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自分に足りないもの


「ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリーフォー……よし。とりあえずここまで」


「はひぃー疲れたぁー! プロデューサーの鬼ぃ〜!」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「うぐ……ボクもう動けない……」


「ふぅ……仕上がりはどうでしたか?」


「けっこー良い感じだったと思うんデスが如何デスかプロデューサー!?」


 5月23日、土曜日。

 平日は学校などがあるので本格的なレッスンが出来ない分、休日に関してはその鬱憤を晴らすかの如く猛練習を行う881(ヤバイ)プロの面々。

 今日も今日とて【テレプシコーラ(いつもの場所)】で開幕したレッスンだったが、5人中3人が開始から1時間でへたり込むという事態が発生していた。

 何せ、ストレッチをし終えたら早速デビュー曲のダンスを一本、しかも全力でのそれを要求してきたのだから。疲労しているものの、まだ立つことが出来ているのはエデンとエルミカの2人だけであった。


「うーん……あまり良くはないね」


「そうですか……」


「えー!? あんなに頑張ったのにー!? 嘘でしょ!?」


「いいや、嘘じゃないよ。100点満点で言えば、たったの26点くらいさ」


 精魂尽き果て、息も絶え絶えなメンバーもいる中で容赦ない言葉をかけるのはプロデューサーことレッスンの指導者でもある雄和太(おわた)。躊躇いなく突きつけられた言葉に、エデンとエルミカはしょんぼりし、音唯瑠(ねいる)白千代(しろちよ)は言葉すらも返せず、そして清蘭は明らかな不満を投げかけていた。


「ど、どーしてなの!? あたし達全力で頑張ったじゃん!」


「確かに、全力で頑張っていたとは思うよ。でもね、どんな全力であっても、見てくれる人の心を動かせなければ……正直に言えば、意味や価値はない。伝わらなきゃ、始まらないんだ」


「っ……!」


 雄和太のプロとしての目線から放たれる言葉に、清蘭は何も言い返せず歯を食いしばるだけであった。それは清蘭のみならず、他の皆も分かりにくいが同じ反応をしていて。


「まぁ、それぞれの課題点は個別に伝えるよ。これから100点にしていくのが、皆の役割でもあり俺の使命でもあるからね。それじゃ5分休憩しようか」


 その言葉に、誰も返事出来なかった。

 プロデューサーは笑みを浮かべて部屋から出ていったものの、5人は休憩時間なのかと思えないくらい暗い影が落とされていた。


「むがーーーっ!! 何なのよあの言い草ーーーっ!! あたしも皆もすっごい頑張ってたのにーーーっ!!」


「ま、まぁ落ち着いてください清蘭先輩。今はしっかりと休んで、体力を回復させましょう」


「これが落ち着いていられるかってのーーっ! ふーんだプロデューサーなんて! 陰で粗チン野郎って呼んでやる! バーカバーカ!」


「あぁ……」


 小学生レベルの八つ当たりをしながら、清蘭は衝動のままに部屋を飛び出して行った。清蘭を御しきれず、肩を落とすエデンに「ドンマイ、お姉ちゃん」とエルミカは静かに励ました所で。


「……ごめんなさい」


 と、消え入りそうな謝罪の声が部屋に放たれる。

 落ち込んでいても思わず聞き入りそうなその綺麗な声は、言うまでもなく音唯瑠のものであった。


「音唯瑠先輩、どうしたんデスか?」


「そうですよ。急に謝ったりして」


「……プロデューサーにあぁ言われちゃったの、私のせいだなって思ったんです……」


 まだ呼吸が整っていない中、その声を震わせる音唯瑠にエデンが繰り返し理由を尋ねる。

 すると、さらに音唯瑠は声色を揺らす。


「デビュー曲の振り付けも曖昧で……体力もないから最後なんかフラフラで……全然駄目で……皆の足でまといだなって……思ったんです……」


「そ、そんなことないですよ。デビューライブまでは日にちもありますし、まだまだレッスンは出来ます」


「そうデス! プロデューサーの言ってることも確かにショックでしたけど、気にする事はないのデス!」


「ありがとう……エデンさん、エルミカさん。でも……私は……私は……!」


 そう言うと、三角座りをして音唯瑠は項垂れてしまう。そのまますすり泣く彼女に、エデンもエルミカもどのように声をかけるべきなのか分からなかった。

 何せ、音唯瑠は自分達とは根底からかなり異なっている少女だ。歌声に関しては間違いなくここにいる誰よりも、どころか日本のアイドル界に置いてもトップクラスであることは疑いようはない。努力家で道を拓いていくエデンもエルミカも、歌唱力に関しては一生敵わないと思うほどだ。

