!)
しかし、現に自分が口走ってしまったのは''5000兆点''などという桁のおかしい数字。恥ずかしい、いたたまれない、そんな気持ちがどんどんと顔を真っ赤にし、口をあうあうと動かすばかり。
(あーもうっ! 皆さんごめんなさい! 私ってばこんな意味不明なことを──)
「めっちゃ良いじゃん、それ!」
「えっ……?」
顔を手で覆い隠そうとしたまさにその時、溌剌とした賛同の声がそれを直前で止めさせる。
驚きの声と共に音唯瑠が顔を上げると、そこには瞳を輝かせる清蘭の顔があった。
「5000兆点だー! なんてプロデューサー言わせたらあたし達スゴすぎるよね! 余裕で倫人も超えてんじゃん!」
「えっ、あっ」
「凄いね〜音唯瑠ちゃん。さっきまで凄く落ち込んでたけど〜今はもう気持ちを切り替えて凄く凄くやる気なんだね〜」
「ふぇっ? そのっ……」
「わたくし達五人だから5000兆点、さらにそこには''頂点''とかけたダブルミーニングも含めているとは……流石です音唯瑠先輩。お見逸れ致しました」
「えぇぇ……っ!?」
「凄いデスー! 目標は天高くデスね! ワタシ、俄然やる気が出てきましたデスーっ!!」
さらには清蘭のみならず、白千代もエデンもエルミカも、次々と賛同の声をあげていき、逆に音唯瑠は困惑してしまっていた。
口から勢い任せに言った言葉が、そのまま皆のスローガンのようになってしまった。もちろん、それくらいの気概が必要だと自分でも思っていたが、こんな滅茶苦茶な言葉に賛同して貰えるとは露ほども思っていなくて。寧ろ、冷静に返されるとばかりに考えていた音唯瑠。
「あれっ……」
その時、再び瞳から雫が零れた。
皆の笑顔に包まれて、皆の温かさに触れて、悲しいはずがないにも関わらず。栓を抜いたように、音唯瑠の双眸からは次々と涙が零れていく。
「音唯瑠どうしたの!?」
「自分でも……よく分かりませんっ」
堪えようとすればするほど、抑え切れない。ふと見れば、心配をしてくれる4人の顔が目に飛び込んできて。
「ふぇえ……ぐすっ……ひっく……!」
「ね、音唯瑠? 音唯瑠ー?」
自分でもよく分からず、説明の出来なかった気持ち。
その正体が感謝であったことを、この後泣き終えた音唯瑠は知ることになる。
皆に励まされながら、皆に支えられながら、皆との絆を感じながら……音唯瑠は密かに決意していた。
もう二度と、逃げない。
もう二度と、投げ出さない。
もう二度と、諦めない。
ちっぽけで、何も出来ない自分を信じてあげることを──。
「……さて、そろそろ戻ろうかな」
【テレプシコーラ】入口外にある喫煙所にいた雄和太。ふとそう呟くと、喫煙所を後にする。なお、煙草は一本も吸っていなかった。
喫煙者にとって風当たりの強い世の中になったことを実感しつつ、そんな感想は頭の隅にやってもう皆のことを考えていた。
(やはり、あの中で一番不安なのは音唯瑠ちゃんだな……。白千代ちゃんは精神的にも落ち着いている部分があるから別として、清蘭ちゃんやエデンちゃんエルミカちゃんの持つ自信……それが、あの子にはまだない)
特にその考えの多くを占めていたのは、音唯瑠の事であった。休憩に入る前、必死に呼吸をする中で見た音唯瑠の顔がどうしても脳裏に焼きついていたのだ。
(あの子の圧倒的な歌唱力は、本当に凄いものだ。大手レーベルがあの子を欲しがるのも頷ける。でもそんな歌声を持っていながら、音唯瑠ちゃんにはそれに見合う自信が何故かない……。控えめであまり自己主張をしない性格だからっていうのもあるだろうけど、それ以前に……何かこう強烈な強迫観念でも植え付けられたかのような感じだ)
雄和太の洞察はある程度当たっていた。
音唯瑠には忘れたくとも忘れられない、過去の''あの日''がある。そのトラウマは倫人によってかなり解消されたはずではあったが、思わぬ形で音唯瑠を蝕んでいたのだ。
とは言え音唯瑠のトラウマ自体を知らない雄和太にはどうすることも出来ず、かと言って彼は音唯瑠が自信を手に入れられない原因が過去ににあったとしても、それを調べるつもりもなかった。