 しかし、それ以外のダンスや体力面に関しては普通、どころか苦手に入る部類でもある。さらに問題なのは、控えめで気弱な性格が故の自信のなさであった。こうした時、元々上手かった自分達がどのように言葉を投げかけて励ませるのか、エデンもエルミカも分からなかった。


「うっく……ぐすっ……ひっく……」


 音唯瑠のすすり泣く声だけが虚しく奏でられ、悲哀に満ちた空気が空間を埋めつくしていく……が。


「音唯瑠ちゃん、よ〜しよし」


「わぷっ……」


 泣き声を止めたのは、そんな空気の中にあってもブレず動じずマイペースな声と。

 顔を包み込む、白千代の──圧倒的巨大弾力(おっぱい)であった。


「ボクもね〜踊るのは苦手だし、体力もないから〜最後までもたなかったんだ〜。でも〜だからこそ音唯瑠ちゃんの気持ちが分かるんだ〜」


「……」


「清蘭ちゃんやエデンちゃんやエルミカちゃん、皆凄いよね〜。でも、皆と比べて自分を責めなくても良いんだよ〜。ボク達、まだまだ歩き始めたばっかりなんだから〜」


 よしよしと頭を撫でて、白千代は子守唄を聞かせる母親のように優しく音唯瑠に語りかける。メンバーの中で一番年上なのと、元々の性格故にか、至極の包容力と癒しオーラを発揮する白千代。いつしか、音唯瑠のすすり泣く声は止まっていた。


「あの、白千代先輩。それ、音唯瑠先輩息出来てます!?」


「おぉ〜そう言えば〜」


 と、音唯瑠の泣き声が止まっていたのはただ窒息していただけであった。

 白千代はマイペースに急いで自らの胸から音唯瑠を解放する。息が出来なかったからか、音唯瑠は顔が真っ赤になっていた。


「ごめんねえ〜音唯瑠ちゃん。大丈夫〜?」


「て……天国が見えました……」


「そっかそっか〜。なら良かった〜」


 ゼェハァと必死に呼吸し、先程とは別の意味で涙目となっている音唯瑠。だが、マイペースな白千代は気にすることなく頭を撫で続けていたのだった。


「ぷんぷん! マジでぷんぷんぷん!」


「あ、清蘭先輩、おかえりで──わわっ!?」


 音唯瑠が落ち着いたかと思えば、今度は清蘭の番であった。帰ってくるなり不機嫌なままで、言葉をかけてくれたエデンに乱暴にペットボトルを投げつける。さらには


「あいたっ!」


「お〜っ?」


「ひゃっ!?」


 3人にも同様にペットボトルをブン投げる。

 キャッチしきれずエルミカは顔面に。白千代も受け取り損ねておっぱいの間に挟まり。音唯瑠は慌てながらも何とかキャッチすると、それがスポーツドリンクであったことに気がついた。

 「あ、ありがとうございます……」と音唯瑠が伝えるも、清蘭は返事をすることなく胡座をかいて座り込むと、蓋を外してゴクッゴクッ。豪快にスポドリを飲み干していた。


「かぁーっ! 何なのよプロデューサーの奴……絶対、見返してやるんだから! 今に見てなさいよ!」


 あぐら座り、加えて豪快な飲みっぷり。美少女の美の字の欠片もない清蘭だったが、その目には「やったらァ!」の精神が宿っていた。

 白千代やエデンやエルミカが清蘭の闘志に言葉を失う中、ただ音唯瑠だけは別の思いを抱いていて。


(……凄いなぁ、清蘭さん)


 と、尊敬の念に近い感情を、清蘭に向けていた。


(プロデューサーにあぁ言われて、私は落ち込んで塞ぎこむばかりだった。でも……清蘭さんはあぁして荒れちゃってるけど、寧ろやる気を漲らせていて……)


 ショックを受けてはいるが、自分とは全く異なる形で感情を爆発させ、やる気を燃やす清蘭。

 やり返してやる──その気持ちが、まだまだ自分には足りない。そう思い至ると、音唯瑠はグッと拳を握りしめて。そして、清蘭の傍に駆け寄って言った。


「……清蘭さん」


「ん? どうしたの音唯瑠?」


「……やりましょう。皆で一緒に、プロデューサーを見返してやりましょう」


 暗く沈みこんでいた瞳には、輝きが戻っていた。

 これから先、何度もその輝きは失われるのかもしれない。何度も奪われるのかもしれない。

 

(──それでも)


 自分は一人じゃない。

 一人じゃないからこそ、立ち上がれる。

 再び、輝きを取り戻せる。

 音唯瑠は少し間を置いて、清蘭に……全員に、言い放った。


「100点満点……なんかじゃ収まりません。プロデューサーに言わせてやりましょう。えっとその……5000兆点だって!」


 

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