「……過去よりも、見つめるべきは今やこれから、だからな……それを音唯瑠ちゃんに伝えないとな」
今の自身をしっかりと見つめて、そして進むべきこれからを見据えること、それを雄和太は知っていたからこそ。次に音唯瑠にかける言葉を、雄和太は既に決めていたのだった。
そうこう考えている内に、気がつけば皆がいる部屋の前にたどり着いていた雄和太。
ふぅ、と一度深呼吸。例え憎まれ役になったとしても、音唯瑠や皆の為に──そう決意し、真剣な眼差しで扉を開く。
「プロデューサー、覚悟しなさいっ!!」
「ええっ!?」
が、その表情は一瞬にして崩された。
名指しに指差し、そうして叫んだ清蘭と。彼女の横に並ぶ音唯瑠、白千代、エデン、エルミカがこちらを睨みつけるかのような迫真の表情で見つめていたせいで。
「えっ、何どうしたの皆? 俺、殺されるの?」
「違うわよ! 改めて、プロデューサーに言いたいことがあるってだけよ!」
「そ、そうなんだ……。それで、改めて言いたいことって?」
清蘭、いや皆が放つ威圧感に少々押されながらも聞き返す雄和太。
すると、皆はせーのと掛け声もせず。しかし、一斉に息を大きく吸いこむと、それらを全て使い果たす勢いで叫ぶ。
「「「「「絶対に、''5000兆点''って言わせてやるんだからーーーーーっっっっっ!!!!!」」」」」
「……え?」
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声が部屋中に轟く中で、その衝動に逆らってしっかりと皆の声を聞いていた雄和太だったが、言葉の意味を図りかねて戸惑ってしまっていた。
「5000兆点……?」
「何キョトンってしてるのよ! さっきあたし達に26点って言ったの忘れたの!?」
「そ〜そ〜。だからボク達決めたんだよ〜」
「必ず、プロデューサーの口から100点、いやそれすらも超えて……」
「5000兆点って言わせて、泣くくらい感動させるってことをデス!!」
いつになく闘志を燃やす清蘭、白千代、エデン、エルミカと続き、そうしてようやく言葉の意味を雄和太は理解する。
「あぁ、そういうことか。なるほど……」
どうしてそんな数字になったのか、顎に手を当てながら「ふむ」と考え、色々と背景を察しようとしたが。
「プロデューサー」
鈴の音のような綺麗な声が耳に染み入る。
考えるのを一旦止めて意識を声の方に向けると、そこには音唯瑠がいた。目を赤くして、まだ涙の跡が薄らと顔に残っている音唯瑠が。
「……何だい、音唯瑠ちゃん?」
「私、もう二度と泣いたりしません。弱気になったり、卑屈になったりもしません。必ず、あなたに''5000兆点''だって、言わせてみせます。そして……''日本一のアイドル''に、なります!」
この場にいる誰よりも控えめで。大人しい性格で。自信がなくて。
そんな音唯瑠が放った、''願望''ではなく''意志''の言葉。強い決意に溢れ、光を宿した瞳。
今この瞬間、音唯瑠は輝きを纏っていた。どんな闇に飲まれようとも消えることのない、確かな希望の輝き。それは、彼女が清蘭や白千代やエデンやエルミカと共にいることで、より強く確かなものとなっていて。
「……心配は、要らなかったかな」
皆に聞こえないようにそう呟くと、真剣さと微笑みを混ぜ合わせたような表情で雄和太は叫ぶ。
「俺に5000兆点と言わせること、そして''日本一のアイドル''になること。どちらも生半可な気持ちじゃ出来ないことだよ! それでも皆は諦めず、どんな時も支え合って、励まし合って、必ず夢を実現すると誓えるか!?」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
自分の真剣と向き合っても、一切の躊躇いも物怖じもなく同時に返事をした五人。思わず、雄和太は笑みが優ってしまっていた。
「よぅし!! だったらレッスン再開だ!! 俺も容赦なく、皆を''日本一のアイドル''にしてやるからなっ!!」
この日
881プロは、真の意味でスタートを切った。
5000兆点を目指して
''日本一のアイドル''を目指して──